返事をする時はワンと言いなさい。それでいいわね?
みなさんこんにちは。新作早目に仕上げました。こんな素人感全開の文章をよんでくれている読者には感謝してもしきれないです。とある方から指摘があったので、しばらく続きを書いていこうと思います。ご意見いただき、ありがとうございます。それではどうぞ!
夏休みも一週間ほど過ぎ、僕はさっそく堕落した日々を堪能していた。
普段はバイトばかりしていたため、いざ長期休みを迎えると何をしていいか分からなくなっていた。
初めの方こそ、遅寝遅起きがこんなにも素晴らしいのかと感動していた。
しかしそれもわずか一週間だ。さすがに飽きた。こんな生活は。
「誰か暇そうな人は――」
そこまで考えて、僕は琴乃さんから言われたことを思い出す。
「そうだ……加奈子だ。琴乃さんに頼まれてたじゃん」
そう、僕は琴乃さんから加奈子の世話をするよう頼まれていたのだ。
「よっしゃ! 電話、電話っと」
さっきから独り言が多いが、あまり気にしないでくれ。
よくあるあの現象だよ。人と話さないと独り言が多くなるってやつ。
「出るかな、あいつ」
携帯の呼び出し音が、こんなにも長く感じられのは初めてだ。
四コール、五コール目にしてようやく加奈子は電話に出た。
「……もしもし?」
「ああ、加奈子? 僕だよ僕! 来栖渚だよ!」
プツ。電話が切れた。あ、あれ? 何で?
何かの誤作動だと思った僕はもう一度電話をかける。
今度はワンコールで電話がつながった。
「悪い悪い。なんか携帯の調子が悪いみたいでさ」
「それはとんだ勘違いね」
いきなりどうした? 僕は少し焦って聞き返す。
「勘違いって……?」
電話越しでも感じるこの威圧感。やはりただ者じゃない。
「私が切ったのよ。だから不具合などではないわ」
「どうしてまた?」
さっぱり理由は分からん。けど加奈子が何の理由もなしにそんなことするとは思えない。
きっとなにかちゃんとした理由があるはずだ。
「電話が苦手なのよ、私」
「あ、そうなんだ……」
僕はこれ以上、何も言えなかった。僕もそんなに電話をするのは好きじゃない。
けど友達との電話なら別の話だろ?
友達との電話ですら嫌いだってんなら、僕にはこれ以上何も言えまい。
「それで、要件はなにかしら?」
普段も喋らないほうだけど、電話となるとそれまたいっそうに。
僕は無駄話をすることは避け、早めに話題を切り出した。
ほんとはもっと色々と話したいんだがな。向うに拒絶されちゃあ仕方あるまい。
「琴乃さんからお前の世話するように頼まれたんだけど、もしかして聞いてない?」
「ああ、その件ね」
そう短く返答してから加奈子は言った。
「今から私の家に来てちょうだい。住所は今から口で言うわ――」
言われた通りの住所に僕は向かった。僕の家からさほど遠くない場所だ。
「――おっと……ここか……?」
加奈子の家は今、絶賛貧乏生活中ということあって、見るからにボロいアパートであった。
「田中荘……さすがにネーミングセンスが……」
加奈子の家はこのアパートの二階ということで、階段を上って行くのだが――
「これって落ちたりしないよな……?」
階段を歩くたびに、ギシリ、ギシリと嫌な音をたてる。さすがの僕もこればかりは冷や汗が。
まあ、どこら辺が流石なのかよく分からないけど。
「ここか」
四条と刻まれた真新しい表札を目にし、そこで立ち止る。
インターホンを押そう、と思ったんだがそこにはそれらしきものは無い。
とりあえずドアを軽くノックする。ドアが開き、中から加奈子が姿をあらわした。
「よ、よう? 元気してたか?」
夏だというのに、上下長袖のジャージ姿の加奈子に驚きながらも、僕はとりあえず気さくな感じで挨拶をした。
「そうね。あなたに会えなくて寂しかったわ、とでも言っておいたほうがいいのかしら?」
いやいや。そんなこと僕に聞かれても困る。
「まあ、そう言ってくれるなら嬉しいかな」
「そ、そう……」
ジャージの袖を伸ばして両手を隠し加奈子は俯く。恐らくこれは照れているのだろう。
ふむふむ……なるほどな。女の子がジャージでお出迎えってどうなの?
