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○番外 沢城佳奈


   備考・法学部四年次、彼らと無関係、ていうか、わたし


 興奮してきた。わたし自身のことでも書いて、抑えようと思う。


 大学生になってこの街に来て、三年と少しが経った。

 この初めて来る街は、これから四年間過ごす街。そう考えながら歩くと、好きになったり特徴があったり、必要な店がある景色は、一度歩けば記憶に残った。

 そんな断片的な、写真のような景色の何十枚。ここに来て一ヶ月ぐらいは、その景色たちの繋がりを求めながら過ごしていたが、その全てが、半年もすれば繋がった。今では、その景色たちがどこであったか、ここがそんな景色の一枚であったのか、よく考えなければ思い出せないほどだ。

 それだけ見知らなかった場所で大学生となって、多くの時間を過ごしてきたのに。わたしは、主人公と出会えなかった。

 わたしは子どもの頃から、物語が好きだった。漫画やライトノベルから大衆小説に純文学、その全てのお話が好きだった。(ちょっとだけ嘘。純文学と哲学書は、わたしの読書ペースを遅らせて、投げ出すのもしばしばだった。) 本の中で感情を揺り動かされながら、どこかで自分の周りでも、何かが起こることを期待した。

 中学でも高校でも、家に帰れば物語の中へと入り込み、その世界の住人となった。友達もいたし、普通に恋もしたけれど。それは、わたしが住んでいた世界とは比較にならないほど、刺激が少なかったのだ。

 失恋した友人の話しを聞きながら、彼女に相手を振り向かせるための必死の努力や、振った相手を刺し殺すことを期待した。もちろんそんなことは起こらなかった。長い片思いを成就させた友人もいたが、普通に仲良く付き合って、どうでもいいことで喧嘩と仲直りを繰り返し、どうでもいい理由で二人の関係を終わらせた。

 高校時代までをそんな風に過ごしてきたわたしが、見知らぬ土地で大学生活を送る。キャンパスライフなんて響きに少し期待して、自分が物語の主人公に関われることには、すごく期待していた。

 でも、この三年半は普通に普通だった。普通に講義を受けに大学へ行き、授業の合間には普通の友だちと、普通のお喋りに普通の遊び。夕方には普通のサークルに普通に行ったり行かなかったり。試験前は友だちと普通にマックで試験勉強をして、普通に順調に単位を取っていった。そして普通に就職活動を頑張りながら四年生になって、普通に努力をして普通に内定をもらった。就活は辛いものだったけれど、それは自分の中でドラマにできるものではなかった。

 そんな就職活動が終わって、わたしは突然暇になった。そして、初心を思い出したのだ。わたしはこの三年間、物語に触れられなかったことに気づいた。

 誤解を生んでいるかもしれないので、一応補足しておく。わたしにとって大学生活は、とても楽しいものだった。つい最近まで大学入学当初のわたしを忘れていたことも、それが理由だ。主人公には出会えなかったけど、楽しい友人たちや尊敬できる先輩に出会えたし、かわいい後輩にも恵まれた。

 でもやっぱり、わたしが会いたいのは主人公なんだ。

 格好良くて、熱くて意思が強いヒーローや、普段は目立たないけれど人の悲しみで自分のことのように涙を流して、相手の涙を止める優しい一生懸命さん。過去に打ちのめされて、そのトラウマを克服して強くなった人なんかもいいかもしれない。いっそのこと、憎しみに巣食われて、極悪人になってしまった人でもいい。

 物語には、主人公には事件が必要だ。事件に立ち会わなかっただけで、わたしは主人公と、知らぬ間に通りすがった可能性もある。

 でも、それは所詮すれ違っただけだ。それに、主人公だったら、事件が起こる前はともかく、事件の最中や終わった後は、常人とは一目で違いがわかるものでしょう?

 わたしは特に、三国志のような歴史小説の、英雄達の話しが大好きだ。といっても、歴史に興味があって、年代や事件をしっかりと覚えているわけじゃない。名前を間違えることさえある。ただ、現代ではきっと生きられない、英雄達が好きなのだ。彼らの交流ににやにやし、孤独に心打たれ、生き様に心惹かれて、死に涙した。

 ここまで二十人に話を聞いたが、わたしの二人への興味は、少しも削がれなかった。むしろ、増す一方だ。大学生にもなって、ここまで互いに嫌い合えるものだろうか? 山口は、「泣きながら土下座して『許してください』と叫んでる弘人以外とは、何の話しもしたくない」とまで言っていたらしい。彼はあった事実を誇張した冗談ばかり言う人間らしいので、これも冗談ではあるかもしれない。でも英雄達に、主人公に必要な条件があるとすれば、第一は強さよりも、激しい感情だと思うの。そして強ければ、こんなに素晴らしいことはない。

 この現代で、あわよくば殺してしまおう、とさえ思えるような。そして、実際に殺せる腕力を持っているような人。そんな人が、わたしの生活圏にいる。

 わたしの好奇心は、強くなるばかりだ。明日はついに、山口亮太に話しを聞ける日だ。




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