最後はローン債務者の告白へ戻る
「私の勝ちだな!」
俺は総長の言葉に思わず涙を浮べた。ついにやったのだ、あのセッセンに煮え湯を飲ませた。追い詰められた会長はこちらを睨んでいる。総長と会長の睨み合い。いつでも助太刀出来るよう、俺は密かに拳を固めた、が……
クククッ
フフフ
なんと二人が同時に笑い出した。
ククククッ ギャハハハハッ!
フフフッ ブァハハハハッ!
笑い声はいつまでも終わることなく、しまいには二人肩を抱き合って、涙を浮べるまで笑い転げていた。
三ヶ月後。
俺はセッセンの制服で身を固め、高級車、トヨタ=ニッサンMAX・ZEROの運転席にいた。
午前九時。コンソールの情報端末が時刻を表示すると同時に、目の前の屋敷から恰幅のよい男性が出て来る。
「会長。おはようございます」
俺は素早く外に出てドアを支える。本当はドアなど支える必要はないのだが、まあ、象徴的な意味がある。
「おはよう」
会長は後部座席に座ると、
「最初に例の丘へ行ってくれないか」
「承知致しました」
そこは荒涼とした場所だった。セッセン内部では「約束の地」と呼ばれている。
三ヶ月前のあの日。俺はここでスカウトされたのだ。
*
何が何だか分からない状況で、俺たちは本社から数キロ離れた場所にある、クレーターの縁が作る小高い丘の上にいた。敵対するはずの二人に導かれ、セッセンの運送車に乗ってやって来た俺たちは、親しげに何やら話し合う二人をただ見遣るばかり。やがて二人はこちらに振り向くと、総長ベル・メーソン氏は感慨深げにこう言った。
「白状しよう。私とセッセン会長・ベイルーナは幼馴染で同士だ」
メーソン氏はそういうと、傍らのベイルーナ氏を見やる。ベイルーナ氏も頷くと、
「私たちは幼くして共に両親をなくした。冷酷な親戚によって孤児院に預けられ、成長した私たちは必死で働いて、ちいさなツーハン会社を設立したんだ。それが今日のセッセンだ」
「質問があります」
委員・セブンが手を上げる。何時もは目立たない彼が発言したのは初めてではないだろうか?
「セッセンの創業者にお二人の名前は見当たりませんが」
するとメーソン氏はにやりと笑い、
「さすが、潜入ルポで鳴らしただけはある」
委員セブンは驚いて、
「ご存知だったので?」
メーソン氏は笑うだけでそれには答えず、
「二人の名前がないのは当り前だ。我々は情報を操作して会社の歴史も創作した」
「何と!」
ベル・メーソン氏は目を細め、漆黒の空を見上げる。
「会社が順調に大きくなるに連れ、我々の手からセッセンは離れて行った。遂にツーハン世界一の座を得た時に、二人して株を売り払い、引退しようかと思ったほどだ」
「そこでふと思ったんだ。寝食を忘れて働き続け、浮き沈みの激しい波乱万丈な人生を送ってきた我々が、これから先の半生、どうやって生きていけばいいのか、とな」
「億万長者の定めとして、次第に呆けて行くような贅沢な人生を送るのか?それは否だ、と二人して思った」
「そこで我々は敵対することにしたのだ」
二人の巨頭が代わる代わる話す内容はとんでもない話だった。
二人はある日くじ引きをして、どちらが「先行」を取るか決めた。そして「先行」はベル・メーソン氏になった。メーソン氏は側近数名を引き連れその日の内に失踪、警察官権にはベイルーナ氏が政財界への顔を利かせ、詳細がマスコミに漏れるのを防いだ。
メーソン氏はコネと財力のほとんどを使い委員会を作り上げる。そしてセッセン攻撃の準備を進めた。片やベイルーナ氏は何時メーソン氏が攻撃しても対抗出来るよう手を尽くし、本業のツーハンでも一位の座を急成長する新興勢力に明け渡さなかった。
「そして今日。二人の賭けの結果が出た」
メーソン氏はにんまりと笑い、ベイルーナ氏は肩を竦める。
「会長室に乗り込んだら私の勝ち。乗り込めなかったら負け」
