動物園の秘密
ここ1ヵ月内で地球防衛軍日本支部のあるS県で謎の殺人事件が数件発生している。
被害者は住民や見回り中の警官等以外の共通点はなく、どの死体も尋常ではない握力による絞殺か、超人的な力で壁やアスファルトに叩きつけられた事によるショック死であり、その近辺にあった自動車を投げつけられて殺されたケースもあった。
正体不明の異星人の仕業とも考えられる事件にS県警察や警察庁は地球防衛軍にも捜査協力を依頼し、事件解決に乗り出した。
そうして、新たに起こったこの猟奇的な殺人事件の犯人らしき人物が、防犯カメラに映し出された。
しかし、最新の解像度を誇る防犯カメラも、謎の犯人らしき人物を映す際に妨害電波が入ったのか、大柄で色黒な男としか分からなかったが、その男がS県にある、一度閉園し、先月リニューアルオープンした動物園、その名も「平和環境動物園」に向かって行ったのが、複数の防犯カメラに映し出されていた。
地球防衛軍日本支部は、真中 猛と藤崎 美樹の2名の若い隊員に平和環境動物園の調査を命じた。
「真中先輩と一緒なんてやだな。」
地球防衛軍のパトロールカーの助手席にいた美樹が口を尖らせながら呟いた。
「こっちの台詞だ!お前とデートなんてしたくないからな。」
運転中の猛が少しイラッとしながら喋った。
「先輩の、その不真面目なとこがダメなんです!ちゃんとして下さいね!」
「ハイハイ、そんなに怒ると嫁にもなれんし、彼氏が出来ないぞ。」
「もうーっ!人をバカにして!」
さっきから美樹をからかってばかりいる猛に苛立ち、ふてくされて暫くは黙った美樹だが、何故か、顔は猛の方を見ていた。
猛はそんな美樹を見ることなく、パトロールカーを動物園に進めた。
猛は隊員の中でもひょうきんで、お調子者な性格でもあり、地球防衛軍日本支部のマドンナでしっかり者の後輩の美樹をよくからかってばかりいた。
美樹は自分をからかったりイジメたりする猛を時には疎ましく思いながらも、先輩として尊敬しているところはあった。
やがて2人は、目的地の動物園に到着した。
2人は休園日を狙ってやって来たので園内には客は居なかった。
万が一、自分達が来たために異星人が攻撃してきたら、園内にいる多くの民間人が犠牲になる可能性があるからだ。
事前に動物園には連絡を入れていたので、園の係員が入場門の前で待っていた。
「すみません、休園日にお邪魔しまして。」
助手席から降りた美樹が門の前にいた女性の係員に挨拶した。
「お気を使わなくて結構ですよ。園内の動植物を飼育するためには誰かが勤務しないといけませんから。」
背の高い細身で髪が長く、園の作業服を着た係員がニッコリ微笑みながら応えた。
「さあ、どうぞ。」
女性の係員は、猛達を園内に通した。猛達が門をくぐってすぐ、係員は門を固く閉ざした。
「先月リニューアルオープンした時に、子供達に地球の環境を考えて欲しい事から、子供達が見近に動植物に親しんでもらいたくて、触れやすいヤギや羊や猿を中心に飼育してます。」
係員は園内の事務所へ行く道すがら、道沿いの檻の中にいるヤギ達を見せながら説明した。
「うわあーっ、すごーい!カワイイ!」
檻の中の動物達を見て、目を丸くしてキラキラと輝かせていた美樹が童心に帰ってはしゃいでいた。
「全く、真面目にしてないのはどっちだよ!」
「あ、ごめんなさーい。」
と口では謝ったものの、美樹は舌先を口から少し出してはにかんだ。
「美樹もまだお子ちゃまかな?」
「うわーっ、失礼ですね!」
と、猛のからかいに拗ねながらも可愛い動物を見て喜ぶ美樹だった。
「ねぇ、見て見て、先輩!カワイイおさるさんがいる!」
美樹が猛の袖を引っ張りながら、子供と動物が触れ合えるコーナーにいた手のひらサイズの小猿を見つけてはしゃいでいた。
その中には清掃中で作業服姿の、プロレスラーのように体格の大きい作業員が居た。
「お、おい、美樹…、そんなにはしゃぐなよ!お前は本当に子供だな。」
「だって~カワイイじゃないですか~!」
「…ハイハイ。」
すっかり子供に戻った美樹に呆れる猛だったが、内心では
(こいつも何だかんだ言って女の子だな。可愛いとこあるな。ま、デートしてるみたいなもんか。)
と、子供のように純真な一面のある美樹に好意を寄せていた。
「少し見て行きますか?」
女性の係員が問い掛け、
「い、いえ、すみません、事務所に行きます。おい、美樹、今日は休みじゃないから行くぞ!」
「…はあ~い。」
小猿に触れたそうな美樹に猛は少しきつく諭し、係員の後についた。
(この次に美樹と休みが合えば、ここに連れてきてあげるかな、美樹が嫌がらなければ。)
美樹の残念そうな顔を見て、僅かな罪悪感に駆られる猛だった。
その時!
「…ァウッ!」
猛達の背後で何者かが呻いた。
猛と美樹が振り返ると、小猿と触れ合えるコーナーで、清掃作業をしていた作業員が何やら右手を振っている。
よく見ると、作業員の右手の指先には一匹の小猿がくっついていて、男の指先を噛んでいた。
「あ、大変!」
それを見た美樹が男に駆け寄って、小猿を優しく離した。
「噛んじゃダメよ!」
美樹は小猿を地面に置くと、男の指先を見た。
「あっ、血が出てる!」
男の右手の人差し指の先が小猿に強く噛まれたみたいで、噛まれた跡から血が滴り落ちていた。
「これくらい、日常茶飯事ですよ。心配する必要ありません。さ、行きましょう。」
係員の女は猛達を急かすように事務所に案内しようとしたが、
「こんなに噛まれたら痛いし、大変じゃないですか!」
係員の声を制止するように、美樹は隊員服の胸ポケットからガーゼと小さな包帯を取り出し、男の右人差し指にあてがって、応急処置を施した。
異星人との戦闘の際に負傷した時用に、美樹が常時携帯している物だ。
このような細かいところに、美樹の女性らしい気配りが行き届いている。
(へぇ~っ、普段は勝ち気な美樹にも女らしく、優しいとこがあるんだな。)
こういう女性らしい細やかな気配りに疎い猛には新鮮かつ、彼女への好意が増していき、気持ちが和やかになる。
そして、美樹は手際よく男の右人差し指に包帯を巻き終わった。
「はい、お大事に!」
「じゃあ、行こうか。」
「は~い。」
「あなたは、後で医務室に来なさい!じゃあ、地球防衛軍の皆さん、失礼しました。では、こちらに…。」
美樹は男に対してニッコリ微笑んで、猛と共に係員の後に従ってその場を後にした。
男は特に礼を言うわけでもなく、ずっと俯いたままだったが、その姿は何故か物悲しげでもあった。
(さっきのケガは大したことない訳ないぞ?ほかの動物とからかの雑菌が入って化膿する可能性もあるのを動物園の人間が知らない訳ないよな?なのに、この女、こんなに冷たいんだ?)
