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ロリコンじゃない、シスコンだ その②

加奈子が勝手に我が家の一員となってから三日が過ぎた。

まさか本当にこの家で暮らしていくとは思えないが、なんとかしなきゃいけないな。

まあ、それも今日が最後か。なにせ今日は親父とお袋が帰ってくる日だ。

あの二人が加奈子の居候を認めるわけがない。常識的に考えてそうだろう。


「そろそろか……」


初対面であんなド派手に喧嘩していながら、加奈子と妹はすんなり仲良くなっていた。

今も妹の部屋で、二人して遊んでいるのだ。

元引きこもりということで、友達の少ない妹に、新たに友達が増えるのは兄としては素直に嬉しい。


けどやはり、どうも他人が家にいるというのは落ち着かない。

風呂とかトイレとか、普段の倍は気をつかわなきゃならないしな。

間違って加奈子の入浴シーンなんぞ拝もうものなら、今度こそ僕の立場が危うくなりかねない。


ああ、早く帰ってきてくれ。僕は初めて両親の帰宅を心待ちにしたかもしれない。

今か今かと待っていると、玄関のほうからガチャリと音がした。

リビングで待機していた僕は、それはもうご主人の帰りを待っていた子犬のように駆けだしたさ。


「あら、珍しいわね? 出迎えてくれるなんて」


お土産で一杯になっているであろう、お袋のスーツケースを持って、すぐに話題を切り出した。


「お袋、それから親父、ちょっと厄介なことが起きてさ。後で話聞いてくれるか?」


お袋は怪訝そうな顔をするも、「ええ」と言って了承した。

親父に関してはいつも通り「うむ」とだけ言って、さっさとリビングへと行ってしまう。

さあて、これで役者は揃ったな。後は加奈子をリビングに呼ぶだけだ。

僕は足早に三階へと上がり、妹の部屋をノックした。


「加奈子? 両親が帰って来たから。悪いけどリビングまで来てくれるか?」


しばらくしてから扉が開き、まだパジャマ姿の加奈子は言う。


「分かったわ。今から着替えるから少し待っていてちょうだい」


「ああ」そう短く返事をして、僕はリビングへと戻った。


「それで、話ってなによ?」


「もうちょっと待ってくれ」


急かすお袋は気にせずに、僕はテーブルでその時が来るのを待つ。

女の言う、着替えや買い物のちょっと待ってては、実際はちょっとじゃないことが多いのは、もはや世間の常識だ。

そしてその常識は、加奈子にも当てはまるのだろう。


「お邪魔します」


そんなことなかったわ。


「あら? 渚のお友達? いらっしゃい」


突然の加奈子の登場にも、お袋は動じることなく対応する。


「いきなり押しかけてしまいすいません。私は渚さんの後輩の四条加奈子と言います。どうぞよろしくお願いします」


白いワンピースに着替えた加奈子はそう言って、姿勢よくお辞儀をしてみせた。さすがは元メイドだ。この辺の所作はお手の物だ。


「あらあら。こんな可愛くて、しかも礼儀をちゃんとわきまえたお友達が渚にできるなんて、世の中って不思議なものね」


どうやらお袋の好感度は高いようだ。

それから、さり気なく僕にとって失礼な発言を入れる辺りもさすがだ。


「加奈子は凛子の友達でもあるんだ。だからまあ、よろしくしてやってくれ」


「あら? あなたたち兄妹の共通の友人? それまた意外だわ」


確かに言われてみれば、僕と妹の共通の知人というのは初めてかもしれない。

いや、初めてじゃないか。

そういえばだけど、もうみんなは忘れてるかもしれないけど、銀がいたわ。

だから初めての僕らの共通の友達は、銀ということになるな。


「それで、話ってなによ?」


おっと、そうだったな。当初の目的を忘れるところだった。

僕は、ごほんと一つ咳払いをしてから、お袋の目をしっかりと見て言った。


「そうだな、加奈子も来たことだし、そろそろ話をしようと思う。お袋、席についてくれ」


右手で僕の対面の椅子に座るよう促し、お袋が席に着いたのを確認してから僕も座る。

座って話そうと言うことで、僕の話がとても重要であることを示す。

加奈子もこの流れに乗っかって僕の隣に座った。よし、準備完了。


