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あるルポライターの話は更に続く

 その日から一ヶ月。選抜された『決死隊』三十名は地獄の訓練に明け暮れた。字数制限があるので詳細は省くが、私の体脂肪率はそれまでの二十%から七%に、腹筋・背筋力共に三十%増となった。世のダイエッターたちは委員会のブートキャンプに参加するとよいだろう。そこいらのマジカル何とかダイエットより数倍効果的に体を絞り込むことが出来る。

 冗談はさて置き、体を鍛え、月面での作戦行動と分担を叩き込まれた我々は遂に月への出発前日を迎えた。第二十六支部のある山奥に設けられた秘密演習場での最後の会合。そこで我々は一人の人物と引き合わされた。


「紹介しよう」

 幹部・紺が委員たちと同じトレーニングウェア姿の人物を連れて来る。

「偉大にして聡明なる我らが委員会総長、ベル・メーソン氏だ」

 さすがに無口と無表情を通した私も顔色を変えた。委員の誰もが肖像画でしかお目に掛かったことのない謎多き人物、総長ベル・メーソン氏が目前にいる。

「こんばんは、諸君」

 メーソン氏は意外と甲高い声で挨拶する。肖像画の印象では副総長同様に強面の恐ろしい人物に思えたが、現実のメーソン氏は笑みを絶やさないおおらかな人物と見えた。

「厳しい訓練によく耐えてくれた。聞くところ、落伍者はたったの四名だそうじゃないか。さすがは我が委員会の精鋭諸氏だ」

 メーソン氏は目を細め頷くと、

「その諸氏にお願いがある。明日開始される作戦に私を同行させて頂きたい。いや、作戦行動はさすがに無理だが、なるべく諸氏の足手まといにならないようにする。だめかね?」

 しんと静まり返る室内。すると、

「光栄であります、総長」

 委員・ファイブと呼ばれる我々のリーダー格の男が立ち上がり、深々と頭を下げる。何を考えているのか分からなかったが、他の者も立ち上がり次々に頭を下げた。もちろん私もだ。

「ありがとう。ではお願いする」

「拍手!」

 紺が号令すると、まずまず揃った拍手が起き、総長は満足そうに退場した。最敬礼で見送った紺は姿勢を正すと、

「では、諸君。今夜は早く就寝したまえ。明日六時に我々は月への移動を開始する」

 興奮冷めやらぬ皆の顔を眺めつつ私は思った。総長の目的は一体何なのだろう?


 翌朝、我々はいきなり現われた巨大なチルトローター機によりキャンプ地を後にする。地上の支部では多くの委員が空を見上げ手を振っていた。電脳には先ほどから地上の音声が中継されている。会歌を歌う者、頼むぞ、と絶叫する者、我々も君たちと一緒だ、との涙声。いにしえの戦士たちの出陣もかくやと言う状況に、私は思わず吐きそうになる溜息を呑み込んだ。

 

 やがて地上が雲間に消えると、目の醒めるような美人アテンダントが飲み物をサービスする。その制服にロゴは入っていなかったが、彼女たちの所属は明るい小豆色の制服から想像するまでもない。チルトローター機の国籍表示は『チャイナ』。尾翼には『万取界』のロゴが踊っていた。


 およそ二時間のフライトで、機は太平洋赤道上に浮かぶ万取界専用の人工島空港へ到着する。そこには既に月往還用の輸送機が発射前点検を終えていた。

 我々一向は乗り換えの時間ももどかしく、輸送機へと向った。

「では諸君。我々幹部はここでおいとまする。私は先に月へ向かい、君たちが無事にアルテミスへ侵入出来るよう取り計らう。諸君」

 珍しく紺は言い淀むと、

「諸君、私はあなたたちを誇りに思う。以上だ」

 その目に光るものがあったのかどうか。しかし確かめる間もなく紺たち幹部は迎えのリムジンホバーに乗り込むと、我々の視界からあっという間に消えた。

「さあ、行くぞ」

 委員・ファイブが皆を鼓舞するように言う。我々は気を取り直して巨大なブースター付き輸送機に乗り込んだ。


 商売柄、月にもスペースコロニーにも滞在したことがある私は、アルテミスシティを知っていた。街区の殆どはセッセン社員の居住区であり、街自体もセッセンシティーの異名を誰もが肯定するありさま。その威容が電脳へライブ映像として送信され始めたのは大気圏を離脱して三日目の午後。官憲に咎められぬよう月への直行輸送便として金の掛かる大気圏離脱ブースターロケットで地球を発し、重力圏を脱した後は巨大な太陽帆ソーラーセイルを展開して月までやって来た。その間、誰もがセッセン本社での決戦を前に落ち着かず眠られない時間を過ごしていた。