猛達と作業員の男とで応対の違う女性係員の態度に、猛は心の中で違和感を感じていた。
こうして、猛達は事務所内の応接室に案内された。
そこには、管理部長を名乗る古沢と言う人物が待っていた。
「お忙しいところありがとうございます。」
「いえ、どう致しまして。」
簡単な挨拶から始まって、猛は古沢に色々と質問した。
古沢も先日の警察から同様の質問を受けて手慣れたものか、応対も一通り終わろうとしていた。
「ありがとうございます、古沢部長。」
猛が質問を終えた時だった。
「そう言えば、園長さんは今日は休みですか?」
猛が何気なく質問した。
「え、ええ…。今日は休園日ですから。」
何故か古沢は一瞬言葉を詰まらせ、猛は疑問を抱いた。
(別に休みぐらいで…?)
すると、古沢の近くに居た、猛達を案内した女性係員が、
「ご質問はお済みになりましたか?」
と、質問を打ち切るように促した。
「はい。」
猛は快諾し、猛の隣でメモを取っていた美樹もノートを閉じた。
その直後、
「あのう、折角ですから、園内を調査したいのですが、よろしいですか?」
猛が何気なく尋ねた。
(ち、ちょっと先輩!)
(別にいいだろ。お前も園内で動物みたいだろ。)
(ダメじゃないですか!今勤務中ですよ!)
(もしかしたら、異星人の痕跡が見つかるかも知れんだろ。)
(…そ、それは…。)
困った様子の美樹をしり目に、猛は何だかんだ言って、普段は忙しい美樹を動物園で楽しませて、その間に異星人か犯人の痕跡が見つかればOKと、安易に考えていた。
「申し訳ありません。本日は休園日でして、動物達も普段は人と過剰に触れ合って出来るストレスを解消させなければいけないので、今日のところはお控え戴けますでしょうか…。」
女性係員が猛の申し出を断ろうとしたが…。
「上田君!」
古沢は一瞥して女性係員を上田と呼ぶと、彼女は黙った。
「彼女の言うとおりですが、あなたがおっしゃるとおり、万が一、異星人が居ましたら恐ろしい事ですから。その代わり、出来るだけ手短にお願いします。」
こうして、猛と美樹は動物園内の調査を開始した。
「ちょっ、ちょっと先ぱ~い、勤務中なんですよ!」
「今から異星人の痕跡がないか園内を調査するんだ!行くぞ。」
「え、良いのかなぁ…?」
しり込みする美樹をよそに、猛は園内の捜索を開始したが…、
「いやーっ、カワイイ!」
すぐさま、動物達を見て目を輝かせてる美樹が先頭に立っていた。
「先ぱ~い、早く来て一緒に見ましょうよ~。」
(やれやれ)
と思いながらも、女の子らしく楽しむ美樹を見て喜ぶ猛だった。
(どうやら、痕跡はなさそうだな。)
ふと、はしゃいでいる美樹を見ながらベンチに座り、束の間の休息をする猛だったが…、
しかしこの時、2人は気付かなかった。
園内のあちこちから2人を鋭く監視する視線に…!
「喉が乾いたな。」
猛が飲み物を買いに自動販売機を探すためにベンチから離れた。
「ねぇ、先輩も一緒に見ましょうよ!」
飛びっきりの笑顔で猛が居たベンチに振り向いた美樹だったが、まだそこに猛は戻って居なかった。
「どこ行ったのかしら?」
美樹は猛が自動販売機を探しに行ったとも知らず、姿の見えなくなった猛を探しに出かけた。
「どこ行ったのよ!」
姿の見えない猛に少し苛立った美樹は、猛を探しに屋内展示場とも言える施設内に入って行った。
しかし、そこは、リニューアル前は小動物の屋内展示場だったが、リニューアルオープン後の開園中は関係者以外立ち入り禁止の区画で、単なる物置代わりになっていたのだが、何故か立ち入り禁止の標識やバリケードが撤去されていた…。
「たまには美樹にもおごってやるか。ま、動物見て『カワイイ!カワイイ!』ってガキみたいに騒いでるあいつの方が無邪気過ぎて可愛いけどな。」
と、缶ジュース2本を手に持った猛が元居たベンチに戻ったが、もちろん美樹の姿はそこにはなかった。
「あれ?あいつも無邪気過ぎるな。全く、どうせ一人であっちこっち行ってんだろ、自由にさせてやるか。」
と、猛は再びベンチに腰を下ろし、片方の缶ジュースの蓋を開けた。
だが、この気の緩みが、美樹や猛をそれぞれ窮地に陥らせる事になるのだった。
その頃、美樹は資材置き場と化した薄暗い元屋内展示場の奥に居た。
(動物の居ないこんなとこには先輩来てないよね…。)
通路の突き当たりの、地下に通じる階段に差し掛かった時には流石に
(気味が悪いわ…、引き返そう。)
としたが、丁度その時!
「ウッ…。」
と、階下から何やら物音がした。
(まさか…、先輩?)
声の主が猛と思い込んだ美樹は恐る恐る突き当たりの階段を降りて行った…。
階段を降りて行くにつれ、先程の物音が少しずつ大きくなり、それが成人男性の呻き声だと判った。
(先輩…なの?)
幾らいい加減な猛でもまさかこんなとこに一人で来ないし、でも、他に人もいないからやはり猛がそこに居るかも?
と、美樹は階下に降り、声のする部屋の扉の前に来た。
「ピシッ、ピシーッ!」
「ウッ…、ウッ。」
「地球防衛軍の連中に近付くなと言っただろ、バカゴリラ!」
と、何かをしたたか打ち付ける音、
男の呻き声、
そして、何やら罵倒する女の声が聞こえて来た。
(…な、何ッ?)
美樹は怖いもの見たさと、猛を探したい一心で扉を開けようとした。
「地球防衛軍のハエ共が出て行ったら、お前を再洗脳し直すよ!」
同時に、女の声の主が声を荒げながら部屋を出ようと扉を、美樹からは奥に、つまり、部屋の内側へと開けた!
「…へ?」
「…え!」
不意に扉が開き、自然に中に倒れ込んだ美樹と、まさか居るとも思わなかった美樹が部屋に転がり込んで驚いた女のそれぞれの声がクロスした。
「お、お前は…?」
「え、…つッ!」
女の声の主は、猛達を園に案内した係員の上田だった!
「う、上田さん?何なんですか?…、キャーッ!」
すると上田は、美樹の隊員服の胸倉を掴むと、美樹を部屋の奥へと放り投げた!
