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鏡の奥の美樹

地球防衛軍日本支部の隊員である真中 猛と藤崎 美樹は休日を利用してデートを楽しんでいたが、素っ気なさすぎる猛の対応に美樹が激怒し、折角のデートが台無しになった。


その事を鏡の中から覗いていた、地球侵略を目論むガザン星人が美樹をさらって鏡の奥の世界に閉じ込め、美樹になりすまして地球防衛軍日本支部の破壊工作を開始した。


猛はガザン星人の魔の手から地球と美樹を救う事が出来るのか!

2月前半のある日、地球防衛軍日本支部の隊員である真中 猛と藤崎 美樹は多くの人々で賑わう街で休日を楽しんでいた。

地球防衛軍の勤務はその特性上、警察官や消防官と同じく昼夜勤を行うシフト勤務で、あまりお互いが同じ休養日になることは少ないのだが、この日は運良く休日があったようで、2人でデートを楽しんでいた。

…のだが、


「…ちょっと先輩!」


郊外型の巨大なショッピングセンター内にある女性用のブティックで、何故か美樹は猛に苛ついていた。


「…あ?」


猛は猛でとてもつまらなそうにしていた。


「さっきから聞いてるでしょ!この服、どっちが私に似合いますぅ?」


美樹は両手にそれぞれ可愛らしい、若い女性に似合う服を持って、猛にどっちが良いか尋ねていたが、元々そう言う事に興味のない猛にはどうでも良いことで、きちんと美樹を見る訳でもなく、さっきから適当な返事しかしていなかった。

しかし、それが美樹の乙女心の逆鱗に触れていた。


「どっちも良い、似合う似合う。」

「…本当にこの人は…!とにかく、試着室で試着しますから、そこで待ってて下さい!」

「へ~い。」


猛をキッと睨みながら、美樹は試着用の服を持って試着室に入った。


(あ~っ、もうっ!人が一生懸命に聞いてるのにっ!本っ当に鈍感な人なんだから!)


苛立ちが増した美樹は心の中で猛を罵りながら、服を着替えていた。


「先輩、似合いますう?」


試着した服を身に付けた美樹がニッコリ微笑みながら試着室のドアを開けた。

しかし…、そこに猛の姿が無かった。


「え…?、どこ行ったの?」


美樹が辺りを見回したが、店内に猛の姿は無かった。

だが、何故か店の外から地響きにも似た音が聞こえて来た。


「な、何?」


美樹が恐る恐る地響きの音がする方を向くと、店外のショッピングセンター内の通路にあるソファーに、よだれを垂らした猛が大いびきをかいて寝ていた。


「あ~っ、も~うっ!」


美樹がソファーで大いびきをかきながら通行人達から笑われたり、蔑む視線を投げかけられている猛の所に来た。


「先ぱーいっ!」

「…んあ?」

「何いびきかいて寝てるんですか!」

「俺、夜勤明けで寝てないのに…。」

「だからって、こんなとこで寝ないで下さい!私まで恥ずかしい。」

「で、服買った?」


猛は無粋にも、美樹が今日着てきた服を覚えておらず、何時もの調子で適当に言った一言が美樹のシャクに触った!


「…もう、帰るっ!」


怒りをぶちまけた美樹が猛を一瞥し、試着していた店に戻るべく猛に背を向けた。


その時!


「美樹!その服…。」

「…えっ?」


猛の一言に美樹が頬を赤らめて振り返った。すかさず猛が…、


「値札、付いてるぞ。」

「な、なっ?」


猛の一言で美樹の顔は般若の面以上に激高した。


「お前大胆だなあ!着たまま万引きか!?」


次から次へと溢れ出す猛の無神経な一言で、とうとう美樹の堪忍袋の緒が切れた!


「もうっ!うるさいっ!」


美樹の怒鳴り声がショッピングセンター内に響きわたる中、カンカンになった美樹は試着した服を着替えるべく店内に戻った。


(あのバカだけは~っ!ウザイ!ムカつくっ!)

(大体、私が綺麗になってるって言うのに、何も気付いてないなんて!あの人おかしい!絶対変よ!)

(死ねっ!先輩なんか死ね!死んじゃえ!)


怒りで震える手で着替えている美樹だった。


だが、その時!


試着室の鏡の中から得体の知れない黒い陰が美樹を見ていた事に、美樹は全く気付かなかった。


その時!


「終わった?」


と、猛が試着室のドアを勝手に開けた!


「…えっ、あ、あ、あ…、ぁ…。」


着替え中の、丁度下着姿になってた無防備な時に唐突にドアを開けられ、美樹は震えながら固まった。


「水色のパンツか…。やっぱりペチャパイだな。」


辛うじて胸は隠したものの、下着姿を見られた屈辱と羞恥心を覚えた美樹の表情は見る見るうちに鬼の形相に変わっていった。


「こ…、き…!」


直後、雄叫びとも悲鳴とも区別の付かない怒鳴り声が店内に響き渡り、猛は一目散に逃げ出した!


「殺す!アイツは絶対に殺す!」


試着室のドアを力一杯に閉じ、表を自分が着てきた服を当てて隠しながら、下着姿のままの背中を試着室の鏡に映したままの美樹が、猛への怒りと恨みに身を震わせていた。


だが、その時!


美樹は鏡を背に立っていたから気付かなかったかも知れない。

鏡の奥にはまだ黒い影が自分の事を見ていた事に…。




翌朝、地球防衛軍日本支部の作戦室に猛達隊員が出勤して来た。

隊員達の中でもかなり若い美樹が最初にやって来て、作戦室の清掃をしている最中に外の隊員達もちらほら出勤して来ていた。


「おはよう。」

「…おはようございます。」


昨日の一件で気分を損ねた美樹が元気なく先輩隊員達に挨拶していた。


そんな中、美樹よりは先輩の猛が出勤して来た。


「美樹、おはよう。」

「…。」


当然、下着姿を覗かれて激怒していた美樹が猛の挨拶に応える訳がなかった。


「あれ、まだ昨日の事を怒ってる?水色パンティーさん?」

「…ッ!」

(こ、この変態野郎っ!)