「さて、いよいよ本番だ。用意は良いか?」

 委員・ファイブが言うと、誰かが「任せろ!」と叫ぶ。一瞬、緊張が解け、皆が笑った後で、総長が静かに話始める。

「諸君。遂にここまで来た。後は任せる。地球に残った委員会諸氏の分まで思う存分働いて欲しい」

 皆は一斉にお辞儀をして、いよいよスーパーアルテミスの幕が切って落とされた。


 作戦の初動は単純なはずだった。偽装し定期輸送便に扮した我々の輸送船は、堂々と搬出入口ポートへ近付く。大型貨物を直接降ろすと称し搬出入口を開かせる。銀の円盤が開くと同時に不意を突いてダイブ艇を放出、ダイブ艇に乗った決死隊の会長室突入隊十名が一気にシャフトを最下層まで下る。警備隊のレイバーやアンドロイドはマンシュカイ・ヴォリュームワンで武装したレイバー隊が相手をし、突入隊を援護する。

 しかしスーパーアルテミスは初手から委員会が思い描くシナリオ通りにはいかなかった。


「こちら輸送船『ホーンチャーチ』。貴社ポートへの接岸を希望する」

「ホーンチャーチ、こちらアルテミス。了解した。進路そのまま。ポートスリーへの接岸を許可する。セットコード、ツー・アルファ・シグマ・ラムダ・スリー・ワン・イプシロン・ゼロ」

「ありがとう、アルテミス。もう一つリクエストだ。大型コンテナが一基ある。タグボートに搭載してある。下で降ろすよりここでボート毎下ろした方が簡単だ。搬入口を開けてくれないか?こちらで地下まで降ろそう」

「ホーンチャーチ、少し待て」

 輸送船船長はちらり隣に座る委員・ファイブに視線を送る。委員・ファイブは険しい顔で頷く。ここがこの作戦で一番危ない部分だ。

「ホーンチャーチ、アルテミスだ。許可する。接岸前に搬出入口の直上まで進入せよ。扉を開く」

「了解、アルテミス。助かるよ」

 船長は笑みを浮べて委員・ファイブを見る。彼は親指を上げて同意を示した。

「これより進入する」

 船長は次第に高度を下げ、同時に横に座る委員・ファイブに合図する。彼は空かさず身振りで、後部に座って待機していた突入隊員にスタンバイを促し、自分もシートベルトを外し立ち上がる。突入隊員たちは既に操縦席にスタンバイしていた委員・ツーの待つタグボート――小型往来ダイブ艇の狭い座席に乗り込んだ。


 『円盤』が開く。ごくり、と誰かが唾を飲む音がモニターから流れた。扉は四分割で、銀色の四枚のパイがするすると後退して十字型に口が開いて行く。

 が、一体何が警告したのか、四分割の扉は途中で止まり、再び閉まり始めたではないか!

「まずい!直ぐにロックを外せ!」

 委員・ツーが叫ぶと

「緊急放出する。頼むぞ!」

 船長はそう言うや否や、我々のダイブ艇を切り離した。

「行くぞ!掴まれ!舌を噛むなよ!」

 委員・ツーは緩やかに落下し始めたダイブ艇を、姿勢制御スラスターを使って九十度下向きにすると離陸用補助ロケットを三秒間だけ全噴射、艇はどんな恐怖のアミューズメントマシンも及ばないような猛スピードで円盤の隙間目掛けて突っ込んだ。

「ウォオオオオオオオオオオー!」

 思わず委員・ツーが漏らす雄叫び。他の者は声もなく迫る銀盤を見つめるだけ。月面からの対空射撃も始まって、禍々しい真紅のレーザービームが伸びては消え、伸びては消える。

「あ!」

 誰かの叫びに電脳視界を外周モニターに切り替えれば、我々の輸送機が被弾してゆっくりと降下して行くところ。ハッチから次々とレイバー・マンシュカイ・ヴォリュームワンが飛び立つ。しかし十体あるはずのレイバーが七体射出されたところで、遂に力尽いた輸送機が月面に不時着した。