「い…痛ぁーい!」
床に打ち付けられた美樹は…、
(こ…、殺される…!)
今までに感じたことのない恐怖におののきながら、右腰にある隊異星人用の光線銃を震える右手で抜こうとしたが…!
「ぎゃあ!」
美樹が銃を抜くより早く、上田が美樹に近寄り、美樹の右手を踏みつけた!
「…や…、止めて…。」
そこには普段の明るくて元気な美樹の姿はなく、
尻餅をつきながら、恐怖におののき後ずさりする美樹がいた。
「ウウウーッ!」
突然、背後から得体の知れない大きな呻き声にビクッとした美樹が振り返ると…、
そこには、先程、美樹が手当てをした作業員の男が鎖で縛られて立たされていた。
「何?どうなってるの、上田さん?」
美樹が先程からの恐怖と、突然見た理解できない光景に震えながら上田に尋ねた。
「まあいいわ、教えましょう。私の正体は太陽系外、ガリガ星から来たガリガ星人。こいつはここの閉園前の元園長よ。」
「何ですって?」
「ガウウ!」
美樹は再び鎖で縛られた大男を見た。
よく見ると、男は全身を長く手入れのしていないボサボサの髪の毛とボウボウの髭で、顔がよく見えなかった。
「何でこんなひどいことをするんですか?離してあげてください!」
美樹が男を憐れんで上田に懇願した。
「フッ、あんたも同じようになるのよ!」
「どう言う事?」
美樹は上田の言葉が理解出来ないでいた。
「あんたに教えてあげるわ。それは…。」
「それは私から説明しようか!」
上田の言葉を遮り、何者かが上田の背後に現れた。
「あなたは…?」
そこに居たのは、管理部長の古沢だった。
「部長、否、閣下!」
上田が古沢より一歩後ろに下がった。
「我々ガリガ星人は異星間の抗争に多くの同朋を失い、兵力が低下している。そこで、捕虜にした異星人や、貴様等地球のような未開の星の人間を集めては我々の兵士に仕立て上げ、補充しているのだ。」
「そんな、酷い…、あなた達が勝手にしている戦争に何で私達地球人を巻き込むの?」
「あんた達猿同然の下等生物を捨て駒にして何が悪いの?」
「とは言え、今は未だ実験の初期段階だ。元園長含め6体の洗脳人間を作っているが、地球人の知能を除去する事には成功したが、完全に服従するには成功していない。おかげで我々の言う事をろくに聞かないこいつらが脱走しては捕まえて、再洗脳しての繰り返しだ!」
「悪いことするからよ!」
古沢の非人道的な言葉に震えながらも美樹は凄んで見せたが、その目は恐怖にわななき、全く迫力を伴わなかった。
古沢の話は続く。
「我々の正体を知られるわけには行かないから、こいつらが脱走した時には我々の身体から妨害電波を発して、防犯カメラに映らないようにし、我々を見つけた地球人は口封じに殺して来た。しかし、この間、この元園長の姿がおぼろげながらにもカメラに映ってしまい、警察や貴様等地球防衛軍に嗅ぎつけられそうになった。」
「何で!何で見ただけで人を殺すの?あなた達最低よ!」
「何とでも言いなさい。あんた達地球人なんて私達からしたらただのゴミくずよ!」
「そ、そんな…、ヒドーい!」
美樹は恐怖よりは今までに感じたことのない、悪に対する怒りに身体を震わせ、目に涙を浮かべた。
「真中先輩、応答して下さい、こちら美樹です!応答して下さい!真中先輩、応答して!」
美樹はヘルメット内蔵の無線機で何度も猛を呼んだが、猛からの返事は無かった。
「先輩、返事して!先輩、助けて!」
幾ら美樹が叫んでも、猛からの返事はやはり無かった。
「わはははは!既に園内には妨害電波を出している。無線など、使い物にならん!」
「ウウ!ウガー!」
古沢の罵る声が部屋中に響きわたる中、元園長の呻き声も一段と増した。
「我々の秘密を知った貴様も、元園長と同じく洗脳する!おい、連れて行け!」
古沢は上田に命じ、尻餅をついたままの美樹を抱き抱えると、隣部屋ある手術室に連れて行った。
「助けてーっ!猛先ぱーい、助けてーっ!」
美樹が連れ去られた部屋は電気を消され、鎖で繋がれた元園長だけが置き去りにされた。
「ウガーッ!ウガウガ!ウガーッ!」
真っ暗な部屋の中で、元園長の叫び声だけが鳴り響いたが、誰もその声に反応しなかった。
しかし、徐々にではあるが、元園長を縛る鎖に亀裂が入っていた。
もう、陽が西に傾く頃、流石に呑気な猛も、姿が見えなくなった美樹の事を案じた。
「遅っせえーな。」
猛はヘルメット内蔵の無線機から美樹を呼び出そうとした。
「藤崎隊員、応答せよ。」
しかし、否、勿論ではあるが、ガリガ星人達に捕まり、かつ、妨害電波を張り巡らされた園内では、美樹からの応答は無かった。
「まさか…美樹の身に何かあったか?」
ベンチに美樹のために買った缶ジュースを置いたまま、猛は園内に消えた美樹を探しに向かった。
同時に、猛を監視していた鋭い眼差しの主達もゆっくりと動き出した。
「嫌あああ!いやいや、イヤぁあああ!」
「お願いです!止めて下さい!」
元園長の居る部屋の隣にある手術室にある拘束台の上で仰向けに寝かされ、頑丈な黒皮製のベルトで両腕と腹部、両足首の2箇所を固定された状態で、美樹は古沢達に洗脳手術を止めるよう泣き叫んだ。
「フン!無様ね。」
上田が首を左右にブンブン振って暴れる美樹からヘルメットと外すと、代わりに、無数の電極が取り付けられたヘッドギアを頭に着けた。
「離して下さああい!外して下さあい!」
美樹はこれから自分に行われる未曽有の行為に恐怖した。
しかし、古沢達は美樹の涙ながらの懇願を聞き入れなかった。
遠くでは元園長の叫び声が聞こえていた。
「元園長、今日はやけに騒がしいな?」
「気のせいですよ。こちらは準備完了しました。」
「よし!初めてのメスの個体だ。どうなるか楽しみだ。」
「イヤ!止めてーっ!お願い、離してーっっ!」
半狂乱になった美樹は全身を激しく、特に、自由の利く首を激しく左右に振りまくった。
しかし、
「きゃあああああ!」
上田が装置のレバーを上げると、電極から電流が流れ出した。
「わあああああ!ぎゃあああああ!」
先程までの激しい振れとは違い、美樹はおびただしいまでの電流を流され、今度は何度もエビぞりになってのけぞった。
「うぎゃああああ!」
拘束台の上で何度も身を上下にのた打つ美樹だったが、容赦ない電流責めに身悶えるだけしか出来なかった。
「一旦落とせ!」
装置の計器類を見ていた古沢が命じ、上田がレバーを降ろした。
美樹の肢体を襲った電流が止まり、美樹は激しい責めに涙を流しながら呼吸が乱れていた。
「気分はどうかしら?」
「ハァ…、ハァ…、や、止め…て。」
「随分と利いてるようだな。」
古沢が言い終わると、上田が美樹の隊員服のファスナーに手をかけた。
(…ッ!)
