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始まり

皆さん初めまして。どうか暇つぶし感覚で読んでいただければ幸いです。それと、パソコンのほうが読みやすいと思います。

いつも通り学校から帰宅し、まだ冷房の効いていないぬるい家の中を足早に歩く。

家には誰もいない。今いるのは僕だけだ。


来栖渚くるすなぎさ高校二年生、十七歳、男。

見てくれがあまりにも女みたいなのがコンプレックス。あとこの女声も。


小学生時代は、女男なんてあだ名をつけられてイジメられたこともある。

それからというもの、僕は友達も作らず孤独な日々を送る――はずだった。


はずだったんだが、どうも神様はそうさせたくはなかったようだ。

いつから僕の人生は変わってしまったのか。

それは紛れもなく、あの瞬間からだろう――


あれは高一のこと。いつにも増して寒い冬であった。

あの当時依然として友達ゼロだった僕は、冬休みというそのあまりにも長い時間を持て余していた。


そんなわけで街へと暇つぶしに行ったのだ。

まだバイトはしていなかったので、好きな物を買う余裕もなくウィンドウショッピングするにとどめていた。


街を歩けば人だかり、道行く人は幸せそうだ。

やるせない思いで通りを歩く。そんな時、たまたまショウウィンドウに飾られた女物の洋服に目が留まる。


女装趣味があるわけではないが、僕は何となくこれを眺めていた。

はたから見たらさぞ滑稽であっただろう。

だって、男一人で女用の服をガン見しているのだから。


しばらくそうしていると、ふと僕の背後に誰かが立ち止る。

ガラス越しに見れば、それが女性であることが分かった。


第一印象は、やたらと胸の大きな女性だな、といった感じだ。

まあ、健全な男子高校生なら顔よりもまず胸に目が行ってしまうのも当然だろう。


みんなだってそうだろ? そうに違いない。


どんな顔をしているか見てみたい、僕は不思議とそう思った。

別に胸が大きかったからとか、そんな邪な感情ではなくて単純な好奇心からだったと思う。


いや、今考えるとこれが運命、ていうか呪縛だったのかもしれない。

僕の人生を悪い意味で大きく変えるカギを握っていたのだ、この女性は。


思い立ったら即行動。僕はゆっくりと振り返る。

その女性は五、六年前はさぞ美しかったんだろうと思わせるような顔立ちだった。

僕の視線に気づいた女性は、パチクリと瞬きをして僕を見た。

このまま目があってフォーリンラブ、とはいかない。


さすがにそのまま見つめ合うわけにはいかないので、僕はそっと目をそらした。

そうして僕は、再び歩みを進めてあてもなく街をほっつき歩くつもりだった。


だが、そうはいかなかった――


数歩も歩かぬうちにいきなり肩を掴まれ、その足取りを強制的に止められたのだ。


「あなたうちの店でバイトしてみない!? 超高時給で超好待遇! 間違いない、あなたは間違いなくナンバーワンになれるわ!」


ドン、という効果音が出てきそうなほどの勢いで、女性は僕目がけて人差し指を突き出す。

その迫力に圧倒されて、僕は思わず「ふえ?」という少し間抜けな返事をしてしまった。

しかしそんな僕など気にはせずに女性は話を進めていく。


「何歳? 高校生? ていうかいま暇? 暇よねっ!? よし、じゃあ今からうちのお店に来て!」


ふん、ふん、と息遣いを荒くしてやや興奮状態のこの女性。

身体を動かすたびにその豊満な胸がブルンブルン、と揺れるので正直目のやり場に困る。


いやいや、そんな馬鹿なこと考えてる場合かよ。

とにかくこの人を落ち着かせよう、そう思った僕はとりあえずこう言った。


「ちょっと待ってください、まずは落ち着いてって、ええ!?」


そんな僕の試みもむなしく、ズルズルと引きずられたまま、そのお店とやらに連行されるのであった――


「えぇ!? あなた……お、お、男なの!?」


店へと連行されて早々、椅子に座らされた僕は男であることを告げた。


「はい。だから、ここでバイトをするのは不可能です。すいません」


とんでもない勘違いをされてもなお、僕はあくまで冷静に話す。

普通に考えれば、性別を間違えられることなどあり得ないだろう。


だが、僕が女と間違われるのは別に今日に限った話ではないのだ。