「あんま回りくどい話は嫌いだろ? だからストレートに話す。今僕の隣に座ってる加奈子が、その……なんだ? この家にしばらく居候させて欲しいみたいなんだ」


チラっとお袋の表情を確認するが、依然として真顔であった。

アゴをくいっ、とさせて、続けろという意味の動作をした。

こんな突拍子もない話を聞いてもなお、動揺一つ見せることはない。

そのお袋の態度にやや臆しながらも、僕は続けて言った。


「……もちろん僕は反対だ。他人を家に住まわせるのは、やっぱり気が乗らない。それでさ、お袋はどう思う?」


机の上で両手を組んで、深呼吸してからお袋は言った。


「そうね、まずは理由を聞かせてちょうだい」


まあ、そうなるわな。

隣に座る加奈子に目配せすると、ゆっくり立ち上がりお袋のもとへと歩いて行く。

そして、目の前で立ち止ってから言った。


「突然の申し出ですいません。実は私の家は今、借金に追われてまして。どうにか上手く立ち回ってきたんですが、これ以上は苦しい状況で……」


あれ? 何か変だな。確かに加奈子は嘘はついてない。

だけど、どうもニュアンスというか言い方というか、ちょっと大げさじゃないか?


だってこの前聞いた時は、別になんともないわ、とか言ってなかったっけ?


このままだと、まずくない?


今さらになって焦る気持ちを募らせた僕だったが、もう遅かった。


「それに私……料理ができなくて。いつも外食では金銭的に負担がかかりますし……だからお母様。どうか私が一人で料理を作れるようになるまででいいので、この家に住まわせてもらえませんか?」


こいつ、なかなかの策士だ……。

話の最初に、ひどくシリアスな内容をもってきて相手の同情を誘いやがった。

もうこの時点で決着はついたと言っても過言ではない。その後の話なんて重要じゃないんだ。


いかに初撃で相手の感情を揺さぶることが出来るかが重要なんだ。

やられたな、もうお袋の答えは予測できる。恐らくお袋は――


「それは大変だったわね……。いいわ、しばらく私たちの家にいなさい」


ほらね。そうなると思った。


「ところで加奈子ちゃん、お母さんの名前を教えてもらってもいいかしら?」


なんでこのタイミングで?

不思議に思う僕だったが、話に割って入ることはせずに話を聞いてみることにした。


「母の名前ですか? 四条朱莉あかりですけど……それがなにか?」


お袋がパンと手を叩いて、何故か嬉し気な表情をしてみせる。


「やっぱり! 私と朱莉は高校時代の同級生なの。最近なんだか良くない噂を聞いたけど、あれは本当だったのねえ……」


世の中って意外と狭いというかなんというか。

それにしても、お袋が女子高生だった頃なんて想像できない。


お袋は僕が生まれた時には既にお袋だったわけだし。

まあ、別に想像したいとは思わないけど。


「お袋、それなら加奈子のお母さんに連絡入れておいたほうがいいんじゃないか? さすがに何も言わないで預かる訳にはいかないだろ?」


「あんたに言われなくてもそうするつもりよ、ほんといちいち面倒な男ね、あんた」


凛子みたいなこと言いやがって。今思ったけど、あいつの口が悪いのはお袋が原因なんじゃないか?

ほら良く言うだろ? 子は親に似るって。つまりそういうことだ。


「悪かったな、めんどくさい男で」


何ともなしにお袋に悪態ついたが、きっとこういう発言がさらっと出てくるあたり、やはり僕は面倒な男なのだろう。


「親父は加奈子の居候の件についてどう思う?」


あんまり親父に期待はしてないが、いちようこの家の主は親父だ。聞かざるを得ないだろう。


「……うむ」


ほらな。やっぱこの人だめだって。会話にならん。


「親父さ、たまには、うむ以外のこと言えないの?」


僕が少し冷たく言い放つと、親父は神妙な顔つきでこう言った。


「……うぬ」


おい親父、なんかどこぞの拳王みたいな喋り方になってるぞ。


「加奈子、いちよう紹介しとくけどこれがうちの親父だから」


「いちよう?」と言って、加奈子は首を傾げた。

僕はそんな加奈子には視線をあわせずに言う。


「そう、いちよう。だってまだ、お前がこの家の厄介になるか決まったわけじゃないしな。それに僕としては、お前が家にいると落ち着かない。だからできれば帰って欲しい。これが僕の本音だよ」