美樹が驚き、息を飲んだ瞬間、上田は美樹の隊員服のファスナーを一気に降ろした。
「ヤッ!」
美樹は反射的に顔を仰け反らせた。
隊員服は上下つなぎになっていて、美樹を縛っている皮製ベルト部分は上手く手を入れ替えながらファスナーを降ろし、すぐさま、上田が美樹のグレー色の隊員服を左右に思い切り開いた。
「嫌…、なッ…、何する気?」
抵抗する余力が無くなった美樹のインナーシャツを捲り上げ、美樹の花柄の白いブラジャーとパンティーが露わになった。
「お願いです…、お、犯さないで下さい!」
美樹は瞳に涙を浮かべながら上田に止めるよう懇願した。
「地球人を襲っても面白くない。心臓や血流をチェックして、洗脳後の人体が正常に機能するか調べるだけだ。」
古沢が言う間に、上田は美樹の左胸や股関節辺りに電極のような物を取り付け、再び、装置のレバーを上げた。
「うぎゃああああ!ああああああ!」
今年は電流と同時に音楽のような音波を流し、美樹を更に混乱させた。
「ウガーッ!ウゴーッ!」
隣の部屋の元園長も美樹の悲鳴を聞き、鎖で縛られた身体を激しく揺さぶった。
「い、い、イヤアアアアア!」
(猛先輩、助けてーっ!)
美樹は更に何度も身を上下にしたたかのけぞらせ、やがて、意識は薄れ、身体の動きが止まったと同時に、美樹の意識も失ってしまった。
「閣下、意識レベル0、生体反応正常、被検体の意識低下に成功しました。」
拘束台の上には、ぐったりとして、ピクリとも動かなくなった美樹がいた。隊員服の左右は未だはだけたままで、ブラジャーやパンティーの側には電極が取り付けられたままだった。
「洗脳作業開始!」
古沢が上田に命じた瞬間だった。
「待てーっ!」
「貴様は?」
「あんたは?」
手術室の扉を蹴飛ばして、光線銃を構えた猛が勢い良く中に突入した。
「美樹を!この女を返せ!」
猛は古沢に銃口を向けつつ、古沢と上田の2人を恫喝した。
「構わん!やれ!」
「はい!」
古沢が作業の続行を上田に命じた瞬間、
『バシューン!』
猛が上田の側の装置目掛けて光線銃を撃った!
猛が古沢に向けた銃口をすぐさま向きを変えたために、光線は装置の上部に命中したが、その際に大きな衝撃音が鳴り響いた。
「ウガ!ウウウ…、ウガアアアアア!」
激しい衝撃音を聞き、元園長は今までにないくらいの雄叫びを張り叫んだ!恐ろしいくらいの大声だったが、隣部屋の緊迫感溢れる状況では、猛達3人の耳には入らなかった。
しかし、
元園長を縛り付けていた鎖が、元園長の怒りに負け、遂に引きちぎられてしまった。
「止めろ地球人!」
「止めるのはお前等だ!」
猛、古沢、上田の3人が動けない状況下で、
「…う…、ッ…ん。」
拘束台に縛り付けられていた美樹が目を覚ました。
「…え、せ、先輩?」
ヘッドギアを着けられたままの美樹が自由の利く首を持ち上げた。
「美樹、無事か?」
猛が台の上で仰向けに横たわる美樹を見た瞬間、
「キャアーッ!」
「あ、しまった!」
隙を見せた猛に古沢が飛びかかった。
「よくも邪魔したな!後で貴様も洗脳してやる!」
パワーに置いては圧倒的に強いガリガ星人である古沢に、猛は一気に倒された。
「止めてーっ!」
猛に襲いかかる古沢に美樹が叫んだその時だった…!
「ウガアアアアア!ウガアアアアア!ウガアアアアア!」
けたたましい雄叫びを張り叫びながら、元園長が手術室に突入し、一目散に美樹のいる拘束台目指して駆け寄った。
「止まりなさい!元園長!」
上田が元園長と美樹の間に立ちふさがったが、
「ウゴーッ!」
「きゃあああああ!」
勢いを止めない元園長は上田を両腕で掴むと、上田を壁に叩きつけた。
「え…、あ…、あ、…!」
目の前で起きた信じられない光景に、美樹は為す術もなく、ただ震えていた。
「おのれーっ!」
「ぐはっ!」
古沢に鳩尾を殴られ、猛は抵抗する力を弱めた。
すぐさま、古沢は暴れ出した元園長に向かって行った。
「貴様ーっ!気が狂ったかーっ!」
古沢が元園長に殴りかかろうとした時、
「ウガーッ!」
「ぎゃあああああ!」
逆に、元園長が古沢に向かって振り返り、元園長を一発で殴り倒した。
古沢と上田の2人のガリガ星人が気を失い、猛も古沢に殴られて床で悶え打つ中、元園長は美樹を縛り付けていたベルトを引きちぎり、美樹をお姫様抱っこの要領で抱き抱えた。
「や、嫌、助けてーっ!先輩ーっ!」
美樹は未だ隊員服がはだけたまま、元園長に抱き抱えられ、手術室から再び連れ去られてしまった。
「み、美樹を…返せ…っ!」
フラフラになりながらも、ダメージが残る身体で猛は立ち上がり、美樹の後を追いかけた。
「お願い、離して!」
美樹が再び泣き叫びながら懇願する中、元園長は忌まわしい元屋内展示場を出て、自分と美樹が初めて出会った小猿との触れ合いコーナーに来た。
そこで元園長は美樹を芝生の上に優しく下ろした。
「イ、イヤ…来ないで…。」
お姫様抱っこから芝生に下ろされたまま、またもや尻餅をついたような格好で、美樹は恐怖に震えながら後ずさりした。
すると、
「ウウ。」
「イヤアアアアア!」
元園長は美樹のはだけたままの隊員服のファスナーにその太い指をあてがった。
彼の右人差し指には昼間、小猿に噛まれた傷口に美樹が応急処置を施した包帯が残っていた。
「止めてーっ!先ぱーいっ!助けてーっ!」
(犯される…、私はこのゴリラのような大男に犯される…!大好きな猛先輩にだってキスも許してないのに…、コワい…、イヤ、助けて…。)
美樹は自分がこれから自分が犯される恐怖で身体が硬直していた。
「あの声は…待ってろ!今助けるぞ!」
やっとの事で元屋内展示場から出た猛も美樹の叫び声を聞き、未だに強く痛む鳩尾を押さえながら声の方向に向かってゆっくりとだが駆け出した。
しかし、様子は違っていた。
元園長は、手にかけた美樹の隊員服のファスナーを優しく引き上げた。
「え…?ま、まさか…?」
「ウホッ。」
まるで紳士のように、傷ついたレディーを助け、元園長はニコリと微笑んだ。
「園長さん…!」
元園長の微笑みに美樹の心も和らいだ。
その時!
