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[1章]Square One(1)

「雨かよ・・・。」

 少年は黒いローブ越しから空を見た。

 案の定、空には黒い雲が広がっているだけだった。

 心なしかいつもより黒く見えるのはローブのせいだろう。

 そう思いたかっただけなのかもしれないが。

 

 少年は、王宮から10キロほど離れた街、ベンサムの通りを歩いていた。

 父さんから聞いた話によると、彼はこの街にいるという。

 ただ、この街のどこの家に彼がいるかまでは聞いていなかったことに10分前に気付いた。

 そこは無計画な自分を恨むしかないだろう。

 

 この忌々しい雨のせいで、外出している人間はほとんどいない。

仕方がない。飲み屋にでも行って情報収集してみよう。

 そう思った矢先に、派手な看板が見えた。

 でかでかと赤字で「Ken`s Bar」と書かれているので飲み屋であるということはすぐに分かる。

「うっし、今日はついてる。」

 少年はそうつぶやくと、扉の陰に同化した。


✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝✝


思えば、酒場に入るなんて初めてだな。

 少年は、汗と酒の匂いに滅入りながらもカウンター席にたどり着いた。

 座った瞬間、何やら寒気を感じた。

 その原因が、周りに座っている男たちの視線だということに気付くまで5秒もかからなかった。

ガキがこんなところで何を?

 彼らの白い目が、そんな疑問を物語っている。

 そんな視線はお構いなしに、少年はマスターを呼び出す。

「ご注文の方は?」

 心なしかマスターも少年を見下すような眼をしているような気がした。

「ペリエを1杯ください」

嘲笑。男たちの方から聞こえてくる。

ペリエとは、スパークリングナチュラルウォーターの名称の一つ、つまりただの炭酸水である。

酒場でペリエを注文するものは2種類の人間しかいない。

ゲコとガキのみだ。

そんなことは少年も承知だった。

だが彼は酒が飲めない。

未成年だからではなく、本当に苦手なのだ。

「かしこまりました」

店員の声が笑いで震えていたことには、さすがの少年も苛立いらだった。


 しばらくして、透明なグラスが少年の前に置かれた。

 はたから見ると空のグラスに見えるが、少年の目からはちゃんと炭酸水が確認できた。

 炭酸水を頼んだのは、別に喉が渇いていたからではない。

 一般客としてふるまうことが重要なのだ。

 酒場で何も頼まず聞き込みを行うのはさすがに怪しまれる。

 何か頼むことによって、周りの客に、自分は普通の客としてこの店にいて、話を聞くのはそのついでだということをアピールすることができる。

 自分は追われている身だ、ということを忘れていけない。


にしても誰に話を聞こう・・・。

 カウンター席に座ったとはいえ、安心してはいられない。

 とりあえず少年は、となりの席に座る男に訊くこととした。

「すまない。少し訊きたいことがあるんだが。」

 少年の声を聞いた男は、光彩こうさいだけをこちらに向けた。

「あんだよ?」

「ジェシー・ドラクロアという男の居場所を知らないか?」

 ガタッ。質問をした男の後ろで音がした。

 右にいる男三人が少年を見る形となる。

「もういっぺん言ってくれ」

「ジェシー・ドラクロアの居場所を知りたい」

 男の眉間に線が見えた。

「あぁ、知ってるさ」

 次の瞬間、男の腕が少年の胸元に向かって伸びる。

「だがてめぇには教えねぇ。とっとと消えな」

 少年は胸倉を掴まれているにもかかわらず、顔の表情の変化は何一つ見られない。

「知っているのなら教えてくれないか?彼に用があるんだ。なんでこばむ必要があるんだよ?」

 男の眉間に穴が開いた。よく見るとその穴はすべて線でできていることが分かる。

「お前みてぇなガキに、ドラクロアさんの居場所を教えるような真似をしたくねぇからだ」

 少年は、ふっとため息をつく。

「じゃあ、どうしたら教えてくれる?金ならいくらでも出すよ。」

 眉間の穴が深さを増す。

「そういうとこが気に入らないっていってんだよ、このボンボンが!」

 胸倉をつかむ手に力が入る。少年の眉間に線が入った。

「僕はボンボンなんかじゃないさ。ただ彼の居場所が知りたいだけ。そのためには金も惜しまない。普通だろ?」

 それを聞くと、男がニヤけた。

「ほぉ・・・。それだけでかい口叩けるっていうことは、腕もそれなりなんだろうな?」

 胸倉が軽くなる。それを感じた瞬間、目の前がうす暗くぼやけた。

血の気の多いオッサンだこと・・・。

 拳を顔だけでかわしながらそんなことを考えた。

 今度は下から影が現れる。

 少年は飛んできたボディブローを片手で受け止めた。

うわっ、軽っ

 少年は男の1撃に心の中で評価をつけた後、右拳を男の顔面に向かって直進させる。

 放ったストレートは男の顔面の5センチ右に空ぶった。

 空を切った腕を、少年は力いっぱい曲げる。

 拳が男の頸椎にヒットした。

 目を見開きうめき声を上げる男。

 すかさず少年は、隠し持っていたナイフを男の首に密着させた。

「これでもまだ、教えないって言うつもりかい?」

 自分の命が危ない。男がそのことに気付くのに時間はかからなかった。

「わ、分かった。教えるからその光もんをしまえ」

 男の目に恐怖の色が浮かんだのを確認すると、少年はナイフを後ろに引いた。

 男は首全体をさすりながら話始める。

「ドラクロアさんは、ここから2ブロック先にあるログハウスに住んでる。ログハウスはこの街にあそこしかないからわかるはずだ」

2ブロック先。意外と近かったな。

「にしても、なんであんたそんな強ぇんだよ」

なんで強い?実践戦闘は初めてだから別に強くはないと思うんだが・・・。あ、そうか

「君が弱かっただけだと思う」

 また男の眉間に穴が開いた。


よし、そろそろ出るか

 カウンター席にある炭酸水を一気に飲み干す。

 食道を駆け抜ける刺激が、疲れを忘れさせてくれた。

「ドラクロアさんによろしく伝えておいてくれよ、ボウズ」

知らないおっさんにそんなこと言われてもなぁ。

 そう思いつつカウンターの上に紙切れを投げた。

 ポケットに入れておいた5ドル札である。

行こう

 出口に向かって歩き出す。すると、後方から声が聞こえてきた。

「あの、お客さん!」

 マスターの声だ。

「釣りはいらない。とっておいてくれ」

一度言ってみたかったんだ~、この台詞! 

 少年の顔に、自然と笑みがこぼれる。

「1ドル足りないんですけど・・・」

「え」

 快い笑いに酒場は埋まった。

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