[1章]Square One(2)
飲み屋から出ても、雨音はまだ響いていた。
鋭い寒気が肌を突き刺す。
この黒いローブ、雨はしのいでくれるが、寒さまではどうにもしてくれないらしい。
とりあえず歩こう。
少年は足を動かし始めた。
ブロックという単位は、場所によって定義が違う。
ベンサムでは1ブロックは100メートルほどの距離になる。
つまり、200メートル進めば、彼の住むログハウスにつくということだ。
にしても、あの男たちの反応があんなにもデカかったのはなぜだろう。
100メートルほど進んだところで、急に疑問が浮かんだ。
ただこの疑問は、1メートルも進まぬうちに解決した。
そりゃあそうか。彼は世界でたった一人のガンスリンガーなんだから。
ガンスリンガー。かつてゼファロという街を仕切っていた部族だ。
彼らは銃を使うことを得意とし、フィローンの中で唯一銃を使う部族として有名だった。
しかし、フィローン内戦により、ゼファロは致命的な痛手を負った。
そこで彼らは、ゼファロを捨て、他の街に移住することを決めた。
彼らの移住先、シラストは、騎士たちの街だった。
シラストの民は、ガンスリンガーを拒むことはしなかったが、どことなく彼らを毛嫌っていた。
銃と剣。考え方が違う彼らは、互いに対立していった。
そして、移住から約1年後、事件は起こった。
シラストの民の一人が、ガンスリンガーの青年に銃殺されたのだ。
シラストの人々は怒りに我を忘れた。
ガンスリンガーは危険な部族だ!奴らを皆殺しにしろ!
シラストの民の声が街を埋め尽くす。そして、シラスト政府は対策を講じた。
ホロコースト、つまり迫害である。
政府は秘密結社を作り、シラストからガンスリンガーを消そうとした。
銃を持つ者は老若男女関係なく片っ端から連行、処刑された。
ガンスリンガー達には二つの選択肢しかない。
銃を捨てるか、死ぬかのどちらかだ。
他の街に逃げようとしても、街境付近で結局殺される。
立ち向かおうなんて夢のまた夢のまた夢。
自分たちが生き残るためには、自身の魂を殺さなければならないのだ。
そして8か月ほどで、ガンスリンガー殲滅が確認された。
もうシラスト、そしてこの世界にガンスリンガーはいない。
シラストの民は共に喜びあった。
奴らが消えた!俺たちはもう怖がらなくていいんだ!
シラストの民の声が街を埋め尽くす。そして、シラストは国になった。
そんな中、シラストから遠く離れたベニー王国に亡命した男がいた。
その男こそ、世界最後のガンスリンガー、ジェシー・ドラクロアなのである。
そんな男が尊敬されていない方がおかしい。
そう思ったころには目の前に大きなログハウスが立っていた。
一瞬、丸太の怪物が飛び出てきたのかと思う。
でっけぇ・・・。隠居生活にしては規模が大きいんじゃないか?
広々としたウッドデッキ。真ン中に口を閉じるドア。出窓と普通の窓がそれぞれ等間隔に一つずつ。2階にはちっちゃなバルコニー。
構造的には、ごくごく一般的なログハウスだ。
って、別に不動産探してんじゃないんだよ、僕は。
自分にツッコミを入れると、丸太のモンスターに歩み寄っていく。
世界最後のガンスリンガー・・・。どんな人なんだろう・・・。
扉をノックする前に、疑問がふつふつと浮かんできた。
歳は50とかそこらへんなんだろうな。
なんか賢者っぽく白いローブとか着てたりして。
白長い髭蓄えてたりするのかなぁ。
顔に古傷とかありそうだ。
性格は・・・むっちゃ頑固そうだなぁ。
扉開けたとたん銃構えてたりして。
疑問を超えた妄想を膨らますが、最後にこう思う。
扉をノックすれば分かることだ
少年は、木でできたその扉を2回叩いた。
・・・返事がない
今度は叩く回数を3回増やした。
・・・いないのかなぁ。
テンポを速め扉を何度も叩く。
・・・留守か。仕方がない。
少年は踵を返し、足を踏み出そうとした。
その時、後ろから気配を感じる。
人間ではない。これは・・・
扉だ。
内側から空いた扉は、少年の後頭部をしっかりとらえていた。
少年はバランスを崩し、膝と足と掌を床につける体勢となった。
この体勢を何と言うんだっけ。
あ、そうだ、「ドゲザ」だ。
その後「ドゲザ」の意味を思い出した少年は、ひどく落胆した。
「おい、大丈夫か?OKなら起き上がってくれ。」
後ろから男の声が聞こえる。
まさか、彼なのか?