容赦ない僕の発言に機嫌を損ねるかと思ったが、そんなことはなかった。

むしろその逆。ニヤリと頬を釣り上げて、加奈子は言った。


「それがあなたの本音ですって? ふふ……それは違うのではないかしら?」


「どうしてそう思う?」


たんなる当て勘、ではなさそうだな。どうも加奈子の顔からは余裕がうかがえる。

まるで、決定的な証拠があるかのように。


「いいでしょう、教えてあげるわ。あなたが私に向かって本音とやらを言った時、あなたは私と目を合わせようとはしなかった。知っているかしら? 人間は目をあわせたまま嘘をつくのはできないってこと。まあ、これは絶対ではないわ。例外だっている。けど所詮、例外は例外なのだけれどね」


そういう話は聞いたことがあるな。確かに僕は目をそらした。しかも無意識に。

きっと人間は条件反射的に、嘘をつく際は視線をそらすのだろう。


けど、そうだとしても疑問が残る。僕は故意に嘘をつこうとはしていない。

だってあれが僕の本心だと思っていたし、今でもそう思ってる。


じゃあどうしてこうなったのか。

まあ答えは一つしかないよな、多分あれは本心じゃないってことなのだろう。


「あなたの本当の気持ちを聞かせてちょうだい?」


僕にゆったりとした笑顔を向けながら加奈子は言った。

本当の……気持ちか……。


「どうしたのかしら? 早くしなさいな」


「ま、待て。そう……急かすなよ……」


僕は頭をポリポリと掻いてから、今度は加奈子の目をしっかりと見て言った。


「たぶん、ここにいて欲しいんだと思う……お前がここで暮らせるようになったら、今までよりも楽しい生活送れると思うし。それに……せっかくお前と凛子が仲良くなったんだし、このままお前らが疎遠になるのはもったいないと思う……けど――」


ここまで口にしてようやく僕は気づいた。

いや、気がついてしまった、と言ったほうがいいか。

僕はずっと恐れていたんだ。こんな日が来るのを。


僕は、加奈子を女性として、異性として、少なからずの好意を抱いているのだ。

もちろん友達としても加奈子のことが好きだ。

けどこの感情はきっと違う。そんなんじゃなくて、もっと激しいものだ。

もう気づいてしまった以上、加奈子を意識せずにはいられない。

もっと一緒にいたい、もっと触れ合いたい、心がそう叫ぶ。

だけど……どうしていいか分からない……。


生まれてこのかた好きな人だっていたことがないのに。

それなのにどうして……どうして加奈子を好きになったのか。

僕の中で何かが変わっていったんだ。……じゃあ何が僕を変えたのか。


間違いなく加奈子が僕を変えた、狂わせたんだ。

僕が加奈子を居候させたくない理由。それは紛れもなく、加奈子が好きだからだ。

好きな女の子と一緒に生活するなんてのは、とてもじゃないが僕には出来ない。

拳を強く握りしめ、歯を食いしばり、僕は言った。


「けどな、加奈子。それでも僕は、お前がこの家に居続けるのには反対だ。矛盾したこと言ってんのは理解してる……それでも、やっぱりお前はここにいちゃだめだ。ごめんな……」