と思った僕だったが、これはこれでありだな。普通に可愛い。特にその萌え袖。
「入ってもいいか?」
「かまわないわ」
玄関で靴を脱ぎ、加奈子についていく。
外観がボロいだけに案の定、中もやばかった。けどな、一番やばかったのは匂いだ。
家に入るとすぐに、とんでもない刺激臭が僕の嗅覚を苦しめる。
「どうぞ」、そう言われて僕が案内されたのはちゃぶ台しかない部屋だった。
ていうか、部屋と呼べるものは僕らが今いる、ここにしかない。
あとあるのはキッチンとトイレ。それから風呂は……ない?
「加奈子……? もしかして風呂って?」
「ないわ、そんなもの」
ああ、やっぱり? まさか入らないってことはないと思うけど。
それにしても大丈夫かこいつ? 見た感じ加奈子一人しか住んでる感じはしないぞ?
「家族の人はいないのか?」
「ここにはいないわ」
「じゃ、じゃあ別居ってこと……?」
加奈子は少し考える素振りを見せる。
「まあ、そういうことになるわね」
「そんな簡単に……お金とかどうしてんだよ?」
「バイトのお金と母親からの支給で何とかなっているわ」
想像以上に四条家は過酷な生活を送っているようだ。
ここでもう一度説明しておくが、現在四条家は借金地獄に嵌っているとのこと。
原因は加奈子の親父。仕事を辞めて遊びほうけた果てがこのざまだ。
加えて、そのしわ寄せが家族全員に行き渡り、今に至る。
加奈子の親父は一言で表せば糞。二言で表すなら馬鹿。
僕の親父がそんなんだったら、間違いなくぶん殴ってたぞ、絶対に。
でもまあ、加奈子はそんなことする野蛮人じゃあない。
きっと親父に文句の一つも言わずに我慢してるんじゃないか?
意外に思うかもしれないが、加奈子はああ見えて優しいやつだしな。
口ではきついことばかり言うが、その心はどうだか。
「何をニヤニヤしているの? そんな醜い笑顔を見せないでちょうだい。不愉快だわ」
そう言って後ろ髪をサッと振り払い、仁王立ちで僕を見つめる。
いや、見つめるっていうか、見下すか? この場合は。
「いやね、お前って本当は良いやつだよな、って思ってさ」
相変わらず、冷たい視線を送り続ける加奈子に動じずに話をしていく。
「僕が男だってこと、店の皆にばらすかどうか迷ってた時さ、ちゃんと僕にアドバイスしてくれたじゃん?」
「そんなこともあったわね」
「それにだ。例え僕が皆に拒絶されたとしても、お前は、お前だけは僕を認めてくれる、そう言ってくれただろ?」
「そ……そんなこともあったわね?」
なんで疑問形なんだ? まあいいか。
「要するにだな、お前は良いやつなんだよきっと」
「そ、そんなことは……ないわよ……」
僕に背中を向けて、窓へと視線をそらす。これは間違いなく照れている証拠だ。
どこの誰がどう見たって、これはそういうことだろう。
「加奈子、話は変わるんだが……一つ聞いてもいいか?」
「え、ええ。どうぞ」
冷静さを取り戻した加奈子は、くるりと身体の正面を僕へと向ける。
何だかこの甘酸っぱい雰囲気に流されて、危うく忘れるところだった。
だがこれだけは言わせてもらわないと気が済まない。一度唾をのみ込んでから僕は言った。
「……あのキッチンに放置されてる……暗黒物質は一体なんだ?」
「暗黒物質?」
頭上に疑問符が浮かんできそうなほど、加奈子は不思議そうな顔をした。
いや、あれを暗黒物質と言わずしてなんと言おうか。
スタスタとキッチンまで歩いて行き、そして、真っ黒な色をしたモノをこちらに持ってくる。
何て禍々しいんだ……。おまけにこの鼻をつんざくような刺激臭。
こいつは一体……何なんだ?