「乗り込まれたら、私は会長を降り、攻守交替。メーソンが乗り込めなかったら私はそのまま居座り、彼は次のチャンスを待つ」
ベイルーナ氏はそう言うと、軽装宇宙服の頸部シールドに止めてあったセッセンのロゴを外し、メーソン氏の宇宙服に付けた。
「君の勝ちだ、メーソン」
そして、片手を上げ、
「私が戻るまでセッセンを頼む」
メーソン氏も手を振ると、
「会長室の穴はしっかり塞ぐ。同じ手は使えないぞ?キッチリ護って見せるからな」
「さあ、それはどうかな」
ベイルーナ氏は不敵に笑うと踵を返す。と、何かを思い出したのかふと立ち止ると、
「君は五年掛かったな。私は四年で戻って見せるよ」
後は二度と振り向かなかった。
ベイルーナ氏の姿が見えなくなるまで手を振っていたメーソン氏は、しばらく何も話せなかった。俺たちは途轍もない話にただ呆然としていて、ようやくメーソン氏が俺たちに話しかけても、急には反応が出来なかった。
「さて、諸君。私はこれからセッセンの新会長として本社に乗り込んで行く。そこでひとつ相談だが――」
*
「すみません。会長」
声がしたと思ったら俺たちの前に擬似空間が展開する。三次元映像で一人の男性が現われた。
「役員会まで後六分です。ミスター・セ・シーレやミスター・紺が気にしておりますよ。お急ぎ頂けませんか?」
会長の秘書室長だった。突撃取材や潜入ルポで名を売った元ルポライターの彼は、無表情でこちらを見つめている。
「ああ、すまなかった。直ぐ行くよ」
「また丘ですか」
無表情の男はやれやれと首を振ると、
「我々が壊した構造物を直すだけでグループの純益二ヶ月分が必要なんですよ?これは『ケース・スーパーアルテミス』による我が社のイメージダウンによる収入減がない場合の二ヶ月分で、調査部の予測では実際四ヶ月分になるそうです。騙されたとお怒りの様子の万取界やターカッタも、今までの援助分の請求書を叩き付けて来ました。まあ、これは法務部が法廷闘争に持ち込みますが」
室長は腰に手を当て、溜息を吐くと、
「スーパーサポート会員は廃止、現会員の負債も帳消しにするという施策は確かに素晴らしいと思います。スーパーアルテミスのダメージを最小に抑えましたし、ベイルーナ氏の将来の手駒を削ぐことにもなりますからね。しかし、会長。その後は一体何をなされましたか?毎日丘と本社で感慨に耽るばかりではありませんか。会長がこんなことでは、先月『社団法人ツーハン監視改革機構』を立ち上げたベイルーナ氏に付け込む隙を与えてしまう。いいんですか?この勢いではベイルーナ氏は四年どころか三年経たずにやって来ますよ?感慨にふける時間などないと思いますが」
「ああ、相変わらずネチネチと手厳しいな、君は。まあ、そのために君を雇っているのだからそれでいい」
会長は満面の笑みを浮べると、
「今行くよ。あそこまで何分だね?」
と、これは俺への問い掛け。
「三十秒前に役員会議室にお入りになられるように致します」
俺は言いながら恭しく後部座席のドアを開ける。
「では、室長。五分後に」
セッセン会長ベル・メーソン氏はそう言うと座席に収まる。俺は空かさず警告した。
「宜しいですか?少々、荒っぽく行きますのでお気をつけ下さい」
「頼むよ。そのために君を雇っているのだから」
俺はブレーキを外すとマニュアルドライブで丘を猛然と下る。元運送ドライバーの俺は、どんな短納期でも約束の品物を時間通りに送り届けることをモットーにしていた。
月の砂レゴリスを猛然と蹴散らせて、俺は目の前に見え始めたセッセン本社に向かって、アクセルを更に踏み込んだ。
こんなア〇な話はSFじゃねえ。辛口板で吊るし上げだ!と思った方へ
国際巨大企業に挑んだ社団法人がどうやら日本限定の団体であり、幹部だけ外国人、とかー、科学的考証に大きな穴も数ヶ所ありますが、これら全て仕様です。
余り深く追求してはいけませんよーw