昨日の件を全く反省していない猛に向かって、美樹は怒りで身を震わせながら目を釣り上げるだけ釣り上げて睨み付けた。


「そ、そんなに怒るなよ。」


美樹の不機嫌の張本人である猛は未だに反省する素振りもなく、


「フンッ!」


猛とは口も聞いていない美樹は猛を無視して掃除を続けた。


「おい真中、何が原因かは知らんが、藤崎がかなり怒ってるぞ。」


相当機嫌の悪い美樹の態度にハラハラしている他の隊員をよそに、猛は、


「なあ、美樹…、あんまり怒ると、シワが増えて…、ババアになって…。」


猛の非常に無神経な発言に、無視を決め込んだ美樹の掃除をする手が止まった。


「シワ…!、ババア…!?」


他の隊員達が固まり、美樹の全身が怒りでわなわなと震え出したのにもかかわらず、無神経な猛は話を続けた。


「俺はあくまでお前の美容と健康に気を使って言ってんのに、そんなに怒るなよ、ペチャパイ!」


トドメの一撃とも受け取れる猛の一言に、美樹の怒りは我慢の限度を一気に超えた!


「言わないで下さい!気にしてるんですから!」

「気にしてたらもう少しデカくなるだろ。」

「うるさぁーい!」


顔を真っ赤に染め上げた美樹は、思い切り猛を睨み付けた。


「人が言われたくない事や傷つく事を平気で言って、私の事ばっかりいじめて!先輩はそんなに私の事が嫌いなんですか!」


目を赤く、涙混じりに怒りをぶちまけた美樹に猛は…、


「だって、からかう相手がいないと、仕事してても面白くないから。」


ダメ押しの一撃で美樹は感情を抑える歯止めを無くした。


「人をバカにするのもいい加減にして!私の事イジメて楽しい訳?もうイヤ!先輩なんてっ、だいっキライ!」


先程から続く悪意があるとしか受け取られない猛の一言に堪えきれなくなった美樹は、猛を押しのけ、作戦室から飛び出した。


(やべぇ~、やりすぎたかな?)


調子に乗りすぎて美樹を激怒させた猛も流石にいたたまれなくなったが、それ以上に!


「真中、あれは酷すぎるぞ!」

「美樹に謝まんなさいよ!」


他の隊員達からも非難を浴びた猛は、他の隊員達から美樹に謝るよう非難され、


「い…、行って来ます!」


半ば作戦室から逃げ出すようにように出て行った。




それから、猛の心ない悪口に傷つけられ、泣いていた美樹は、女子便所に駆け込み、洗面所から水をジャバジャバ出し、涙を拭おうと一生懸命に顔を洗った。


(先輩のバカァ!大っキライ!)


留めなく溢れ出る涙を何度となく拭って、涙と共に怒りも流そうとした。


蛇口をひねり、水を止めてポケットからハンカチを取り出して涙を拭った。


「あ゛!」


美樹は、手に持っていたハンカチを見て一瞬身を固めた。

そのハンカチは、以前猛が美樹にプレゼントした物だった。


「何で思い出したんだろう?」


美樹がまじまじと見ていたハンカチは、去年のホワイトデーの時、猛がバレンタインデーのチョコのお返しに美樹にプレゼントした物だった。


「そう言えば、あの時の先輩、スッゴく緊張してたっけ?それに、もうすぐバレンタインデーか…。」


美樹が思い出に浸っていた時だった!


『忘れちゃいなさい!あんなデリカシーの無い軽薄男なんて!』


自分の他には誰も居ないはずの女子便所の中の何処かから、美樹に話しかける声がした!


「…だ、誰?」


美樹は辺りを見回したが、もちろん、誰もいなかった。


「…気のせいかしら?」


美樹が気のせいだと思った時!


『ここにいるわよ!』


美樹は声のする方、洗面所の壁を向いた。

そこには美樹を映す鏡があるだけだった。


「…え?鏡?」


美樹には何故、声が聞こえるかが分からなかったが、声は間違い無く洗面所の壁から聞こえていた!


「…嫌?…、お化け…!」


美樹の顔が恐怖で引きつった。


しかし!


洗面所の鏡に映った美樹の表情な何故かにこやかだった!


それは正確には何かを企んでる風な不敵な笑みを浮かべた美樹の表情だった!


「…や、嫌、き、…。」


目の前の鏡に映った自分と異なる表情した自分の姿に美樹は完全に混乱し、恐怖した。


その時!


鏡に映った美樹が美樹に向かって手を差し伸べて来た。

その手は鏡の中から飛び出して美樹の両手をしっかりと握ると、一気に美樹を鏡の中へと引きずり込んだ!


「きゃあああーっ!」


突然の恐怖体験に美樹は悲鳴を上げたが、既に上半身を鏡の中に引きずり込まれた美樹の助けを呼ぶ叫び声が元の世界に届く事は無かった。

そして、鏡の中から逃げようと全身をもがいていた美樹が鏡に吸い込まれ、さっきまで手に持っていたハンカチを洗面器に落として姿を消してしまった。




「はぁ…、美樹の奴、絶対に許してくれないだろうな…。それより、会ったら会ったで往復ビンタを何発喰らうかな…?」


その頃、肩を落としながら施設内に美樹を探す猛だったが、美樹の姿を見つけられず、否、万が一見つけても、カンカンになった美樹に会うのが怖くなっていた。

猛が女子便所の前に差し掛かった時、女子便所の扉から美樹が現れた。


「あ、み…き…さん?」


猛が声をかけると美樹が振り返ったが、その顔は猛が見たこともない程、両目がつり上がり、眉間に幾重もの皺を寄せ集め、唇はまるで堅くなった岩を彷彿させるような表情で、猛を怖がらせるのに充分過ぎるほどの迫力があった。


「え…、あ…、あの…。」


美樹の鬼の形相は、猛を震えあがらせるには充分だった。

猛はさっき美樹にした事を謝るのも出来ないくらい、恐怖に支配されていた。

猛の両膝が情けなくガタガタと震えた。


「フッ…、小心者。」


美樹は小声で吐き捨てるように喋ると、その場を立ち去った。

その時、美樹は左手から何か白い物を落とした。猛が拾いあげると、それはさっき美樹が使い、美樹が鏡の中に吸い込まれる際に洗面台に落としたハンカチだった。


「あ、これ…。」


勿論、猛もこのハンカチを覚えていた。

それは去年のホワイトデーのお返しに、自分が美樹にしたハンカチだったからだ。

鈍感な猛でもよく分かるそれは、猛が美樹に渡す前に、不慣れな裁縫でハンカチの片隅に『ミキ』と糸を通した物だった。

お世辞にも器用とは言えないが、当時の美樹はそれを見て多いに喜んでいた。


「美樹…。」


猛が美樹に落としたハンカチを渡そうと思ったが、すでに美樹の姿は無くなっていた。


「しょうがないなあ。」


猛は自分の隊員服のポケットに美樹が落としたハンカチを入れると、美樹が立ち去った方に向かって行った。




暫くして、猛は元居た作戦室に戻った。作戦室に入るなり、仲間から、


「ちゃんと美樹に謝ったか?」

「この次に美樹をイジメたら許さない!」


などと詰め寄られたが、


「いや…、謝るも何も…、美樹はこっちに帰ってない?」


猛はてっきり美樹が作戦室に戻ったものと思っていたが…、


「いいや?見てないぞ!」


と、誰も作戦室を飛び出してからの美樹を見ていなかった。


「まだ拗ねてるのか?」


猛は美樹の事を案じた時!