 セッセン本社からはセッセン製レイバー・タイプゼロや改良型タイプEXが脚力にモノをいわせてジャンプ、ヴォリュームワンに襲い掛かる。

 しかし私が見ることが出来たのはそこまで。モニターがプツリと消え、艇の内部も薄暗い戦闘用照明に変わる。外の光景に気を取られた私は、自分たちのダイブ艇が銀盤の扉を間一髪掠めて内部シャフトへと突入したことに気が付かなかったのだ。

「ふうー。先ずは第一関門クリアだ」

 ドライバーの委員・ツーが言う。元看護士の女傑、委員・ナインは後席の総長に、

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ」

 さすが総長はどっしりと構えて笑顔を見せた。それを横目に隊長の委員・ファイブが、

「後十五秒で最下層。周辺警戒を密とせよ!」

 ショバでは防衛軍にいたと言う委員・ファイブはすっかり元の商売気分に戻っている。全員、唯一の個人装備である電磁波ショック発生装置付きの警棒を抱え、ハッチの横で揺れから身体が浮かぶのを必死で押さえ込みながら待った。

「テン……ナイン……」

「艇を廻す!全員、何かに掴まれ」

 委員・ツーがスラスターを使って百八十度艇を旋回させる。

「ファイブ……フォー」

 ハッチの横で床との高度を睨みながら委員・ファイブがカウントする。

「スリー……ツー……ワン……着地ダウン!」

 ハッチが横開きに素早くスライドする。

「ゴー・ゴー・ゴー!」

 訓練通り真っ先に足の速い委員・シックスとイレブンが飛び出し、続いて私と委員・ナインが飛び出す。予想通りレイバーEXが待ち構えていたが、最初の二人が投げ続けるターカッタ製『閃光/煙幕/トリモチ発射デコイキット』に不意を突かれ、脚を止められる。ミニガンの射撃は万取界の『特製・おつかい君』、即ち民生オートマトンを違法改造して攻撃兵器とした『おつかい君・スペシャルヴァージョンセブン』により制圧する。

 しかしこれらもハッタリに近い対処方法。直ぐにセッセン側は反撃に転じるだろう。相手が戸惑う隙に先へ進まないといけない。我々は地上走行する委員・ツー操縦のダイブ艇を守りつつ例の倉庫へと誘導した。途中、邪魔をするレイバーにデコイを投げ付け、警備のアンドロイドにはうるさい蚊のようにまとわり付くおつかい君スペシャルを放つ。既にダイブ艇はレーザーとレイバーの物理攻撃により目も当てられない状況だったが、もう宇宙空間で使用することがないので、エンジンさえ無事ならばそれでよかった。

「壁を破壊するまで持ち堪えろ!」

 委員・ファイブが二人の屈強な委員を連れ、例の倉庫の扉を開けるや中に消えた。残された私たちは襲い来るレイバーとアンドロイドと死闘を繰り広げた。最初は恐ろしかったものの、訓練で教えられた通りにセッセン製レイバーやアンドロイドの弱点をうまく突けばそれらは面白いように倒れて行く。

 ズズズズーン!

 腹の底に響く音と共に、目の前の倉庫の隔壁が崩れ去った。

「こい!」

 委員・ファイブの指示を待つまでもなく、委員・ツーは地上走行するダイブ艇を倉庫の中に入れる。倉庫の中はがらんどうだったが、奥の壁が無残に破壊され、辛うじてダイブ艇が入れるだけの穴が開いていた。委員・ツーは艇を見事に操って穴を潜り、ちょうどダイブ艇が転回するだけの幅があるダクトスペースに艇を入れて停めた。

「車庫入れは昔から得意なんだ」

 ハッチから覗く委員・ツーが電脳通信で戯言を言う。しかし、直ぐに緊迫した声で、

「しかし問題が、ファイブ」

「なんだ、ツー」

「さっき天井の円盤を抜ける時にスラスターの燃料を半分消費しちまった。全員乗せて天井まで行く自信がない」

 委員・ファイブは一瞬黙考したが、直ぐに、

「何人なら乗せられる?」

「五人だ」

 委員・ファイブは振り向くと、

「聞いての通りだ。五人会長室へ突入し、残りはここで防戦する。ツーは操縦、二人目は私。残りは……」

 彼はここまで来た唯一の女性、委員・ナインを指差し、

「君と」

 私を指差す。

「君だ」

 そして委員・ワン、即ち総長に、

「一緒にいらっしゃいますよね?」

 総長は即答する。

「言うまでもない」

「では行くぞ!」


「しっかり捕まっててくださいね、っと」

 副操縦の委員を降ろした委員・ツーが垂直に立てたダイブ艇の操縦席から警告する。外では既に襲い掛かるレイバー相手の戦いが始まっていた。レーザーが艇の隔壁をプスプスと突き破り、蜂の巣にしている。私は艇が天井までの急加速上昇で持つのかどうか不安になった。