「美樹ーっ!」
右手に光線銃を握り締めた猛が美樹達に駆け寄った。
「先ぱーい!」
「ウ…。」
猛の姿を見た美樹が立ち上がったと同時に、元園長は猛から逃げるように、猛とは反対方向の夜の闇の中へと消えて行った…。
「美樹!」
「ありがとう先輩!私…、怖かった…。」
「安心しろ!もう大丈夫だ!」
安心したからだろうか、美樹は猛に抱きつくと、猛の胸の中でワンワンと泣いた。
「先ずはここから逃げよう!それから、この中の連中を…!」
「待って!」
美樹に乱暴した古沢達ガリガ星人と、元園長に対する憎悪を持った猛を美樹が制した。
「え…?何でだよ?」
「待って先輩、あの人は、さっきの園長さんは違うの!」
「え、園長?今日は休みじゃなかったのか?」
「だから違うの、とにかく私の話を聞いて!」
美樹は猛に、古沢達ガリガ星人が野望の為にこの動物園を乗っ取り、元園長や何人かが洗脳され、動物園から逃げる元園長達を捕まえる際に目撃者を古沢達が惨殺した事、最後に自分が古沢達に捕まって洗脳されそうになった事を話した。
「ま、まさか、そんな?」
「お願い、信じて!悪いのは古沢達で、園長さん達はただ洗脳されてるだけなの!」
「わかった。とにかく、ここから逃げよう!…、ウッ。」
「どうしたんですか、先輩、猛先輩!」
猛は先程から、古沢に殴られた鳩尾が強く痛んでる。
この先も早く移動するのは困難だろう。
その時だった。
「ウオオオ!」
「グガアアア!」
「ウガーッ!」
何かが雄叫びを上げながら猛達に近付いて来た。
「あ、あれは、園長以外の洗脳された人達か?」
遠くからだが、元園長に似た図体の大男が5人、猛達に近付いて来た。
この5人が昼間から猛達を鋭く監視していたのだ。
「多分、あいつ等は園長と違ってかなり洗脳されてるはずだ。俺達を捕まえに来たみたいだ。」
「逃げましょう!」
「…無理だ。」
「え、何で?」
「さっき、古沢に殴られたり、蹴られたりして、身体を上手く動かせない。さっきも必死になって走ったんだ。俺がいれば足手まといになるから、美樹だけが逃げて、日本支部に連絡を取って、古沢達を始末するんだ!」
「ダメよ!先輩を置いて逃げられない!」
猛と美樹が問答している中、段々と大男達が迫って来た。
「いいから早く逃げろ!俺が囮になる!」
「嫌!」
「早くお前だけでも逃げろ!」
「きやっ!」
猛は美樹の身体を大男達とは反対方向に手で押すと、自分は大男達に向かって行った。
「美樹だけでも助かってくれーっ!」
「猛先ぱーい!」
2人の叫び声が闇夜の園内に響きわたる中、猛は美樹を守るかのように、大男達の目の前に立ちはだかった。
「ウガーッ!」
5人もの大男達が猛1人に襲いかかり、猛は抵抗もろくに出来ずに一方的になすがままにされるのであった。
「わああああああ!」
「ウガーッ!ウガーッ!」
猛の悲鳴が響きわたり、大男の1人がピクリとも動かない猛を軽々と方に担ぐと、美樹とは反対の方向に消えて行った。
「先輩!先ぱーい!猛先ぱーい!」
目の前で大男達に連れ去られた猛に対して何も出来なかった悔しさで、美樹はその場で泣き崩れた。
「嫌だ…先輩を置いて逃げるなんて嫌だ!今度は私が先輩を助ける!待ってて、猛先輩!」
美樹は拳を強く握り締め、唇を堅く閉ざすと、美樹から離れる際に猛が落とした光線銃を握り締めて立ち上がり、猛達が消えた闇の中へと向かって行った。
「猛先輩が居るところは恐らくあの中ね。」
美樹が向かって行ったのは、美樹が拷問され、洗脳されそうになった元屋内展示場の地下だった。
「女は取り逃がしたか?愚図共が!」
「ウウウーッ…。」
薄暗い空間…、猛は自分の側でそんなやりとりを聞いた。
(ここは…どこだ?)
「早く女と元園長を捕まえなさい!」
(俺は、どうなったんだ…?)
見知らぬ場所…?否、ついさっきいたような空間…?
聞き覚えのある声…?
大男達に一方的にいたぶられ、気を失ってからどうなったのか…?
おぼろげな意識の中で、猛は一つ一つの記憶を整理していた。
「女が地球防衛軍に逃げ帰ったら、ここに踏み込まれ、我々の計画が水泡に帰す。ここを撤収する前にこいつを洗脳しろ!」
「はい!」
(女…?洗脳…?そう言えば、美樹は無事に逃げ帰ったかな?)
未だにおぼつかない意識の中、猛はうっすらと目を開けた。
見覚えのある部屋…?
見覚えのある男女…?
そして自分は冷たい台の上で仰向けで寝かされている…?
しかし、ここはどこなのか…?
同時に、女からヘルメットの代わりに何かを被せられた…?
「…ん、…う、ん…、ここは…?」
辺りを見回しながら、猛は起きあがろうとして身体に力を入れた…、
しかし!
「え…?何だ!」
猛が身体を起きあがらせようとしても、全く動かなかったのだ!