『緊急事態発生!車両整備場で火災発生!繰り返す…!』


日本支部基地内で火災発生を知らせる警報が鳴り響き、作戦室に居た全隊員が現場に急行した。


現場には、ボヤ程度とは言え、何故か整備中の装甲車の車体下部から炎が出ていた!


「消せー!」


猛を含めた何人かの男子隊員で消火器を使った消火を行い、何とか火を消し止めた。


「何でこんなとこから?」

「まさか…、放火?」


隊員達の間に憶測が広がった。


またもや!


『通信装置故障!大陸間通信装置、原因不明の故障!繰り返す…!』


何者かが悪意を持って、この基地を破壊しようとしているかのように思えた。


すぐさま、犯人特定のための検索に移った。


勿論、部外者が簡単に入れない厳重な警備体制を誇る基地だけに、部外者による犯行は考えにくかった。

しかし、あらゆる可能性が考えられるため、入出門履歴、防犯カメラの映像、各種センサーの稼働状況を色々と検索した。


程なくして、一人の容疑者が浮かんだ!


その容疑者の情報を知らせるため、猛達、地球防衛軍の隊員達が会議室に呼ばれた。


「容疑者が特定された。先ずはこの、車両整備場に設置した防犯カメラの映像を見て欲しい。」


地球防衛軍の日本支部長が、防犯カメラに映し出された映像を紹介した。


画面左奥から何者かが走って出て来たすぐ後、炎のようなものが出た。


そこで画面は巻き戻され、再び、謎の人物が出て来た瞬間を映し出し、今度は顔をズームアップした。


「…あ!」


猛が叫んだ!そこに映し出された顔は、間違い無く美樹その人だったからだ!


「もうわかったと思うが、容疑者は藤崎隊員だ!彼女が放火した可能性が高い!」


日本支部長の発言に映像を見せられたぜんいが激しく動揺した。


「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


室内の後方に居た猛が立ち上がり叫んだ!


「何だね!君は?」


日本支部長の側に居た高官が猛を制した。


「これは何かの間違いです。藤崎隊員は…、彼女がこんな事するはずがありません!」

「はっきりとカメラに映ってると言うのに、疑わない余地があるのかね?それに、今、藤崎隊員とは連絡が取れてないじゃないか!」

「今何らかの理由で連絡が取れていません。」

「他に侵入者が確認されていない。彼女の所在を確認するのが必要だ!」

「わかりました!自分が藤崎隊員を、美樹を捜して、彼女の潔白を証明して見せますよ!」


美樹の無実を信じて疑わない猛は会場を飛び出し、連絡が取れてない美樹を捜して日本支部基地内を捜索した。


「美樹…、何処にいるんだ?」


地球防衛軍日本支部基地は周囲10Kmはある。

その広大な敷地の中で1人の、それも行方の知れない人間を探すのは途方もない事だった。


「藤崎隊員…、藤崎隊員…、応答せよ!…、美樹!美樹!応答してくれ!」


猛は必死になって美樹の名を無線機越しに呼び続けたが、美樹からの返事は帰って来なかった。


その時!


「藤崎隊員!直ちに応答せよ!」

「藤崎!どこにいる?」

「美樹ちゃん!返事して!」


他の地球防衛隊員達が美樹の捜索に加わった。


「猛、俺達も協力する。手分けして捜そう!」


他の隊員達も美樹の無実を信じていた。

一秒でも早く美樹を見つけ、美樹の無実を証明するため、猛達は必死になって日本支部基地内の何処かにいるはずの美樹を捜索した。


それから約1時間、時計は12時を指そうとしていたが、美樹の発見どころか、美樹に関する僅かな情報も見つからなかった。

美樹を捜す猛達に焦りと疲れが溜まって来た。


「美樹…、もう美樹の事はイジメないから…、もっと優しくするから…、頼むから出て来てくれ!」


猛は、美樹を苦しめた自分の行いを悔いたが、それでも美樹は現れなかった。


その時!


『緊急事態発生!対空ミサイル格納庫内に不審者発見!繰り返す…!』


再び基地内に警報が鳴った。


「もしかしたら…?」


猛は急いで対空ミサイル格納庫に向かった。


(勿論、美樹が犯人な訳がない!しかし、何者かが何らかの破壊工作を仕掛け、そいつが美樹に関する何かを知っているに違いない!)


猛は美樹発見の手掛かりにと、現れた不審者の確保と、どこに行ったかわからない美樹の安否確認を急いだ。




異星人の円盤等を迎撃するために基地内に設置された対空ミサイルも普段は異星人の環視から隠すために屋内に格納していた。

猛がその対空ミサイル格納庫付近に来たとき、格納庫のドアの前を走って逃げる何者かを見つけた。


(まさか…、美樹?)


遠くにいるために分かり辛いが、行方不明になった美樹の居場所を知っているのなら、彼を捕まえる必要がある。

猛は先回りして、彼を捕まえる事にした。


格納庫の門を死角にして、猛は近付いて来る足音を頼りに彼を捕まえるべく飛び出した。


「このお!」


猛が両腕でしっかりと捕まえ、彼の姿を見て驚愕した!


「み…、美樹?」


その正体は紛れもなく隊員服姿の美樹だった。

しかし、顔は猛が最後に見たままの、非常に険しく、怒りに満ちた目つきの美樹だった。


「美樹…、何で?」


猛が一瞬怯んだ時!


「離せ!この野郎!」


美樹が猛の手の中から抜け出して、自分が来た方向とは反対の方向に駆け出した。


「邪魔すんじゃねぇ!死ね!」


美樹は猛を激しく罵りながら逃げ出した。


「…嘘だよな?」


猛は信じられないでいた。

確かにこれまで何度も些細な事で美樹と喧嘩して、美樹を激怒させた事はあったが、それでもこんなに悪態をつかれなかったし、それ以上に、あんなに鋭い眼差しで怨みや怒りを込めながら睨まれた事など無かったからだ。


(あいつは絶対に美樹なんかじゃない!)


