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あるルポライターの話は続く

 さあ、いざ月へ出陣!となったものの、そう簡単にセッセン本社へ乗り込める訳ではなかった。

 セッセン本社は月にある。正確にはノースポール(北極)地区のアルテミスカウンティと呼ばれる居住区の大部分を占める。

 

 そもそも月はどの国家にも属さない。月条約により国連管理地区とされている。月に住む人々も国籍を棚上げされ国際宇宙市民とされている。

 国連直轄はスペースコロニーも一緒だが、月の方が住むには大幅に安上がりだ。最初から何もかも作り出さねばならないコロニーと違い、大地と資源のある月はその点有利となる。そのため移住を奨励した国連は、税金を大幅に抑制し公共料金も格安とした。

 宇宙では当たり前に徴収される『空気料金』も月はコロニーの半額以下。水に至っては地球の砂漠国家より安いくらいだった。

 この状況は大手国際企業に利用され、宇宙の販売拠点を月に置く企業が続出した。セッセンもその一社だったが、彼らの場合、その規模は並ではなかった。アルテミスは別名セッセンシティーと呼ばれるくらいの居住地区コミュニティ。警備も厳重だろう。

 そんな場所に委員会が大挙押しかけたら目立つし警戒されてしまう。いや、そもそも『大挙』など出来るのか?いくら資金力とコネがあるとはいえ、委員全員が月に渡ったらその費用はちいさな街の年間予算並となるだろう。

 その謎は直ぐに解けることとなる。


 あの集会から三日後。私を含む各支部から抽出された委員三十名が本部の会議室に召集された。

 集まった三十人は年齢も体格も元の職業も様々な人々。女性も十人含まれている。最初、私にはどんな基準で選んだものか皆目見当がつかなかったが、運がいいことは確かだった。その部屋にはいつもの親衛隊が壁際に並ぶ中、幹部数人と副総長までいたからだ。何かが起こることは確実だった。


「さあ、これがセッセン本社の全体図だ」

 幹部・紺が示す三次元図面はセッセンの月面社屋。「提供・万取界」の文字がテロップとして横切る。三次元図面は見る者の視点でパースが変わり、タッチ一つでグラフィックスが付加されて、いかにもそこにいるかのような錯覚を与える。

 それは広大な敷地に置かれた白い葡萄の一房と形容されることが多い。今や皆無となったアジア系放牧民のパオのような居住区と、それをつなぐ渡り廊下と称される回廊。しかしそれは表面上で、地下にはもっと複雑で入り組んだ迷宮が広がっている。

「この奇怪で邪悪な構造物のことを我々幹部は『悪魔の葡萄』と呼んでいる」

 選抜して集められた委員は図面に夢中で見入っていたので、そのどうでもいい情報を聞き流した。反応のない委員たちにイラっとした紺だったが直ぐに気を取り直し、

「この月面に見える居住区を第一層と呼ぶ。ここには対外的に必要な施設と地下への搬入出口がある。会議室や総務部、お客様対応部署から社長や会長室もここにある」

 紺は一瞬言葉を切り、間を置くと、

「しかし一旦、ここはスルーだ」

 誰かが咳払いともため息ともつかない音を漏らすが部屋は静まり返ったまま。

「この層で注目してもらいたいのはここ、搬入出口だ」

 それは上空から見れば大きな銀色の円盤のよう。

「貨物船が直接この横にあるポートに着陸する。ご覧のようにポートは三つ。同時に三隻から荷受けや荷出し作業が可能のようだ。この円盤は大型の物品搬出入の時だけ短時間開く。普段はそれぞれポート横にある地下へのエレベーターシャフトから荷物が出し入れされている。まずはこれを覚えてもらいたい」

 その後、紺は図面を動かして地下に当たる二層から四層までをざっと説明する。何故か三層にある社員食堂の説明がやたら長かったが、その理由は不明だ。

 やがて紺は第五層に切り換えた図面をゼロ位置、すなわち身長百七十センチの人間がそこに立った時の視点にすると、

「ここに注目してほしい」

 紺がポインターで指し示したのはその地下最下層にあたる五層の一角。

「ここには先ほどの『円盤』に続くシャフトが直接つながっている。途中の階層にもシャフトの出口はあるが、通常はこの最下層のみ使用されているらしい。そしてここだ」

 紺はポインターを横にずらし、画像を拡大する。そこは何かの倉庫。

「ここは地球より送り込まれた商品を一時保管する倉庫だ。よく見て欲しいのはこの壁の厚み。比較のため、その隣に続く同様の倉庫を並べて見る」

 扉の開いた倉庫の画像が二つ並んで、壁の厚みと材質などの情報がポップアップ。

「どうだね?」

 紺が何を言いたいのか分からない委員たちは、じっと画像を見つめるだけだ。そんな委員たちを、目を細めて眺めていた紺は、

「こちらの倉庫は通常の倉庫に比べ、およそ半分の厚みの壁しかない。理由は不明。しかしこれは正に天佑だ」

 紺は画像の真中に立ち、案内するかのように足踏みをする。すると同調した画像がまるでついて行くかのように進んで行く。

「表側はこのように作業用スペースとして広い通路となっている。運搬車輌や大型作業用のレイバーすら通行可能だ。だが、我々の興味はこの裏にある」

 紺が画像の壁を叩く。するとそこにあった壁が消え、線画の建築パースが現われた。

「倉庫の裏はパイプとダクトスペースになっている。我々の掴んだ情報では、奴らの本社では重要ポイントのみならずダクトスペースにも、監視センサーとミニレーザーガンがセットされている。もちろんセンサーやミニガンもセッセン製。残念ながらハイエンドマシンが使われている」