よく見ると、猛は自分が何かの台の上で仰向けにされて寝かされ、両腕と腹部、そして足首を皮製のベルトで締め付けられて台の上に固定され、頭にはヘルメットとは違う何かを被せられていた。
「目覚めたか!」
「お前ら…!」
猛の目の前には、元園長に襲われて気絶した古沢と上田が居た。同時にこの部屋が先程まで美樹が監禁され、洗脳されそうになった手術室だとわかった。
そして、今度は彼らに捕らえられた自分が洗脳されそうになっていた。
「俺をどうする気だ?」
「女が逃げて、やがて地球防衛軍がこの基地に来て、我々の計画が失敗する。我々はこの基地を放棄する!」
古沢が表情と言葉に悔しさを滲ませながら言い放った。
「ざまあみろ!…、ウッ!」
猛が古沢達に悪態をついた瞬間、古沢が猛の脇腹を殴った。
「口の聞き方に気をつけろ!お前は我々が無事に逃げるまでの人質だ!そして、お前を洗脳の実験台に使う!」
「ゲホッ、ガホッ、ふ、ふざけるな!」
猛は怒りを交えながら古沢を睨みつけた。
「お前は泣き喚いて命乞いしたあの女と違って、根性だけは一人前にあるようだな。」
「お前…、美樹に何をした!」
「今からお前にする事と同じだ!やれ!」
「はい!」
古沢の命令と同時に、上田が装置のレバーを上げた。
「うがあああああ!」
「はっはっはっ!苦しめ、苦しめ!猿並の貴様が我々に楯突いた報いを存分に受けろーっ!」
「ぎゃあああああ!」
装置から流れるおびただしい電流責めに、猛は身体を何度も上下にばたつかせながら暴れ、もがき苦しんだ。
その悲鳴は、元屋内展示場に再び潜入した美樹にも届いた。
「先輩っ!」
同時に、ついさっき自分が受けた恐怖の拷問を思い出し、美樹の身体は硬直した。
だが、
「美樹、負けちゃダメ、私しか先輩を助けられないのよ!」
美樹は意を決して、捕らえられた猛の悲鳴が鳴り響く中を再び、自分が監禁された手術室目指して地下へと続く階段を降りた。
「ぐああああっ!ぐっ、くっ!」
猛は何とか電流地獄に打ち克とうと歯を食いしばり頑張ったが、何時までも持ちこたえるものではなかった。
「あ!あああああ!」
「良いザマ様だ!もう少し電流を上げろ!」
「ぎゃあああああ!ぐあああああああ!」
(こ、このままじゃあ、電流にやられて殺される!何とかしないと…。)
古沢に命じられた上田が装置のスイッチを操作して、益々、猛を痛めつける電流が猛威を振るった。
それに呼応して、猛の身体も上下にのけぞりながら悶え打った。
最早、猛の肉体は限界に近付いていった。
この様子は、ようやく手術室前に辿り着いた美樹にも見えた。
扉は、美樹を助けに来た元園長が手術室に突入する際に破壊したために、廊下から中が丸見えになっていた。
(…先輩っ!)
美樹は内部に突入しようとしたが、
(でも、相手は2人の異星人、反撃されたらどうしよう…?でも、このままだと猛先輩が殺される…!助けなきゃ…、でもどうしたらいいの?)
「ぐあああああああ!」
「構わん、この際、こいつが死んでも構わん!」
縛られて痛めつけ、無惨にも殺そうとする古沢達の勝ち誇った態度が美樹には許せなかった。
(何か無いの、先輩を助ける何かが…?)
美樹は懸命になって、手術室の内部を入り口に身を潜めながら探した。
「ぎゃあああああ!」
(し…、死んで、死んでたまるかぁ!)
猛は必死になってこの電流地獄から逃れようと身体をばたつかせたが、ベルトで固定された拘束台から逃れる事は出来なかった。
しかし、
猛も、古沢達も気付いていなかった。
先程、元園長が美樹を助けた際、ベルトを引き剥がした時にベルトを固縛する金具が緩んでいたことに。
それが、猛を拘束して再び電流地獄を味合わせたために、今、外れようとしていた!
(あ、あれは…?)
同時に、美樹も手術室の拘束台近くの壁の上に、バチバチと火花が走っている装置を見つけた。
(ブレーカーだわ!あれを撃てば…!)
美樹は光線銃の照準をを壁にあるブレーカーに定めた。
そして!
「今すぐ止めなさぁい!」
美樹が光線銃を構えながら叫び、手術室の入り口に立ちはだかった。
「き、貴様?」
「彼を離しなさい!」
刹那、美樹は照準をブレーカーに定めたまま、引き金を引いた!
『バシューン!』
光線を浴びたブレーカーは粉々になって砕け散り、同時に、猛を、さっきは美樹を苦しめた電流地獄を止めるのに成功した。
手術室内は一気に停電になり、勿論、洗脳装置も稼働を停止した。
「女が何て事をしてくれた!」
「直ちに非常用電源に切り替えます。」
「外れた!」
同時に、猛を固定していたベルトの金具が拘束台から外れ、猛は一気に立ち上がった!
「非常用電源、オンにします!」
上田が手探りで装置にある非常用電源のスイッチを入れる寸前だった。
「クソババア!これでも食らえ!」
猛は自分に被せられたヘッドギアを上田の頭に被せ、不意をつかれた上田を渾身の力で古沢目掛けて突き飛ばした。
「うわ…?」
「えっ…?」
猛に突き飛ばされながら、猛から逆にヘッドギアを被せられた上田が装置の非常用電源のスイッチをオンにしてしまい、同時に古沢に体当たりして、古沢を下敷きにして上田が上になりながら床に転ぶ形となった。
瞬間、それまで作動していた装置からおびただしく流れる電流地獄を、最後に古沢達が受ける事になった。
「ぎゃあああああ!」
「ぎゃあああああ!」
古沢達ガリガ星人は電流地獄に身を悶えさせた。
「悪党め!自分達がしでかした罰を受けろ!」
猛が恨みを込めながら電流地獄に身悶える古沢達を見下ろしていた。
「先ぱーい!」
そこへ、美樹が猛に抱きついて来た。
「み、美樹…?お前、何でここに…?」
「だって!だって!先輩を置き去りに何て出来ませんよ!」
「わかったから、とにかくここから逃げ出そう!」
美樹が傷ついた猛を庇いながら、2人は再び忌まわしい手術室から出て行った。
「ぐあああああああ!…き、き、貴様等…、許さんぞ…!」
上田と2人で電流地獄に責められながら、古沢は猛達2人の背中を睨みつけた。
電流地獄から解放され、ようやく2人は元居た小猿との触れ合いコーナーに来た。
「…美樹。」
猛が美樹の名を呼んだ。
「何ですか?」
「何で逃げなかった?」
「…へ?」
美樹には猛の質問の意味が分からなかった。
「何でって…先輩を見殺しになんて出来ま…。」
「ここで逃げろと言っただろうが!」
唐突に声を荒げた猛の言葉に、美樹はビクッとして、立ち止まった。
「…何で?何でそんな事言うんですか?」
美樹な泣きそうになりながら尋ねた。
「足手まといの俺まで連れて逃げたら、2人ともあいつ等に捕まって、2人とも殺されるんだぞ!」
「だからって、先輩を置き去りになんて出来ないでしょ!」
「最低でもどっちかが生き残って、日本支部にここの制圧を頼まなきゃダメだろ!だったらお前だけが生き残るんだ!」
その時!
「バカーッ!」
美樹の右手が猛の左頬を力の限り叩いた!
「っ…痛て!」
「さっきから何訳わかんない事言ってるの?自分が死にたいの?ふざけないでよ、ねえ!」
「ふざけてる訳…。」
「それがふざけてんのよ!」
怒りで顔を極度に強ばらせた美樹が続け様に猛に怒鳴った!