美樹を見た時の違和感から、何者かが美樹に変装して基地に破壊工作を仕掛けていると確信した猛は、美樹の姿をした何者かを追いかけた。


美樹の姿をした何者かは、格納庫の横に増設された、夜間戦闘用の照明弾を整備保管する作業室に逃げ込み、猛もその後を追った。


「行き止まりだ!もう逃げられんぞ!」


猛が美樹らしき者を作業室の角に追い詰めた。

角のすぐ側には全身を映せる大きさの鏡があった。


「邪魔すんな!」

「美樹をどこにやった?」

「はァ?私が美樹だろ!」


猛達の間で口論ともみ合いが始まった。


「美樹を返せ!」

「私が美樹だっつってんだろ!」


口論ともみ合いが勢いを増す中、猛達はお互いの足が絡まり、バランスを崩して等身大の鏡に向かって倒れ込んだ。


「あっ!危ない!」


猛が叫んだ時だった!


猛達が鏡にぶつかった瞬間、鏡が割れなかったばかりが、2人ともそのまま鏡の中に転がり込んだ!


「えっ?わっ?わっ?」




猛達は鏡の内側に入り込んでしまった。


「な…、何だここは?」


赤、青、緑、黄、金、銀、白、黒のいろんな色が全てを包むような、前後左右、上下の違いも分からない空間の中に迷い込んだのだ!


すると、美樹らしき者が立ち上がり、猛を怒鳴りつけた。


「ここは鏡の中の世界!お前はもう元の世界に戻れない!」

「美樹は?美樹はこの中にいるのか?」


猛は美樹らしき者に問い詰めた。


「何寝言言ってんだよ?私はお前に悪態つかれて、どれだけ傷付いてきたか!これが私の本音だよ!」

「そんな…?」


猛には信じられなかった。

そこには優しい美樹の面影が無かったからだ。

まるで別人のように変わった美樹?

否、全く美樹とは別人格を前にして、猛はどうして良いか分からず、ただ立ち尽くすだけだった。


「わかったか!このカス野郎!」


美樹に似た者の罵りはまだまだ続いた。


「大体、テメェは私に何もしないで私をイジメてばかりいただろうが!」


その言葉に猛は思い出した。


「そうだ!美樹…、これ。」


猛はポケットから、美樹が落として自分が拾った、去年のホワイトデーで美樹にプレゼントした白いハンカチを見せた。


「汚ねぇハンカチ見せんなよ!」


猛の差し出したハンカチを見て悪態をついたのを見て!


「おい!偽物!」

「はァ?」

「これは俺が美樹にプレゼントした(安)物で、美樹は大事にしてたんだ!(多分…。)お前が美樹なら絶対に覚えてる筈だ!」


猛の揺るぎない確信が美樹らしき者を追い詰めた。


「し、しまった!」

「美樹をどこに隠した!」


猛はハンカチをポケットにしまいながら右手で光線銃を構えた。


「くっ、バレたか!」


美樹らしき者は2、3歩後ずさりしながら、自分の背後に隠していた美樹を猛の目の前に出した。


「美樹ーっ!」


そこには、リクライニングソファーのような拘束台に両手首と両足首を金属製の枷で拘束され、口にホースの付いたマスクをはめられた姿の美樹が気を失って座らされていた。


「お前!美樹に何をした?」


猛が美樹の側に来た、美樹に似た者を問い詰めた。


「まだ何も!お前はよくこの女をイジメ、傷つけた。仲間に恨みのありそうな奴を使ってお前達を攻撃するのが我々には好都合だからな!」


話は更に続いた。


「私はガザン星人、地球の資源を我々の物にするにはお前達地球防衛軍が邪魔だ!しかし、我々の戦力をまともにぶつけても、かなりの戦力を疲弊させてしまう。そこで、工作員である私が基地内に潜入して、施設の破壊工作を敢行する事にした。しかし、異星人の私が出るよりも、お前達隊員の誰かに変装した方が成功しやすい。だからこの女をさらったのだ。そこで我々の拠点となる異次元空間から鏡を出入口にして、基地内の破壊工作を進めてるのさ。」


ガザン星人はこの基地を攻撃する計画を猛に話した。


「それだけの理由で美樹にこんな酷いことをしたのか!」

「お前が言えた柄か?昨日からお前とお前の女を鏡の奥から覗いていたが、お前がこの女にした仕打ちは相当酷いな!女が悔しがって泣いてたぞ!」


怒りが込み上げる猛をあざ笑うかのように、ガザン星人は猛を罵った。


「確かに、俺は美樹に酷いことをして来た。泣かせた事もした。だけど、俺は美樹の事を…、美樹の事を…。」

「その後は何だい?」

「それは…。」


ガザン星人に言い寄られる猛だったが、その先が何故か言う事が出来なかった。


「お前が言おうが言うまいが、この女がどう思っているか確かめようか?」


ガザン星人がソファーに座らされ、気を失った美樹に被せられていたホース付きのマスクと美樹の両手両足首をソファーに固定していた枷を外した。


すると、美樹は目を覚ましてふらりと立ち上がった。

力無く立ち上がった美樹の表情に人としての温もりは無く、その瞳には輝きが無かった。


「美樹…、俺だ!分かるか?」


猛が美樹に近付いた。


しかし…。


『バチイィィーン!』


美樹の右手の平が放つビンタが猛の頬を力の限り平手打ちした!


「美樹…?」

「フハハハハ!やはり女はお前の事を恨んでいるな!それが女の意志であり答えだ!」


ガザン星人が高笑いする中、無表情な美樹を見て呆然とする猛だった。


「美樹…、ゴメン。今まで俺はお前に散々酷いことをして来た。お前を苦しめた事を謝るよ。」


猛は無表情の美樹に気持ちを込めて謝ったが、美樹には届かなかったようだった。


「そりゃそうだ!ブスだの、貧乳だの、無神経な事を散々罵れば誰だってショックを受けるわな!私は美樹の心を自由にしてやった恩人だ!さあ美樹!今までの恨みを晴らしてやれ!」


ガザン星人が美樹の右手を持ち、美樹の右側にある光線銃にあてがった。


「美樹は催眠状態にある。それは意識が消えて深層心理が表面に出ているだけで、操ったり洗脳したりしていない。今からお前は好きな女に撃ち殺されるのだ!」

「くっ…!」


猛は美樹に殺される事を覚悟した。


「美樹!アイツを撃ち殺せ!」


(美樹…、ごめんな。)


ガザン星人にあてがわれた右手に持った光線銃で美樹は猛を狙った。


その時!