「いくぞ!」

 委員・ツーはスラスターを全力運転にして出力を最高に上げ、艇がブルブルと震え始めた途端にブレーキを外した。ダイブ艇はその名前の真逆に垂直発進しものすごいスピードで昇り始めた。

「着くぞ!衝撃注意!」

 見る見る迫る天井にぶつかると思った瞬間、ダイブ艇のスラスターが逆噴射、急停止する。衝撃で身体が揺さ振られ、Gが身体をシートに張り付かせた。

「全員外へ出ろ!落ちるぞ!」

 艇は既に滅茶苦茶に壊れ、四方に伸ばした支持脚も折れ始めている。私は慌ててシートを蹴って、艇体に開いた大穴から外に出た。

「大丈夫か?」

 委員・ファイブが寄って来て、

「こっちだ」

 ダクトの中は下方から凄まじい風が上へと吹き抜け、弱い月の重力を相殺する。殆ど無重力に近かった。元々ここには空気がなかったのだろう。我々が封印を解き、流入した空気がタイフーン並みの風を起しているのだ。ゆっくりと落ちて行く艇体を蹴って、私と委員・ファイブはその風に乗り、ダクトの隔壁の継ぎ目に当たる隙間に入り込む。そこには既に残りの三人が待っていた。

「図面ではこの直ぐ上が会長室だぜ」

 委員・ツーが目の前に浮べた建築図面の映像を示す。

「よし、私が爆薬をセットする。天井をぶち抜くぞ」


 ダクトの天井に指向性推進爆薬を取り付けた委員ファイブは、直ぐにタイマーを最短にセットするや、

「離れていろ!」

 そう叫ぶと、全員ダクトの隔壁後ろへ避難する。

 ドッカーーーン!

 一瞬ものすごい風圧と眩い光が空間を満たす。戦闘用宇宙服を着用していなければ大火傷を負ったとしても不思議はない。同時に、薄暗い空間に上方から光が差した。

「ゴー、ゴー、ゴー!」

 委員・ファイブはそう言うや勢いをつけて真っ先に飛び出し、委員・ツーや私もまだ焼けただれて熱い開口部からよじ登った。

 

 そこは驚くほど質素な部屋だった。想像していた様子とかなりかけ離れていたので、私は思わず立ち止る。後ろから飛び出した委員・ツーとぶつかってしまったほどだ。

「本当にここが……」

「会長室だ」

 委員・ツーが言い掛けた先を、委員・ナインに引き上げられた総長が補う。

「そして彼がセッセン会長、ディノウス・ベイルーナ氏だ」

 その男性は壁際に一人悠然と立っていた。これも驚いたことに部屋には彼しかいない様子だった。会長室のドアは閉まっていて、その外から凄まじい音がしていたのはドアを破壊しようという努力なのか?ドアが故障し、会長は孤立したのだろうか?


 次に何をすればいいのか、誰も動くことが出来ない。委員・ファイブだけは一瞬、会長を拘束しようと動きかけたが、それを総長メーソン氏が止める。

総長は、会長のデスクに歩み寄るとセッセンの社章が刻印され「会長」と書かれたプラチナの銘板を手にする。そして振り返ると、文字通り仁王立ちで言い放つ。

「ベイルーナ!私の勝ちだな」

 対するセッセン会長、ディノウス・ベイルーナ氏は腕を組んだまま。

 二人とも初老とはいえ大柄な体型、暴漢一人くらいなら簡単にねじ伏せそうな気迫がある。私はこのまま取っ組み合いの喧嘩が始まるか、と固唾を飲んだのだが……


 申し訳ないが、私のレポートはここで終了する。何故なら、これ以上レポートすることは私の現在の立場上、倫理的にも法律的にも問題があるからだ。

 真相はきっと当事者が死に絶えた後、誰かの告白で明らかとなろう。


 一つだけ明かすなら……私は今、セッセンで働いている。



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