加奈子はしばらく黙りこむ。喜怒哀楽、どの感情も見せずにただひたすら無言を貫く。

そういえば、初めてこいつを見た時も、同じように感じたっけ。

よく分からない、何を考えてるか分からない、それが第一印象。


それから少しずつ話すようになり、口は悪いけど意外と優しいやつだと思うようになった。

そして今は、加奈子のことを守ってあげたい、力になってあげたいと思う自分がいる。


「ありがとう……先輩」


加奈子は耳に髪をかけながら僕にそう言った。

何がどうして、こいつはありがとうなどと言ったのか。僕にはさっぱり分からない。

ふと、むき出しになった加奈子の耳を見れば、それは朱に染まっていた。


そんな加奈子を見て僕はようやく理解する。

きっとこいつも、僕と同じ気持ちなんだってことを。


「あ、ああ……。いや、別にそんなお礼言われるようなことしてないし……」


僕は思わずそっぽを向いて、照れ顔を見られないよう隠す。

しかし、そんな僕をからかうようにして、加奈子は僕の正面へと回りこむ。


「あら? もしかして照れているのかしら?」


なんて冗談めかして言ってくる。意地の悪い笑顔は崩すことなく、加奈子は僕にこう言った。


「あなたの気持ちはよく分かったわ。さっきのは、私のことを想ってくれての発言でしょう?」


「まあ、そんな感じかな……」


そうして僕らは互いにクスリと笑って、見つめ合う。


「いいわ。あなたがそこまで言うなら、私はもとの家に帰る。けれど、先輩……? 明日私と会ってくれないかしら? 色々と話したいこともあるし……どう……かしら?」


「ああ」と、僕は二つ返事で了承した。

しかし、いい雰囲気になったところで、まあ当然と言えば当然だが邪魔者が入る。


「渚~? あんたも高校生だから、女の子とイチャイチャするのはかまわないわ。だけどなにもここでイチャつくこともないでしょうが? せめて自分の部屋でやりなさい。ねえ、お父さん?」


「……うむ」


いや、確かに真昼間のリビングでやっちまったのは、僕もどうかと思う。

けどなにも、あのタイミングで割り込んでこなくても……。


「はいはい、そいつはすいませんでした。それから、加奈子の件はもうこっちで解決したから。なんか騒がせちゃって悪いな、お袋」


「全部聞いてたわよ。ほんと、若いっていいわねえ……」


どうだかな。若い若いと思ってたら、あっという間に大人になる。

そして大人になったらみんな口を揃えてこう言うだろう。


自分はもう若くない。若いっていいな、とな。

だがな、墓に片足つっこんでるようなジジイやババアから見れば、お前だってまだ若いだろ、と思うわけだ。


まあ僕が何を言いたいのかというと、何事も自分次第ということだ。

そう、いかなることも自分次第。そしてまた、恋愛だってそうなのだろう。


僕がどう行動するかによって、物語は変化する。

加速していくかもしれないし、減速していくかもしれない。

けどそれらは、僕が何かをしない限りは起きやしない。

そうだと言うのなら、やってやろうじゃねえか。ああ、やってやるとも。


「加奈子、明日の午後三時に駅で待ち合わせしよう。それでいいよな?」


出来る限り真剣な目をして僕は言った。

きっと僕が、ここまで真剣になった姿を見たことがないのだろう。

威圧感とも覇気とも言えないような、この僕の雰囲気に圧倒されて、加奈子はじっと黙って頷くしかなかったようだ。


それからしばらくして、加奈子は思い出したように呼吸をする。そして僕に言った。


「待ち合わせ時間が随分と遅いことに関しては、あえて突っ込まないでおくわ」


いや違うよ? 別に僕が寝坊しないよう予防線はってるわけじゃないからね?

そう、これは紫外線を気にする女の子への配慮さ。


八月中旬の日差しともなれば、肌への危険性は膨大だ。

だから僕は、紳士な僕は、こうして待ち合わせ時間を遅らせたのさ。


どうやら僕の配慮に感づいたのか、なにやら加奈子はニヤニヤと笑いながら言った。


「それじゃあ私は、この辺でお暇させてもらうわね? お邪魔しました、お母様、お父様」


ほんとに、お前はとんだ邪魔者だったよ。

引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、その後はさっさといなくなっちまんだからよ。

僕のことを、男の癖に細かいやつだと思う人がいるかもしれない。


だがな、そう簡単にはいかないのさ。

以前、加奈子にシスコンと罵られた僕と、ブラコンと言われた妹との間でものすごく気まずい空気が流れてんのよ。

そりゃまあ、お互いに無視したりとか、そういうことはない。

だがな、何もかもがぎこちないないんだよ。家の中の会話ですらも、


「よ、よう?」「う……うん、どうも」とかって感じで、一言で終了しちゃうし。

よそよそしいっていうか何ていうか……とにかくこれはどうにかしたい。


みんなだって嫌だろ? 家族の誰かとギクシャクするのは。

ほんとに、加奈子のせいだぜ……こればっかりは。


まあでも、嫌なこともあれば良いこともある。

現にこうして、加奈子とのデートの約束も取り付けたわけだしな。

そうして浮かれる僕であったが、この後に悲劇が起こることなど、この時の僕はまだ知る余地もないのであった。


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