「死んで良い人間なんかいない!それに、さっきは命懸けで私を助けてくれた命の恩人を…、私の大好きな先輩を…、見殺しに何て出来ないわよ!バカーッ!」
怒りが頂点に達し、これまでになく泣きじゃくる美樹の怒鳴り声に、猛は美樹をそっと抱き寄せた。
「美樹…、泣くなよ。」
「…あなたが改心するまで許さない!」
「わかったから、さ、ここはひとまず逃げ出そう!な。」
猛が、未だ怒りの収まらない美樹をなだめて動物園から逃げ出そうと促した時だった。
「ウガーアア!」
さっき猛を襲った大男達が出口から2人に迫って来た。
「まずい、美樹、隠れよう!」
ひとまず猛達は触れ合いコーナー内部の小猿達の檻の近くに隠れた。
「…畜生、行く手を阻まれたか。」
「…どうしよう。」
「美樹、俺の光線銃は?」
「さっきブレーカーを撃ったのでエネルギーが切れた…。」
「マジかよ!」
「キー、キキイィーッ!」
檻の中の小猿達も迫り来る恐怖に身を寄せ合い、震えていた。
「可哀想、あの子達、何の罪も無いのに…。」
「美樹は優しいな。」
自分が危機に晒されていると言うのに、小動物の身を案じる美樹の優しさに、猛は心を打たれた。
その時!
猛の中で何かが閃いた!
「美樹!あいつ等をやっつける方法を見つけた!」
猛は、思いついた方法を美樹に耳打ちした。
「だ、ダメよ!あの人達は洗脳されてるだけなのよ!」
「殺さないって!ただ、寝てもらうだけだ。」
そう言って、猛達は行動に移った。
「ウガアアアア!」
もう触れ合いコーナーの側まで大男達が迫っていた。
大男達は猛達が隠れた触れ合いコーナー内部の檻にやってきた。
しかし、何故か檻の中には美樹だけが居て、小猿達と身を寄せ合って震えていた。
「ウガアアアア!」
「ゴオオオオオ!」
5人の大男達は檻の金網に一斉に手をかけ、その馬鹿力で檻をこじ開けようとした。
「猛先ぱーい!早くしてーっ!…怖い!」
「ウガアアアア!」
「ゴオオオオオ!」
恐怖の余り美樹が叫んだ。
その時!
『ビリビリビリビリビリビリ!』
「ギャオウ、ガオウオホウ!」
突然!金網を掴んでいた大男達が一斉に悶え苦しんだ!
すると、大男達が同時に気を失い、その場に倒れた。
「成功した…かな?」
金網の側には、対異星人用のスタンガンを手にした猛が立っていた。
「先輩、この人達、死んだの?」
「…死んでないよ、多分。」
猛のいい加減な答えに少し苛立った美樹だったが、この檻の中に居た小猿達を別の檻に移し替え、この動物園から早々に逃げ出そうとした。
東の空はだんだんと白く、明るくなっていた。
「あの子達…、大丈夫かしら?」
「ガリガ星人は地球人の俺達を兵士にする事が目的だから、あの小猿達には手を出さないよ。もし、あの小猿達までも兵士にするなら、とっくに洗脳してるよ。」
可愛い小猿達を置いて動物園から逃げ出そうとする自分を責める美樹に、猛が優しく諭した。
…そこに!
「き、貴様等~!許さんぞ…!今すぐ殺してやる!」
猛達の背後、それも、触れ合いコーナーの建物の屋上から、恐ろしく激しいがなり声が聞こえた。
そこには、全長3メートルはあろうかと言う大岩を持ち上げた、全身毛むくじゃらの怪物が立っていた。
その容姿はゴリラに近いものがあったが、声はさっきまで猛を拷問にかけていた古沢の声であった!
「ま、まさか、古沢さん?」
猛がたじろぐ中、古沢と思しき怪物は、
「お前達を今すぐ殺す!」
持ち上げた大岩を猛達に投げつけようとした。
「きゃああああ!」
(ダメだ…、逃げられない!)
猛と美樹が恐怖でその場に立ちすくんだ。
猛が反射的、否、本能的に恐怖に怯える美樹を抱き寄せ、今まさに投げつけられようとする大岩から、自分にとって掛け替えのない美樹を守ろうとした…。
その時だった!
「ギイイイ!ギイイイ!ギイイイ!」
触れ合いコーナーの檻に居た小猿達が、自分達檻の金網の天井部にしがみつき、一斉に激しく全身を震わせながら雄叫びを上げた!
「な、何だ?猿共が!」
小猿とは言え、一斉に激しく叫びまくる光景に一瞬たじろんだものの、
「所詮は小猿!何も出来まい!」
「ウギイイ!ギイイイ!」
激しく金網を揺さぶる小猿達をよそに、古沢らしきゴリラは猛達に大岩を投げつけようとした。
その時!
「ウゴオオ!ウゴオオ!」
「ギャアギャアギャア!」
「ゲエエエエ!」
古沢が支配したはずの動物園内にいる全ての動物達が一斉にわめき出し、園内の、大岩を持ち上げた古沢を倒すかのように信じられない雄叫びと変化した!
「な…、こ…、これは?」
古沢がこの動物園に来てから聞いたことのない恐ろしい雄叫びを全身で受け止め、言葉にならない戦慄を覚えた!
「うるさい!黙れ!黙れ!」
古沢が得体の知れぬ恐怖を感じた瞬間だった!
その時!
「ウゴガアアアア!」
それまでの雄叫びを総括するような…、否、それを遥かに凌駕する雄叫びが聞こえ、
何かが古沢の顔面目掛けて投げつけられた!
「グワアアアアアア!」
その何かが古沢の顔面に激突し、古沢の顔面に当たった衝撃で、物体の中から謎の液体が噴き出した!
謎の物体を古沢に投げつけたのは、美樹を助けた元園長だった!
彼が再び窮地に陥った美樹を助けるために、大岩を美樹目掛けて投げつけようとする古沢にそれを止めさせるようにした行為だった。
「ウワッ!」
不意をうたれた古沢がバランスを崩した。
すると…!
「わああああああ!」
バランスを崩した古沢が大岩ごと地面に落ちて来た!
然も、落下地点には、状況を理解していない元園長が立ったままだった。
「逃げてーっ!」
「危ない!」
美樹の悲鳴が響きわたる中、猛は元園長を助けるために、元園長目掛けて全力で駆け出した!
「いやあああーっ!」
猛が元園長にぶつかると同時に猛の頭上に大岩が落下して来た!