「…出来ない!」


身体が小刻みに震える美樹が呟いた。


「猛先輩を撃つ事なんて出来ない!」

「な、何?」

「…美樹?」


美樹は叫びながら銃をホルスターに収め、猛に駆け寄った。


「美樹!正気に戻ったんだね!」


猛も自分に駆け寄ってくる美樹を見て駆け寄った時!


「おのれ…、させるか!」


突然!鏡の中の世界がガタガタと地震が起こったかのように振動し始め、お互いに駆け寄ろうとした猛と美樹があともう少しで抱き合えると言うところまで来たとこで立ち止まった!


「な…?」

「きゃーっ!」


それから!


2人の間に下から透明な何かが2人の間を引き裂くかのように勢い良くせり出して、猛と美樹との間に壁を作った!


「やだ…?何これ?」

「美樹!美樹!」


突然の出来事に固まる美樹を透明な壁の反対側から、猛がドンドンと壁を拳で何度も叩いた。

しかし、思ってたよりも遥かに頑丈な壁はビクともせず、2人を引き裂いたまま立ちはだかっていた。


すると!


「きゃああああ!」


美樹の身体がふわりと宙に浮き、ガザン星人の側に引き寄せられた。


「美樹をどうする気だ?」


猛が透明な壁の反対側から必死になって叫んだ!


「作戦内容を練り直す!この女は人質だ!」

「先ぱあぁーいっ!助けてーっ!」


再びガザンに捕まった美樹を助けようにも、壁が邪魔して前に出られない。

そんな猛に、


「お前は立ち去れ!」

「うわああああ!」

「せんぱああーいっ!助けてーっ!せんぱあぁぁぃ…!」

「美樹ー…っ!」


猛がガザン星人によって元の世界に弾き出されると同時に、美樹はガザン星人の手によって鏡の奥へと連れ去られてしまった。


「美樹ーっ!美樹ーっ!」


猛は目の前の鏡にすがりつきながら何度も美樹の名を叫んだ!

その叫び声を聞き、地球防衛軍の仲間達が集まった。


「猛!どうした!」

「美樹が!美樹が、鏡の中に!」


興奮の収まらない猛だったが、駆けつけた仲間達にこれまでのいきさつを話した。


「畜生、何てこった!鏡の中と言う未知の世界に敵が居て、なおかつ美樹を人質に取られるなんて!」

「先ずは美樹ちゃんを助けなきゃ!」

「でも、どうやって…?」


猛を始め、そこに居た隊員全員が美樹の身を案じたが、鏡の奥の世界に閉じ込められた美樹を救い出す術は見つからなかった。


「どうやったら美樹を?美樹を助けられるんだ!」


目の前で美樹を奪われた猛が壁を叩きながら叫んだが、何も答えは出なかった。


その時!鏡の中から…!


「フハハハハ!地球防衛軍の諸君!私の名はガザン星人、この基地を攻撃する事が目的だ!」

「何だと!」


ガザン星人が鏡の中から猛達を挑発した!


「お前達はあと1時間以内にこの基地を爆破して無力化しろ!それが私の要求だ!」

「ふざけるな!そんな要求が呑めるか!」

「これでも呑めないか?」


すると、部屋の景色を映していた等身大の鏡面が曇り、さっきまで猛と美樹が居た鏡の中の世界を映し出した。


その中心には、十字架に磔られた美樹が居た。


「美樹ーっ!」

「あと1時間以内だ!それまでにこの基地を爆破しないとこの女を処刑する!」

「き、貴様ああーっ!」


美樹を人質に取ったガザン星人の挑発に猛の怒りが頂点に達した!


「私の事は構わず、基地を守って!みんなーっ!私に構わないでこいつをやっつけて!…キャッ!」


自分を犠牲にしてまでもガザン星人を倒すように願う美樹の頬を、ガザン星人が殴って美樹を黙らせた!


「余計な事を喋るな!」

「ガザン星人!お前は絶対許さん!」


美樹を殴ったガザン星人を倒すため、猛は作業室の机に置いてあった銃を手に、美樹が映し出されている等身大の鏡の中に単身飛び込んで行った!


「猛、その銃を使う気か?」


仲間の1人が叫んだが、既に猛が鏡の中に飛び込んだ直後だったために、猛には聞こえていなかった。


「俺達も行こう!」


外の隊員も後に続こうとしたが、鏡面は再び作業室を映す鏡に戻り、他の誰もが中に入ることが出来なくなった。


「女、お前の命もあと1時間だな?」


勝ち誇ったように、ガザン星人が美樹に話しかけた。


「そんな事ないわ!地球防衛軍はあなたみたいな地球を侵略する異星人に敢然と立ち向かう!私を犠牲にしてまでもあなたを倒すわ!」


ガザン星人をキッと睨み付けながら、美樹は気丈に叫んだ。


「果たしてそうかな?」


ガザン星人が十字架に磔られた美樹の正面を指差した。


「せ…、先輩!」


そこには、光線銃とは違う別の銃を構えた猛が美樹を助けるためにこちらに近付いている映像だった。


「フッ、お前の彼は無謀だな!お前を助けにむざむざ殺されに来たようなもんだな。」


ガザン星人はほくそ笑みながら猛をあざ笑った。


「果たしてそうかしら?」

「何?」

「先輩は、猛先輩は私を助けに来た、私だけのウルトラマンよ!」

「何だ、それは?」


当然、ウルトラマンを知らないガザン星人は美樹の言葉を理解出来ないでいた。


「猛先輩はよく言ってた。『俺はウルトラマンみたいに地球を守るために地球防衛軍に入った!』んだって。先輩は小さい頃からテレビに出てたウルトラマンや仮面ライダーとかのファンなのよ。」


十字架に縛り付けられたまま、美樹が猛の事をガザン星人に話した。


「子供か?あいつは。」

「そう、確かに子供じみた人。子供過ぎて好きな女の子にちゃんとした愛情表現も出来ない困ったちゃんよ。」

「そんな奴に私が負けるとでも言うのか?」

「そうよ!先輩は悪を許さない!あなたみたいな卑怯な人を絶対に許さない!あの人は私のウルトラマンよ!

「ええい!黙れ!黙れ!」

「…キャッ!」


ガザン星人は再び美樹を平手打ちにした。


「ならば、私が奴を倒すところを公開処刑よろしく、他の奴にも見せてやる!」


ガザン星人が叫んだ直後!


