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永劫呪縛(えいごうじゅばく)

作者: 蒼崎 恵生

結婚願望のない20代男性の視点で書いたホラー小説になります。夢で見たことをヒントに、ホラーが苦手なので想像ばかりに頼って創作した作品ですが、少しでも、書けるものの幅を広げたくて挑戦しました。ぜひ、ご一読お願いいたします。

 「うわぁ!」


 これは、どういうことなんだ!?


 朝、自室で目を覚ました俺は、寝起きだということも忘れてベッドの上で悲鳴をあげた。

 なぜ、あいつがここにいる!?


 朝目覚めると、ベッドルームに、元カノのサヤカが入り込んでいた――。




 完全オートロックのマンション。駅から近く商業施設も多いからかなり便利だ。当然、家賃は高いが、ギリギリ給与で払える範囲内だし、と、去年から借りている俺の住まい。

 一人暮らしするにはやや広いけど、自分だけの自由な空間がけっこう気に入っている。


 二十代後半の男にしては、いい暮らしをしてると思う。

 おかげで、というのもおかしいかもしれないが、俺には結婚願望がなかった。

 周囲の友達はどんどん結婚していく。昨日も、子供を産んだと、後輩の女の子からメールがきた。

 素直におめでとうと言う反面、皆どうしてそんなに縛られた暮らしをしたがるのだろう、と、結婚する仲間達に対し疑問も尽きなかった。もちろん、口に出したりはしないけど。

 

 そんな風だから、俺は恋人ができても長続きしないのである。

 恋はしたいし、人を好きになるのは楽しいと思う。でも、自分の全てをさらけ出したいと感じるほど女に夢中になったことはない。浅く軽く、楽しく楽に。これが、恋愛を長続きさせる鉄則だと、俺は思っている。

 相手の異性関係に嫉妬したりされたり、相手の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに悲しんだり苦しんだりするなんて、極めて面倒だ。

 そんな恋のストレスは、学生の頃だったら友達と遊んですぐに発散できたけど、社会人になるとそうはいかない。仕事でそれなりにストレスたまるし、年齢が上がるにつれてプレッシャーや責任感も大きくなる。正直な話、恋愛でいちいち疲れたくはないのだ。


 俺の思考は特殊なのだろうか。今まで付き合った女は、俺のことを知るにつれてイライラし、しまいには結婚を迫るようになる。おかげで、今は恋愛そのものに興味を抱けなくなってきている。


 こういう考えを理解してくれる人もいるにはいるが、そういう女は大抵結婚している。ゆえに、恋愛対象にはならない。不倫にも多少興味があるけど、それこそ面倒な話だ。


 もっとも直近の元カノ・サヤカと付き合っていた期間は、たしか半年。先週別れたばかりだった。

 サヤカは、付き合ったばかりの頃は明るくてサバサバしていたのに、付き合いが長くなるにつれて俺に依存するようになった。

 それなりに楽しい付き合いをしていた時期もあったが、日々加熱する彼女の嫉妬心に、俺は嫌気がさすようになっていた。

「今、あなたの会社の前にいるの」

「さっき電話したんだけど、何で出てくれなかったの?もしかして、他に好きな人ができた?」

「あなたのメール、毎日いつも読み返してるよ。新しいメール、楽しみにしてるね」

 彼女も、悪気はないんだと思う。でも、次第に、彼女の気持ちが重たくなってしまった。


 そろそろ、別れよう。

 そう決めた直後、彼女から結婚を迫られた。仕事帰りに待ち合わせた、カフェでの話である。

 結婚はしたくないとはっきり断り、俺は彼女に別れを告げた。

 サヤカは周囲の目も気にせずわんわん泣いていたが、同情の言葉をかける気力すらなかった俺は、無言で料金を払いカフェを出た。自分の分と一緒に彼女の飲食代を払うことで、罪ほろぼしをしようとしていたのかもしれない。


 それから数日後の今日。


 なぜか、サヤカは俺のマンションの寝室にいた。

 施錠はしっかりしている。なのになぜ?

 それに、彼女には合鍵を渡したこともない。これは、サヤカに限ったことじゃない。今まで付き合ったどの女にも、合鍵を渡したことはなかった。

 自分だけのプライベートな空間に、他人を入れたくなかったのだ。


 なのに、どうして、サヤカはここにいる?