手を地面に押し付け、反動で起き上がる。
すぐ後ろに、世界最後のガンスリンガーがいるんだ。
期待に胸を膨らませ、少年はゆっくり後ろに振り返った。
振り向いた少年は、目を見開いてこう言う。
「違う。」
確かに目の前には男が立っていた。
ただ、白いT-シャツと真っ黒なズボンを着て、無精ひげを蓄えている20歳代のただの男だった。
こんなヤサ男がガンスリンガー?冗談もほどほどにしやがれ!
「あんだよ?人の顔見ていきなり『違う』とはどういう了見だぁ?」
少年はどうすべきか迷った。
明らかにガンスリンガーとは思えないこの男にくわしく話を聞こうか?
それとも再びバーに戻って聞き込みをするか?
ただバーの男たちは信用なるかな?
まぁいいや。真実を吐くまで脅しつけるまでさ。
あれこれ考えを巡らしているうちに、眼が黒い光をとらえた。
少年は目の前にいる男の腰から放たれるその光に顔を向ける。
そして、黒光りする物体を見てこう確信した。
戻る必要はない。彼こそがガンスリンガーだ。
その物体の名はイリデスセント。最後のガンスリンガーが使っているといわれる銃だ。
まさかこんなに早く拝めるとはな・・・。
「お~い、なんか言ってくれよ。」
「あんたが、ジェシー・ドラクロアなのか?」
男は目を丸くする。
「えらくぶしつけじゃねぇの。まずは自分から名乗ったらどうさ?」
やはりこの男の口調から威厳が一ミリも感じられない。
とはいえ、自分から名乗るのが当然の礼儀だよな。
少し反省しつつ、少年はフードを取った。
ライナス・デルソンと名乗った少年は、短い金髪と緑色の瞳が印象的だった。
「デルソン・・・。はて、どっかで聞いたことがあるような・・・。」
男が顔を下げて考え込む。
こんな彫刻がありそうだな、とライナスはどうでもいいことを考えた。
そしてしばしの沈黙。
この辺りは人通りが少ないため沈黙がより際立つ。
「あ、思いだしたぞ!お前さん、王子だろ?」
この言葉によって、沈黙と秘密は砕かれた。
隠しておく必要も無いのでライナスはあっさりと肯定する。
「そう。僕がこの国の王子であり、ベニー王国2代目国王候補、ライナス・デルソンだ。」
「えぇ~、なんかひくわぁその台詞」
「うるさいよ!」
男が笑う。それに引かれてライナスの顔にも笑みがこぼれた。
「お前の言うとおりだよ。俺がジェシー・ドラクロアだ。はじめまして王子様。」
「ライナスでいいよ。ていうか王子って呼ぶな。」
「それでは、僭越≪せんえつ≫ながらこのボロ屋敷をご案内させていただきます。」
聞いてねぇこいつ・・・。
「とりあえず入ってくれ。聞きたいことがありすぎる。」
木の怪物の体内に入っていくように、廊下を渡っていくジェシー。
その背中にライナスは疑問を投げかける。
「なんで僕が王子って知ってたんだ?」
ジェシーは振り返り片眉を上げる。
「お前の親父から聞いたんだよ。お前も俺の事は親父さんから聞いたんだろ?」
確かにそうだな・・・。
疑問解決の喜ばしさとこれからの緊張感が混じる。
そして、ライナスも化け物の中に入っていった
とりあえず終了