「お、おい!鏡面が!」


再び作業室の等身大の鏡が、鏡の中の世界を映し出した。真ん中に十字架に磔られた美樹が、その側には仁王立ちしたガザン星人が居て、銃を手に構えた猛を待ち構えて居た。


「よく来たな!勇気だけは誉めてやる!」

「先輩!気をつけて!」


ガザン星人が手にした刀の刃先を美樹の首に近付けた。


「美樹を返せ!」

「返さん!」

「ふざけるな!」

「お前も女もここで死ぬ運命にある!いい加減諦めろ!」

「例え俺が死んでも美樹だけは助ける!」

「先ぱああーい!私の事は放っといて逃げて!」


緊迫した中、猛とガザン星人が激しく睨み合ってるのを、鏡の外から他の地球防衛軍の隊員達が固唾を呑んで見守っていた。


「私がお前如き地球人を殺すなんて容易い!何なら先にお前が武器を使っても良いぞ!」

「…わかった!その言葉が命取りだぞ!」


ガザン星人が猛に先に銃で撃つように促した。


「お前みたいな虫けらが?笑わせるな。」


ガザン星人の嘲笑に耳を傾けず、猛は銃を構えなおした。


その時!


「美樹ーっ!目を閉じろ!絶対に開けるなよ!」

「えっ?は、はい!」


猛が突然叫びながら右手を伸ばして銃を上方に向け、美樹に目を閉じるように言った。


「血迷ったか?天井に銃口を向けるとは!」

「どうなるか分からんが、撃つぞ!」


猛が右手の銃のトリガーを引いた。


「た、大変だ!みんなーっ!目を閉じろーっ!」


鏡の外で事の成り行きを見守っていた隊員の1人が慌てて叫び、皆が言われたとおりに目をつむった。


その時!


猛が撃ち出した弾丸があたかも太陽のように光り輝き、鏡の中の世界を目を開けていられない程のまばゆい光で照らし尽くした。

それは猛達のいる鏡の中の世界だけではなくて、鏡の外の世界にもその光は溢れ出した。


「ウギャアアアァーッ!目が!目が!…っ!目が焼けるぅぅぅぅぅ!」


これまでに見たことの無い凄まじいまでの光線に、ガザン星人は両手で顔を押さえながらその場にのたうち回った。

猛が撃ったのは作業室で整備を終えた照明弾だった。


ウルトラマン…!

猛が銃を持つ右手を高く掲げ、照明弾を撃ったその姿こそ、正にウルトラマンが変身して悪の宇宙人を倒そうとするその瞬間に瓜二つだった。

この時、実際には変身していなくても、猛は地球を!そして捕らわれた美樹を助けに来たヒーローになったのだ。


「美樹ーっ!」


まだ光が残る鏡の中の世界で、猛は美樹を磔ている十字架に来て、美樹を縛り付けている縄をほどいた。


「せんぱああい!」


美樹は猛に抱きつこうとしたが、


「先ずはここから逃げ出すぞ!」


猛はポケットから、美樹にプレゼントしたハンカチを取り出すと、自分の左手首と美樹の右手首を堅くほどけないように結んだ。

勿論、お互いの手は握ったままだ!


「行くぞ!絶対に俺から離れるなよ!」

「はい!」


互いの手首を結んだ後、右手に銃を構えた猛は、美樹の右手をしっかりと握ったまま、元の世界に向けて美樹を連れて走り出した。


「おのれ…、許さん…、許さんぞ!」


未だに目を開けられないで悶えうつガザン星人をよそに、2人は鏡の中の世界から逃げ出した。


2人が逃げている最中、猛が撃った照明弾の威力からなのか、鏡の中の世界が音を立てて崩れだした。


「きゃーっ!」

「美樹ーっ!もう少しだ!」


猛の目の前に出口が見えたその時だった!


「きゃああああ!」


美樹の左足を誰かが掴んだ!


「逃がさん…逃がさんぞ‥!」


目を開けられないでいたガザン星人が美樹の左足首をしっかりと掴んで離さなかった。


「この野郎!」

「いや、嫌あああ!」

「逃がすものか!」


必死になって美樹を鏡の中の世界に引きずり込もうとするガザン星人にもう一度照明弾を撃とうとしたが、


「撃てるものなら撃て!但し、ここで私を撃てばこの女もただでは済まないがな!」

「先輩!私に構わず撃ってーっ!」


猛にはこの状況で美樹が犠牲になってまで照明弾を撃つことなど出来ない。

ガザン星人はその事を計算に入れていた。


(畜生ォ…!どうすれば…。)


その時だった!


「猛ーっ!美樹ーっ!」


鏡の外から他の地球防衛軍の隊員達が入って来て、猛と美樹の2人を掴むと鏡の外の世界に引っ張り出した。


「それーっ!」


やっと、全員が鏡の外の世界に抜け出せた!

しかし、美樹の左足首にはまだガザン星人の手がしっかりと握って離さなかった。


「ち、地球人共がああ!」


ガザン星人の上半身までもが鏡の外に現れた瞬間!


「ギャー、ギャアアアア!」


猛達が抜け出した等身大の鏡にヒビが入ると、今度はガザン星人が鏡の中に吸い込まれ出した。


「か、鏡の中の世界が崩壊するーっ!吸い込まれたくない!助けてくれーっ!」

「きゃああああ!」

「このままだと美樹までもが吸い込まれる!みんなーっ!美樹をしっかりと持て!」


鏡に吸い込まれるガザン星人から美樹を守るために、猛や他の隊員達が必死になって美樹を掴んで離さなかった。


「ぐわああああ!」

「いやああああ!」

鏡のヒビがメキメキと音を立て、鏡面が割れ出すと、ガザン星人が更に鏡の中へと吸い込まれ、首から下が完全に鏡の中へと入って行ったが、それでも美樹の左足首を離さなかった。


「みんなーっ!耐えるんだーっ!」

「きゃああああ!」


皆が力の限り美樹を掴んでいた今!


『ピキ…。ピキピキ…。バキィィィィン!』


鏡面に完全にヒビが行き渡り、鏡面が音を立てて崩れ落ち出した。


「う、うわ、うわああああ!」


ガザン星人は鏡の中の世界が崩壊する衝撃に耐えかねて、美樹を掴んで離さなかった両手を離した瞬間、鏡面の下部に残った鏡の欠片に一気に吸い込まれ、その姿を鏡の奥へと消して行った。


ガザン星人を最後に吸い込んだ鏡面の欠片も彼を吸い込んだ直後に粉々になって砕け散った。


「終わった…?」


誰かが呟いた瞬間!