「ぎゃあああああ!」
「猛せんぱぁーい!」
美樹達の断末魔の叫び声が轟く中、触れ合いコーナーの中央部に大岩が、古沢と思しき全身金褐色のゴリラを下敷きにして鎮座していた。
「せ、先輩?」
美樹は、姿が消えた猛と元園長を探しに大岩の周りを見回し、反対側を見てみた。
そこには、大岩の側で並んで倒れていた猛と元園長の姿があった。
「やばっ、もう少しで死ぬとこだった…。」
猛が自分の足下に落下した大岩の迫力に驚きながらも、元園長と2人で助かった事に安堵した。
「猛先ぱーい!」
猛の側に美樹が駆け寄って来た。
「…美樹。」
「先輩のバカァ!」
「…え?」
美樹の口から出た以外な言葉に猛は驚いた。
「さっきも言ったでしょ!死ぬつもりなのって?」
「べ、別に死ぬつもりなんか…。」
「私に心配かけさせないで!先輩が死んだら、私、私…。」
美樹は猛の側で膝が崩れ落ち、同時に両手で顔を押さえながら泣き崩れた。
「な、泣くなよ、別に泣くことじゃないだろ!」
「うるさぁい!」
正座をしたような格好で泣きじゃくる美樹の側に座り、猛は美樹の肩を優しく抱いた。
「俺は別に死ぬつもりなんか無いし、美樹を助けた恩人の園長さんを助けたかっただけだよ。」
「だって…、だって!下手したら先輩、岩の下敷きになって死んでましたよ!私の大好きな先輩に死んで欲しくない!」
「…心配するなよ。」
「心配かけさせてるでしょ!」
猛が慰めようとしても、美樹の気持ちをなだめる事は出来ず、顔を覆っていた両手を離した美樹が猛をキッと睨みつけながら叫んだ。
美樹の感情は更に高ぶり、比例してわんわんと大泣きになった。
「俺だって地球防衛軍の隊員だ。誰かが身の危険に晒されたら、体を張って助けるのが当たり前だ!」
「だからって、だからって…、あんな危険な事を!」
「お前の恩人を助けるのは当たり前だよ。それに…、」
「…何?」
「それに…、俺もお前の事が好きだからな。いつまでもお前と一緒にいたい。」
「…え?ま、まさか…?」
「俺はお前の笑顔を何時までも見ていたい。だからもう泣くなよ。」
「…せんぱあい。」
猛が美樹の頬に伝わる涙を指先でそっと拭い、お互いの顔を近付けた。
「もう…、無茶な事はしないで下さいね。」
「約束するよ。」
2人の距離がゆっくりと縮まり、美樹が瞳を閉じ、柔らかく閉じた唇を猛の唇に差し出した。
猛も自分の唇を美樹に重ね合わせようと…、
「ウホッ。」
猛の側に横たわっていた元園長がむくりと起き上がった。
瞬間、ビクッとした2人は慌てて、お互いから離れた。
「園長さん、無事だったのね。助けてくれてありがとう。」
美樹が元園長に笑顔で例を言った時、元園長は手に持っていた何かを猛達に差し出した。
それは、手の平程の大きさの、形の崩れた金属だった。
よく見ると…、
「あ!俺が昼間買った缶ジュースだ!」
それは、昼間に猛が美樹にあげようとして買って、行方不明になった美樹を探すときにベンチに置いたままだった缶ジュースの潰れたものだった。
大岩を投げつけようとした古沢から猛達を守るために元園長がとっさに投げたのだ。
元園長の怪力でガリガ星人の正体を現した古沢の顔面に当たった際に中身のジュースが勢いよく飛び散り、痛さと液体を目にかけられた弾みで古沢は持ち上げた大岩毎、地面に落下したのだった。
「園長さん、ありがとう。」
「園長、助かりました。」
「ウホッ、ウホッ!」
3人が笑顔で微笑む中、忌まわしい事件の起きた動物園をまばゆい朝日が事件を忘れさせるように照らしていた。
程なく、猛と美樹の身を案じた地球防衛軍の捜索隊が動物園に到着した。
捜索隊が動物園内を捜索し、電流を浴びて失神していた上田を拘束し、元園長を始め、他の洗脳された5人を元に戻させ、大岩の下敷きとなり死亡した古沢と共にガリガ星に強制送還した。
元園長は、小猿に噛まれた指に応急処置を施してくれた美樹の優しさに感動し、上田に虐げられていた美樹を助けるために大暴れし、安全なところに運んだ後、美樹の仲間である猛の姿を見て立ち去ったのだと言った。
元に戻った元園長と他の飼育員達は再び小猿達と触れ合える動物園をリニューアルし、住民から愛される動物園作りに情熱を傾けていった。
それから数日後…、
この事件を機に愛情を深めた猛と美樹は、普段通り地球防衛軍日本支部で勤務していた。
「…先輩。」
今日も美樹が頬を赤く染めて猛の許にやって来た。
「先輩!」
否、正確には、顔を真っ赤にして激怒した美樹が猛に怒鳴り込んだ!
「何なんですか、これ?」
美樹は右手に持った紙をぶんぶん振り回しながら猛に詰め寄った。
「これ、紙じゃん。」
「誰もそんな事聞いてないんですよ!私が言いたいのは!」
「この前の報告書だろ。」
「もお!空気が読めない人ですね!報告書に書かれてる内容の事を聞いてるんです!」
美樹は猛の机の前に右手に持った報告書を叩きつけた!
「何なんですか?私が子供みたいに動物園で遊んでたとか…。」
「事実だろ。」
「べ、別に報告書に書く内容じゃないでしょ!それから、私が先輩の事をビンタしたりとか…、それから、それから…。」
「俺のことが好きなんだろ。」
「ちがーう!私が隊員服のファスナーをはだけさせられて、それで…。」
何故かその先から美樹は言葉を詰まらせた。
「ああ!裸にされたやつ!」
「コラーッ!」
恥ずかしい事を言われた怒り心頭の美樹は勢い余って猛に顔を近付けた!
「下着姿を…、私の下着姿を…。」
「白でお揃いの花柄のブラジャーとパンツって書いたけど。」
「言うなーっ!」
美樹が猛の耳元で怒鳴りつけた。
「今すぐ書き直して下さい!」
「だけど、記録は支部のメインコンピューターのHDDに収めたから、パスワードを知ってるプログラマーしか解除出来ないよ。」
「勝手にそんなとこに記録して、セクハラよ!セ・ク・ハ・ラ!今すぐ書き直して!」
「…はいはい。わかりましたよ。」
怒り狂う美樹の迫力に押し負けた猛は、渋々報告書に訂正内容を赤ペンで書いた。
「…ほらよ。」
猛は訂正した報告書を美樹に手渡した。
帰って来た報告書の訂正箇所を読み返す美樹だったが、読めば読むほど両手がわなわなと震え、その表情は更に険しく、怒れる鬼神のように変化していった。
「…猛先輩!」
完全に憤った美樹が猛を怒鳴りつけたが、当の猛は美樹に報告書を渡してすぐ、一目散に逃げていった。
報告書には、美樹の『花柄のブラジャーとパンティー』と書いた問題の箇所の前に赤ペンで『ど貧乳』と書いてあった。
「…子供じみたことを…、スケベ!変態っ!バカァーッ!」
この後、猛がどうなったかについては誰も何も知らされていない。
今日も平和な一日であった。