「随分と失礼なことを言ってくれるのね。これは私がさっき作ったオムライスよ?」
初めて無修正のえっちぃ動画を目撃してしまった時のようなこの感覚。
つまるところ、僕は驚愕した。文字通り目が点になっていたことだろう。
これは果たしてオムライスと呼べるのだろうか。
「あなた……確かその……オムライスが好き、って言っていたわよね?」
全身に言うに言われぬ衝撃が駆け巡る。いくら現実から目を背けようとも、逃れることはできない。
僕のためにわざわざオムライスを作ってくれたというこの事実。有難迷惑?
違うな。そんな生半可な言葉では表し尽くせない。これは迷惑千万ってやつだ。
加奈子には申し訳ないが、やっぱりきつい。
だってさ、この流れから察するに、加奈子は僕のために手料理を作ってくれたんだろ?
それじゃあ問題はここからだ。
僕のために、僕のためだけに手料理を作ったということは?
まあ結論として導きだされる答えは、僕がこれを食さなければならない、ということだ。
確かにオムライスは好物だ。けどな、これはオムライスなんかじゃない。
それこそ鉱物みたいなもんだろ、これじゃあ。見た目的にな。
どうする? 男を見せるか? それとも逃げるか?
「違った……かしら?」
やめろ! そんな小動物みたいな愛くるしい目で僕を見つめるないでくれ!
そんな目をされたら……僕は……僕は……。
「ごめんなさい……私の勘違いだったようね……今度から気をつ――」
加奈子の言葉を遮り僕は大声でそれを否定した。
「待て待て、大好物だ! いやあ、大好物だとも! この不気味に輝くブラックエッグ……ぜひとも食べてさせてくれ!」
「そ、そんなに気に入ってもらえたのなら、嬉しい限りね」
気に入っているわけじゃないんだが……。
しかしその喜びを爆発させた顔を見て、そうじゃないとは言えない。
これは新手の嫌がらせか? そうだ、きっとそうなのだろう。
いつの間にか用意されていたスプーンを手にして、僕は覚悟を決めた。
「はは……それじゃ、い、いただきます……」
「どうぞ、召し上がれ」
今までに一度も見せたことのない満面の笑みで、僕が食べるのを待つ加奈子。
そうか。僕はこの笑顔が見たいがために、こうして命を懸けているのか。
アニメでよく見る、スローモーションのように時間がゆっくり進んでいく。
スプーンでオムライスをすくい、口元まで運ぶ。
強烈な匂いで鼻が麻痺し、終いには涙があふれ出る。
口に放り込んで噛み砕く。オムライスだと言うのにオージービーフのように硬い。
舌にこの異物が触れるたびに味覚がやられ、美味しいとさえ思えてくる。
いいか……お前らよく聞いておけ……。
料理なんてのに味は関係ねえ。大事なのは、愛情――だ――
「ちょと、先輩? 大変だわ! しっかりして! 先輩――」
その後のことはよく覚えていない。
僕が意識を取り戻した時には夕方で、何故か加奈子に膝枕をされていた。
僕が起きたことに気がつくと、か弱い声で言った。
「ごめんなさい……私の料理を食べたばっかりに、こんな目にあわせてしまって……」
ゆっくりと僕の髪を撫でながら、申し訳なさそうな顔をする。
加奈子の太ももはとても柔らかい。思わず顔を埋めたくなるほどに。
そしてジャージ越しでも、その太ももから加奈子の温もりが伝わってきた。
「美味しかった。けどやっぱ、倒れたのは一気に口の中に入れちゃったのが原因だな。今度からはもうちょいゆっくり食べるようにするよ」
加奈子は一瞬驚いた顔をしてから、少しずつ笑顔の波を広げていく。
「あなたはお人好しなのね、それも馬鹿みたいに。馬鹿な人は嫌いだわ、私」
誰のせいでこうなったんだか。まっ、本心で言ってるんじゃないんだろうけどさ。
「そうかい。そいつは残念だな」
これ以上加奈子の膝にお世話になるのは悪いと思い、身体を起こそうとした。
だが、それは加奈子によって阻まれる。
両手で僕の身体を押さえつけ、上唇と下唇をほんの少しずらすような笑みを見せて言った。
「けど……あなたみたいな馬鹿は、嫌いじゃないわ」
行動の自由を奪われたまま加奈子を見上げる。
服の上から膨らんでいるその胸に、僕の目は奪われてしまった。
大きくはないけど、決して小さくもない。
嫌らしい感情はない。けどそれを見ると、美しい胸だと思えた。