「せんぱああい!」


美樹が泣きながら人目をはばからず猛に抱きついてきた。


「お、おい美樹、恥ずかしいから止めろよ!みんな見てるだろ!」

「だって…、私、もうずっとずっと鏡の奥に閉じ込められたままだと思ってた!先輩が助けに来てくれるなんて思ってなかった。」

「俺がお前の事を助けないわけないだろ!」

「だって…、今朝、私が先輩にすっごく怒ったから、先輩…、私の事嫌いになったかな?って思ってた!」

「そんな事ないよ。」


猛が美樹の頭をポンポンと軽く叩きながら話を続けた。


「悪いのは俺の方さ。確かに何時もお前の事をイジメてたからな。でも、俺は美樹の事を嫌いになった事なんて無いよ。」

「せんぱああい!」

「俺は何時もお前の事を…。」


次の言葉を言おうとした時、猛は一瞬、辺りを見渡した。


「お前は…、俺の…、召使いみたいなもんだからな!」


決して好きだとは口に出来ない照れ屋な猛が、また照れ隠しのために心にも無い事を言った。


「め…、召使いっ?」

「コラーッ!反省してないだろ!」


それまで猛の胸の中で泣いていた美樹が怒りで身を震わせながら猛を鋭く睨み付け、周りに居た他の隊員が猛を叱った。


「み、皆さん、落ち着きましょうね。ジョークですよ。ジョーク!…ハハハハ…。」


「猛先輩っ!余計な一言多い!」


凄みのある美樹の迫力に圧倒されていたが、そこに居た全員が普段の光景を見て落ち着きを取り戻していった。




その後、鏡の中に長時間もの間捕らわれていた事もあり、美樹は地球防衛軍日本支部の近くにある大学病院で数日間にわたり検査を受け、異常が見られない事を確認し、2月の14日に退院する事となった。


この日の夕方、退院のために大学病院の玄関に降りた美樹は、迎えに来た猛の姿を見て嬉しさのあまり駆け寄った。


「せんぱああい!」


嬉しそうに駆け寄る姿は、まるで主人を見つけたハムスターかリスが寂しさから解放されて、ちょこまかと走って来るようにも見えた。


「わざわざ迎えに来てくれたんですね!」

「じゃあ、帰ろうか。」


美樹の荷物を後部座席に置くと、猛は美樹を乗せて基地へと帰った。


(あ~あ、今日はバレンタインデーかぁ…。結局、チョコ買えなかったな…。本当ならこの間、先輩とデートしてた時に買った服で今日の夕方に先輩にチョコ渡したかったのに…。)


助手席越しに流れる車窓を見つめながら、美樹は折角の記念日が台無しになった事にため息をついた。


「なに黙ってんだ?」

「別に…、何でもないです。」


猛が心配していたが、美樹の淡白な返事に飽き足りたのか…、


「乳ガンか子宮にでもなってたか?」


また、美樹の神経を逆撫でる発言をした。


「せ、先輩!ふざけないで下さい。」

「あ、違った?じゃあ、せ…。」

「それ以上の事を言えばぁ…!」


猛の何時ものセクハラまがいの無神経な言葉に、猛を助手席からキッと睨み付ける美樹だった。


「お…、怒るなよ。」

「いくら先輩でも言って良いことと悪い事がありますよ!私がいっつもそんな事言われて大丈夫な訳ないでしょ!」

「いや…、お前、俺より男らしいところがあるから…。」

「それがセクハラだっつってんのよ!いい加減に止めて下さいっ!」


美樹の激しい怒りに猛は恐れを成し…、


「…ゴメン。」


一応謝りはしたが、美樹は、


「本っ当に反省してるんですか?」


更に念を押して来た。


「本当だよ!本当!」

(こないだの件があったし、今は怒りを鎮めねば…。)


美樹の怒りを恐れた猛は、美樹の機嫌をとろうとした。

そうしているうちに、車は交差点で信号待ちをした。


「…先輩、反省してるなら顔に嘘って出てないか見せてみて下さい。」

「え~っ?面倒くさい!信じてないんかよ!」


猛が自分の左側にいる美樹に顔を向けた時!


『むにっ!』


猛の左頬が何かしらの細い棒のようなものでつつかれた。


よく見ると、それは美樹の右の人差し指で、当の美樹は、イタズラに成功した子供のようなあどけない笑顔に包まれていた。


「ちょっ、お前、何やってんだ?」

「へっへっへ!仕返し成功!」

「ったく!お前は子供かよ!」


無邪気に笑う美樹を見て、猛は前を向き、車を走らせた。


「子供じみた事して、大人をからかうんじゃない!」

「先輩みたいなお子ちゃまと違って、人を傷つけるようなことやイタズラはしません。」

「…ウッ!だ、だけど、昔からお前は俺の事を『変な人が居る!』っつって、人前でも指さすだろ!」

「だって、本当の事ですから。」


猛が何度となく反論しても、美樹には全く適わなかった。


そうこうしているうちに、車は基地とは違う方向へと走っていった。


「ねえ先輩、道が違うんじゃないですか?」

「うん。」

「うんじゃないでしょう!ちゃんと基地に戻らななきゃダメですよ!」


どこに連れて行かれるか分からない不安もあってか、美樹は基地に向かって欲しいと願った。


しかし、


「ちょっと夜景を見るぐらい良いだろ!」

「へ?…、うん。」


本来なら、退院してすぐに職場に復帰の報告をしなければならないのだが、猛と一緒にいたいと願う美樹は、2人で暫く車に乗っていることに同意した。


程なく、夕陽が美しい丘の上にやって来た。


すると…?


『バスン…ボフ。』


車のボンネットから異音が発生したかと思うと、丘の頂上で車が止まってしまった!


「え?どうしたの?」


不安になる美樹に、


「やばっ、故障したかな?」


猛は車を止めると、すぐさまボンネットを開けてエンジン周りを見た。


「あっ、ちょっと直さないとダメかな?」


猛はエンジン周りを見てから大きな独り言を呟いた。


「美樹、ゴメン、トランクに工具箱があるから、ちょっと取って来てくれないかな?」

「も~っ、何でこんなとこで故障なんかするんですか?」


美樹は困りながら車の後部にあるトランクを開けた。


しかし、そこには工具箱らしき物はなく、代わりに可愛いリボンでラッピングされた2つの紙袋があった。


「先輩?」


美樹が2つの紙袋を手に取ると、そのうちの一つに名詞大のカードがあり、表には、


『美樹へ』


と書かれていた。


「な、何ですか、これ?」


美樹がカードを手にとって裏を見ると、


『この間は怒らせてゴメン!バレンタインデーのプレゼントです。』


と、猛の自筆のカードが添えられていた?