街を歩けば男にナンパされ、電車に乗れば痴漢されることもある。


しかも、そういうことは決まって冬に起きる。

コートを着たりと、身体のラインが上手く隠れてしまうと、この女顔に拍車をかけていっそう女っぽく見えるのだろう。

だから僕は冬が大嫌いだ。もういっそのこと冬眠してしまいたいほどにな。


なかば投げやりになりつつあった僕を見つめながら、女性はこう言った。


「そんな……あなたなら我が"ぴゅあぴゅあラブリーはぁと"で最高のメイドになれると思ったのに……」


メイド喫茶の勧誘だったようだ。しかも従業員の。

ひどく落ちこんだ女性を目にしてもなお、僕は少しも申し訳ない気持ちにはならなかった。

本音を言えば、いい加減にして欲しい。もう懲り懲りなんだよ、女と勘違いされるのは。


やや語気を強めて、僕は女性に言い捨てた。


「勘弁してくださいほんとに。なんですか、ぴゅあぴゅあラブリーはぁとって? そんないかがわしい名前のところで働きたくないです」


僕の言葉にムッとした表情を見せる女性。そして女性は眼光を鋭く光らせながら言う。


「待ちなさい? 我がメイド喫茶をバカにするとはいい度胸してるわね? その身をもって謝罪しなさい今すぐに」


おいおい、冗談じゃない。元はと言えばこの人が悪いんじゃないか。

苛立つ思いを募らせながら僕は言う。


「とてもメイド喫茶とは思えませんけど? てっきり風俗か何かだと思いましたよ。店名変えたほうがいいんじゃないですか?」


「風俗? あら、そう?」


キョトンとした表情で、意外そうな顔をしているこの女性。

僕の嫌味を理解していない? まあいい……まあいいさ。


それなら、とにかくこの場からさっさと立ち去るまでだ。

立つ鳥跡を濁さず、とは言えないな。もう濁しまくっちゃったよ僕。


「もういいですか? 僕は男なんでここでは働けないです。それじゃ」


そう言ってこの店を後にしよう、と思ったんだが……残念ながら逃げられませんでした。

机をバンと叩いて立ち上がり、女性は声を荒げて叫ぶ。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」


あまりの大声に僕はすくみ上り、その場にピタリと立ち止った。


「何ですかいきなり!? 驚かせないでくださいよ!」


後ろを振り返れば、そこには真剣な面持ちで立ち尽くす女性の姿があった。

そんな顔を目の当たりにすれば、自ずと耳を傾けざるを得ない。

僕は女性の言葉を黙って待った。


「あなたが男だろうと女だろうと関係ない……可愛いは……正義よ!」


その表情でその発言!? 落差激しすぎるぜおい。

だめだこいつ早くなんとかしないと。


「いや関係ありますって! 男の僕がメイドなんてやってたらおかしいでしょ!? つまりはそういうことですよ!」


「むしろそそるかも?」


「そそらねぇよ!? 一体どこのどいつが僕のメイド姿なんか見て喜ぶってんだよ!?」


「あたし?」


なんで疑問形なんだ。しかもなんであんたが喜ぶんだよ。


「ああもう、僕は嫌ですから! やりたくないです! そんなこと!」


身の危険を感じた僕は急いで逃げた。しかし、走りながら背後を確認すればそこには不敵な笑みを浮かべる女性の姿があった。

その謎の笑みを目にした僕は、いよいよ恐怖で身体が縮み上がり完全に活動停止してしまう。


女性はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。

そして僕の正面で足を止め、不気味な笑顔でこう言った。


「あらあら、ちょっと待ちなさいよ?」


ガシっ、と腕を掴まれる。その力はすさまじく、とても抵抗できるとは思えなかった。

逃げるにも逃げられなくなった僕は、それはもう男に乱暴される寸前の女みたいな声を出して暴れたさ。


「離して、離してください! 警察呼びますよ!? ていうかいい加減離せよこの野郎!」


威勢よく怒鳴りつけても、そんなものは通用しない。


ああ、僕がもっとドスの利いた声を出せれば。

ああ、そもそも僕がこんな顔をしていなければ。


後悔しても、もう遅い。この女の魔の手からもう逃げることなどできないのだから。


「あなた、烏帽子(えぼし)高校よね?」


ギクリと顔を強張らせ、僕は女性から顔をそらす。

なんでこいつが僕の高校を知っているんだ……?