 どうやってここに入った?俺の同僚に、マンションの場所をいたのか?

 俺との別れを受け入れたんじゃなかったのか?


 次々浮かぶ疑問は、

「どうして、ここにいるんだ?」

と、震える声となって表れる。

 何かしらのこたえが返ってくると思ったのに、彼女は何も言わなかった。まるで、俺の存在が目に入っていないかのように、ベッドに寝そべってくる。


「何してるんだよ!聞いてんのか!?」

 やや強い口調で、俺は彼女の肩に手をやった。

「!?」

その瞬間、俺の手は空気をつかむだけで、サヤカに触れることはできなかった。

「なんだ、これ……」


 サヤカはたしかに、ここにいる。幽霊なんて信じない。

 仕事のし過ぎで疲れていたから、そのせいで幻覚を見ているのか?それにしては、サヤカの姿はくっきりしすぎじゃないか?

「サヤカ、おい……」

「ここが、あの人の部屋なのね」

うっとりした表情で、サヤカがつぶやく。

「さようなら。私の永遠の恋人。私を不幸にした人。あなたを殺すことで、私は楽になれたの」


 ……俺を殺した、だと!?どういうことなんだよ、それ……!


 サヤカは、言った。


「あなたには分からないでしょう。あなたに恋した私の気持ちなんて……。理解しようともしなかったものね。否定してるわけじゃないわよ。むしろ、あなたの生き方はかっこいいし大好きよ。自由を好むあなたらしくていいと思うわ。でもね、本性ほんしょうをさらす相手を間違えちゃったみたいね、可哀想かわいそうに。


私はね、あなたしかいなかったの。あなたが全てだったのよ。そんな気持ちすら理解しようとせずに、あなたは自分だけ元の日常に帰ろうとした。捨てられた女の気持ちなんて考えずにね。それって、ちょっとおかしいんじゃないかしら。いいえ、世の中の皆があなたを認めて許したとしても、私は許せないのよね。


私だけじゃないわ。あなたに捨てられた女の人は、みーんな、あなたのことを恨みながら生きているわ。


神様っているのよね。神様は、私達弱き者の味方になってくれたのよ。あなたに切り捨てられて傷付いた女性達に、力を授けてくれたのよ。どんな力だと思う?それはね、科学でも証明できない謎の力よ。そうね、魔法とでもいうのかしら。ファンタジックで素敵でしょう?いわば、のろい、ね。


あなたのたましいを永遠に生かせながら、世界からその存在を殺す呪い、よ」


 ……何を言ってるんだ?わけがわからない。


「あなたは、今まで優位に立っていた。恋を捨てる側の特権とでもいうのかしらね。でもね、あなたに振られた女からしたら、それでは納得できないのよ。


こっちは傷ついているのに、あなたが元気に生活してること。何事もなかったかのようにまた恋愛していること。充実した生活を送っていること。自分がしたことの重さもかえりみず笑っていること。


だからね、私達女は決めたのよ。あなたに死んでもらおうって。そうしたら、いくらか気が晴れるもの。失恋の痛みが和らぐもの。歪んでいるかもしれない。でも、いいのよ。歪んでいようが、あなたに痛みを返すことができるならそれで……。ふふふっ。久しぶりよ。こんな穏やかな気持ち。今、とても幸せだわ」



 彼女の言葉の意味を知ったのは、その直後だった。


 俺はたしかにここにいるのに、皆が俺を忘れている。昔から仲の良かった親友も、俺をしたってくれていた会社の後輩も、プライベートで行くテニスサークルの仲間達も、みんなみんな、俺という存在を忘れて生きている。いや、忘れているんじゃない。初めからいないもの扱いだ。


 俺には、生まれてから今までの記憶がたしかにある。その記憶を維持したまま、永遠に、地縛じばく霊のごとく、マンションの寝室から出られなくなってしまった――。


 住む人間がいなくなったと判断された俺のマンションには、サヤカが引っ越してきた。

 俺の存在は彼女にも見えないはずなのに、マンションに入った彼女は必ずこんなことを言う。


「ただいま。あなた。今日はあなたの好きなパエリアを作るわね。ふふっ」


 いっそ、殺してくれよ――!

 気が狂いそうなのに、叫ぶことすらできなかった。

 俺は、何者かの呪いによって、人間が認識できない空間に閉じ込められたのだ。永遠に――。


 



 





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