「へ?な、何なの…?これ?」

「俺からのバレンタインデーのプレゼントだよ!」

「え~っ?」


車の前方にいた猛がいつの間にか車の後部のトランクルームのそばに来ていた。


「そんな…、バレンタインデーの…?」

「中を見て見なよ!」


美樹が言われるがままに2つの紙袋のうちの一つを開けると、


「あ~っ!これ!」


中には、この前の休日に猛とショッピングモールで買い物していた時に入ったブティックで、猛に選んで貰おうと思って手にした服の一つだった。


「ほら!もう一つも!」


美樹が続けざまに開けて見ると、2つ選んだうちのもう一つが入っていた。


「な、何で?」

「あの時、美樹が欲しそうにしてたから、どっちも美樹に似合うかな?と思って…。」


猛は不器用そうに話した。

猛からしたら、女性の服を選ぶのは苦手だし、また、プレゼントするのも苦手だった。


「だから何で?」

「良いから受け取れよ!」


猛はもの凄く恥ずかしそうに喋り、話を途切れさせようとしたが、逆に美樹は!


「だって!バレンタインデーは女の子が好きな男の人にプレゼントするんですよ!何で先輩が私にプレゼントするんですか?」


と詰め寄った。

しかし、猛は、


「世間の常識なんて知った事か?俺がお前にプレゼントしたくなったからしたまでの事だよ!」


恥ずかしさからか、美樹の顔をまともに見れなかった猛は、早く話を打ち切るようにしていた。


しかし、美樹は!


「やっぱり違う!」

「何が?」

「バレンタインデーは女の子が好きな男の人にプレゼントする日なんですよ!それを先輩が勝手に変えないで下さい!」

「勝手にって…!」


美樹が猛に駆け寄ると、やおら美樹は猛の両肩を手で優しく掴み、自分はつま先を伸ばして背伸びした!


「美樹…、お前何やって…?」

「やっぱり今日は女の子の私がプレゼントしなきゃ!」


美樹が猛の顔に自分の顔を精一杯近付けると、瞳を閉じ、唇をキュッと結んで猛の唇に近付けた。


「な、なあ、美樹…、そんな急に…?」


まさかの展開に戸惑う猛だったが、美樹は大胆にも!


「早くして…、恥ずかしいから。」


最後まで戸惑っていた猛だったが、美樹の一言で美樹を優しく抱き締め、美樹の唇に自分の唇をそっとあてがった。


「カワイイよ!美樹。」


口づけの後の猛の甘い一言に美樹は思わず、


「カワイイ?カワイイ!」


と飛び切りの笑顔で喜んで見せたが、当の猛は、


「全然カワイく無いのに喜んで、バカだなぁ!」


と、何時もの天の邪鬼な発言で美樹を困らせようとしたが…!


「ふーん、猛先輩が私の事を好きな癖に粋がっちゃって!」


と、何時もは怒りに震える美樹が、落ち着いて猛を諫めるように言った。


「な?」

「これを見て!」


美樹は猛からプレゼントされた2つの紙袋のうちの一つに挟まっていたレシートを見つけ、その日付が前回デートした日付、つまり、デート当日、猛の子供じみた嫌がらせに怒って自分が帰った直後、自分の怒りを恐れた猛が罪滅ぼしのためにわざわざ2着も買ってプレゼントしたのだと悟ったからだ。


「いや…、それは。」

「何だかんだ言って、私の事が好きだから、私の機嫌を直すために買ったんでしょ!」

「ち、違う!」

「私の事が好きな癖に!」


美樹は猛をなじるかのようにニヤリと微笑みながら話した。


「お前の事なんか大嫌い!」

「さっきのキスも、震えていたのは誰かしら?」

「わ、バカ、止めろ!」

「照れちゃって、カワイイ!」

「か、からかうなよ!」

(ま…、負けた。美樹にだけは適わないな!)


猛は覚悟した。

美樹には適わないと。

いくら猛が強がりを言っても、どれだけ猛が強くても、自分がいくら無骨な人間であっても、美樹のあどけない笑顔の前では何一つ適わないと。自分だけに見せる美樹の笑顔が美樹の最強の武器なんだ!と、何故か負けたのに心地が良い猛だった。


「先輩!これからは私がヘアースタイルを変えたり、新しい服を着たり、メイクも変えた時にはちゃんと誉めて下さいね!」

「何でだよ?」

「女の子はそう言うのは敏感なんですから!ちゃんと言わないと、今日のことをみんなに言いますよ!」

「わっ、わっ、わかったから!約束する!」

「良し!」


猛は美樹から更に念を押され、完全に美樹の尻に敷かれてしまった。


(フフフ、猛先輩は強くて勇敢だけど、子供じみたとこがあって私の事をイジメるし、それよりも、恋の主導権は女の私がしっかりと握っておかないとネ!)


狼狽する猛を見ながら、可愛い笑顔を猛に見せる美樹は黙って勝ちを確信した。


夕陽がとっぷりと暮れようとしてる今、2人は2人だけの幸せに包まれていた。


…、


のだが…、


「なあ、美樹。」

「なあに?」

「実は…、このプレゼント渡し作戦を考えた時、どうやったら自然かな?と思って、エンジンに細工したけど、故障させすぎて直せなくなって…。」

「えっ?」

さっきまで笑顔で満ち溢れていた美樹の表情がにわかに曇った!


「やばい!ここから帰れない!」

「え~っ!何でそこまで壊すのよ!」

「つ、つい、オーバーに…。」

「どうするんですか?」


美樹が呆れて猛に尋ねたが、


「基地のパトロール車だし、わざと壊したって整備の人に言ったらめちゃくちゃ怒られるから…、美樹、お願いだからお前から整備の人に連絡して!」


猛が必死になって基地の整備士を呼ぶように頼んだが、


「知りませんっ!自分で何とかして下さいっっ!」


完全に呆れを通り越して怒りに満ちた美樹は、


(あ~っ、本当にバカなんだからぁっ!)


何時もの猛らしさを嘆いたが、何時もと変わらない猛に何故か安心するのだった。


(本っっ当にバカでひねくれ者なんだけど、いつまでも優しくてカッコイイ私だけのウルトラマンでいて下さいね。猛先輩!)


夕陽が彼方に消えゆく頃、久しぶりに頭上に瞬く星々がいつまでも2人を輝かせ続けていた。

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