めちゃくちゃな思考回路で懸命に考える。

そうだな、冬休みにこの辺をふらついてるやつなんて、烏帽子高校のやつぐらいしかいない。

きっとこの女は当て勘で言った違いない。ここは動揺せずに冷静に対処しよう。

ぜんまい仕掛けのおもちゃのように、ぎこちなく顔を動かして女性を見る。


「そ、そ、そんな高校は知らないな……。だいたい……ぼ、僕は大学生だ」


上手くいきませんでした。どうやら僕はめちゃくちゃ動揺しているようだ。

ていうか噛みすぎだぞおい。


「ふふ、随分と嘘が下手くそなのね」


なにやらこの女は名案でも思いついたのだろうか。

意地の悪いような笑みを浮かべて、僕の耳元でこう囁いたのだ。


「ひっじょぉぉぉぉに残念だけど仕方がないわねぇ? できればあなたの自主性を尊重してあげたいのだけれど、あなたがワガママ言うならねぇ?」


額から流れる一筋の冷や汗が、僕の頬をつたってポトリと床に落ちる。

嫌な予感がする。ていうか、嫌な予感しかしない。


「あ、あんたになにができるって言うんだ?」


これから起こるであろう最悪な事態を想定しながらも、どうにか虚勢を張って大声で言った。


ああ、今でもはっきりとこの女が言ったことは覚えているとも。


女の顔から笑みは消える。代わりに、借金取りが金を返せと言わんばかりの冷酷な表情を浮かべ、女とは思えないほどドスのきいた低い声で僕に言った。


「無理やりあなたにメイド服着せて写真を撮って、それでその写真を学校にばらまいてやろうか」


「悪魔だぁぁぁぁぁぁ!?」


こんな恐ろしいことを表情一つ変えずに言ってのけた。

こいつはもう悪魔以外の何者でもない。


「あらあら、いきなり大きな声を上げないでくれる? 迷惑よ」


「あんたのほうが僕にとっちゃよっぽど迷惑だよ!」


「グフフフフ……。観念なさい?」


そこで僕の頭は真っ白になっていった。

その後のことはよく覚えていない。いや、もしかしたら覚えていないのではなく本能的に僕の記憶から抹消しようとしているのかもしれない。


そしてまた、覚えていなくて幸いなのかもしれない。

こうして来栖渚は晴れてぴゅあぴゅあラブリーはぁとの従業員となったのであった――


「ああ……バイト行かなくちゃ……マジで行きたくねぇ……」


一人でに回想に耽ていた僕は、蒸し暑い部屋の中で世迷言のようにブツブツと呟く。

別にバイトに楽しさを求めてはいない。


けどせめて、女装をすることを強要されないバイトをしたいと僕は思う。

何が悲しくてメイド服を着て「お帰りなさいませ、ご主人様」なんて言わなきゃいけないというのか。


――嫌なら辞めればいい?


よ~~~く思い出せ。

あの女の言ったことを、あの女はマジだ。

僕が辞めようものなら間違いなく嫌がらせをしてくるぞ。


――実は女装癖があるんじゃないか?


ばか言え。もしそうならとっくに目覚めていただろうさ。

巷で話題の男の娘とやらに。


とにかく、僕は高校生活を終えるまでは、あの店でバイトをしなければならないんだ。

なぜ高校生を終えるまでかと言うと、あそこのバイトは高校生限定なのだ。


だから僕が高校を卒業すれば、自ずとあの女の呪縛から解き放たれる。

いま僕は高校二年生だから、あと一年ちょっとの辛抱だ。


「さてと、そろそろ行きますか」


私服に着替えた僕は、スニーカーを履く。

トントンとリズム良くつま先を地面に当ててカギを開ける。

肝に銘じておくといい。世の中にはやりたくもない仕事もやらねばならぬ時があると。


「うへえ……あっつ……」


勢いよく玄関の扉を開いた僕だったが、照り付ける日差しに思わず目を細める。

なんとなく辺りを見渡せば、そこには一匹のセミの姿が。


まるで僕に「がんばれ、負けるな」とエールを送るかのようにセミは鳴く。

そんな応援を背にして僕は、帰宅して早々出かけていくのであった。



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