 言葉を切った紺は委員を再び眺め渡す。私を含めた誰一人反応を示す者はいない。

「本社の警備も万全だ。警備のレイバーはセッセン・タイプEX。有名なタイプゼロの発展型武装強化版で、ツーハンでは買うことの出来ない特別製。国連本部や各国の官邸御用達の製品だ。こいつがセンサー感知後数十秒以内に駆け付けると思われる。ま、ミニガンに黒こげにされないとしての話だが」

 紺はやれやれとばかり肩を竦める。そして突然、画像を叩いて線画を消失させて言い放つ。

「しかし、諸君。絶望するのはまだ早い。壁が何故か薄い倉庫の裏、このダクトスペースにはセンサーもミニガンも装備されていない。しかも警戒警備兼用の点検口が他のダクトの半分の数しかなく、その大きさはタイプEXのボディより確実に小さいのだ!なぜならば、このスペースは工事用に作られた資材運搬用のスペースで、完成後充填剤で満たされるところ、工程の発注ミスで何もされずに残った代物だからだ。この事実は奴らの警備本部も知らない。これが何を意味するのか分かるかね?」

 しかし委員は棒のように突っ立っているだけ。答えを期待していた訳ではない紺は構わずに続けた。

「このダクトスペースの行き着く先、五階層直上にはなんと会長室がある。会長室の床の下、十数センチの所にあるダクトスペースに地下から垂直に伸びたダクトスペースが接合している、と言う訳なのだ!」

 誰かが咳払いをした。紺はその反応だけでもうれしそうに、

「そう、会長室は最上層の月面にあるが、強化シールドと厳重な警備の下にあり、正面切っての攻撃にはびくともしない。もちろん宇宙軍用機スペースアタッカーによる爆撃や特殊部隊の攻撃には耐えられないだろう。しかし、我々は別に会長室を木っ端微塵にしようとする訳ではない。」

 紺はそこで一息つくと後は一気に、

「招かれざる客である我々が少しの間、お邪魔しようと言うだけの事だ。そう、我々は決死隊を編成し、敵の予測もつかぬところから一気に本丸を突くのだ!」

「つまり会長のアタマではなくケツにイッパツ喰らわせる、ということだ」

 今まで黙っていた強面の副総長、セ・シーレ氏がそういうなりクスクス笑い出す。壇上の幹部たちが呆気に取られていたのは一瞬、たちまち笑いが巻き起こる。なかでも紺は腹を抱え、目に涙を浮かべて笑いこけた。笑いこけながら、信じられないものを見るような委員たちに向かって零下の視線を飛ばす。それに気付いた一人の委員が素っ頓狂な笑い声を上げ、やがて笑いは全ての委員に広がった。


 漸く笑いが静まった後、紺は咳払いを一つして、

「そう、決死隊だ。ここに集まった委員の諸氏にセッセン会長室突入の任を与える。君たちは上層の搬出入口から侵入、垂直降下して最下層の倉庫を破壊、裏のダクトスペースを一気に昇り、会長室の床に穴を開けて突入し、会長を拘束するのだ。その後どうするかは追って指示する」

 打って変わって緊迫した空気の中、紺はゆっくりと、

「何か質問はあるかな?」

 言いながら紺は黙り込んでいる委員を見渡す。すると、恐る恐る手を上げる男が一人。

「そこの委員。何かね?」

「あ、はい。あのー、私はこんな大それたことが出来るような男ではありません。そのー、言い難いのですが……」

「構わないよ。なんでも言いたまえ」

 寛容に紺は言うが、その顔には既に苛立ちの相があった。

「では。そこにいらっしゃる方々、親衛隊の方々は参加されないのですか?」

 その瞬間。紺の右手が上がり立てた親指をクイッと横に振る。ダッと駆け寄る親衛隊。たちまち発言した委員は囲まれ腕と足を掴まれる。そのまま担ぎ上げられた委員の男は唖然とする私たちの前を速やかに横切って部屋の外へ。男の叫びが耳に残る。

「な、なんだよー!お前らが行けばいいじゃないかー!やだ、やだよ~」

 その声はドアが乱暴に閉まると同時にプッツリ途絶えた。

「他に何か?」

 何事もなかったかのような紺。

 もちろん、もう誰からも質問が出なかった。数人が顔を見合わせたが口を開く者はない。このようなことがあれば誰も質問などしないのは当たり前だったが……

 そこで私はハッと気付いたのだ。幹部たちがこの三十人を選んだ基準。それはこの無口にあったのだ、と。

 私自身は普段無口とは自覚していないが、委員会に潜入してからは人の話を聞くだけで出来る限り会話を行なわないで来た。目立つことで正体が暴露され追い出されることを恐れたからだったが、それがこのような展開に繋がるとは、いやはや……


 ああ、ついでなので一つ暴露しよう。

 これは後日知った話だが、親衛隊の諸君は全てあの有名なOASからアルバイトとして派遣された役者だったという。もちろん時給千二百円には過度な暴力行為や戦闘行動は含まれていない。


 静寂の中、紺はふと気付いたかのように付け加えた。

「そうだった。君たちが参加する作戦。コードネームは『スーパーアルテミス』だ」



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