「ど、どこを見ているの?」
僕の視線に気づいたのか、恥じらう素振りを見せ、胸を両手で隠す。
「いや、なんかお前の胸って、美しいなって思ってさ」
この時の僕はどうかしていた。
普段であれば、こんなセクハラ染みた言葉など口にしなかったはずだ。
それ以前に、加奈子の料理を食べてあげようとも思わなかったはず。
何かが変わり始めている。僕の中の何かが、ちょっとずつ変わっていってるのだろう。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。
けど、いずれにせよ、この変化には加奈子という存在が大きく関係してるような気がした。
「そ、そんなこと言われても……嬉しくなんて……ないわ」
そしてまた、加奈子も同じように変わり始めている、僕はそう思った。
初めて会った時と今では大きく違う。最近では、加奈子はよく笑うようになっていることなんかが、その変化の一つ。
「ところでさ、加奈子」
「何かしら?」と言って、加奈子は首を傾げる。
もしかしたら、琴乃さんの言っていたことが理解できたかもしれない。
琴乃さんからは、夏休み中、加奈子の手伝いを頼まれていたわけだが……。
「お前ってもしかして、メイドやってた癖に料理できないのか?」
「ええ、そうね。私は料理ができないわ、まったく」
きっぱりと断言しやがった!
そんなことってあり得るものなんだな。メイドが料理できないとか。
僕が主人なら一発で解雇してるだろうさ。
待てよ、でもこんな可愛い子に世話してもらえるなら、それはそれで良いな。
「私は主に、ご主人様の身の回りのお世話を担当していたの。その中に料理は含まれていなかったものだから、ねえ?」
いや……ねえ? って言われても。
「ああそうだ。僕が何を言いたいのかというとだな、夏休みの間は僕がお前の料理作ってやるよ」
「必要ないわ。そんなもの買ってくればいい話じゃない」
「毎日買い食いじゃ、お金がきついだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
加奈子はちらっ、ちらっと僕の目を見る。
きっと遠慮してるんだろう。ここは強く言ってみるか。
膝の上で過ごさせてもらった至福の時間とはおさらばし、僕は身体を起こしてから言った。
「別にそんぐらいじゃ、僕の負担にはならないよ。だから任せてくれ、な?」
僕が起き上ったので、さきほどまでとは違い、僕が加奈子を見下ろすことになる。
それに相まって、僕は語気を強めて言ったからか、加奈子はややうろたえる。
「僕はお前が心配なんだよ……。だからこれは、僕の一方的な自己満足だ。見返りなんて求めてない、僕のやりたいようにやるだけさ。これならいいだろ?」
やはり簡単には頷かない。が、それも数瞬のこと。
薄く張った氷のように、恥じらいをほんのり浮かべながら加奈子は言った。
「そんなにあなたが、私の面倒を見たいと言うなら……ま、まあ好きにすればいいわ!」
「そうさせてもらいますよっと」
最初からそう言えばいいのに。ほんとこいつは、素直じゃないよな。
けどまあ、こういう加奈子が、こういう加奈子だからこそ力になってやりたいと思える。
僕はやっぱりお人好しなのかもしれない。加奈子の言った通り。
「前代未聞ね。元々はメイドだった私が……お世話をする側だった私が、これからはあなたにお世話をしてもらうというのだから」
「まさしく主従逆転だな、はは」
冗談めかして僕は言った。
しかし一人だけ、ていうか加奈子にはこの冗談が通じなかったようだ。
「なるほど、それはいい提案だわ。これからは私が主人となって、あなたが私の下僕となりなさい。ふふ、なんだか楽しくなってきたわね」
僕の尊厳は一体……。はあ、加奈子さん。あんたこういう話になった途端、目の色が変わるんだよな。そんなんだからお客さんにも言われるんですよ、氷の女王って。
「今なにか失礼なこと考えてないかしら?」
「とんでもございません、マイマスター」
満足そうな表情を浮かべ、頬に手をあてている。
さっきまで僕に見せていた恥じらいはどこへいったのやら。
「あなた、今度からワン、と返事しなさいな。良いわね?」
「それだけは勘弁してくれっ!」
こうして、僕と加奈子はよりいっそう仲を深めたのであった(たぶん)。