ここからあるルポライターの話となる
その組織の名を『社団法人ツーハン生活改善委員会』という。ツーハンは別にセッセンだけではないのだが、何故かこの団体はセッセンのみを糾弾して止まない。
また、社団を名乗るからにはどこぞやの官庁が許可を与えたはずだ。しかし、関連のありそうな省庁に尋ねるとそれはあっちでしょう、いや、ウチではありません、とたらい回しにされる。ようやくたどり着く某省庁の係官は、
「ウチで許可した覚えも記録もないのですが」
と前置きし、何故か五年前からウチの管轄とされています、と答える。
後述するが、セッセンはこの省庁に抗議を絶やさず、委員会と国を相手に訴訟も数え切れないくらいに起こされているが、委員会の登録は一向に取り消されることがない。
さて、この委員会は一見会社組織として存続している。縦割りのピラミッドで上から総長(何故か委員長ではない)、副総長、幹部、部長、課長、係長と来てヒラの委員に至る。が、実体は軍隊か街宣活動を得意とする団体によく似ていた。
委員は各地に隠蔽分散する支部にて集団生活し、朝六時の起床から夜九時の就寝まで修道院もびっくりの倹しく厳しい日課をこなしていた。
平日は半分ずつのグループに分かれ行動する。単純作業の労働組と肉体鍛錬や格闘訓練に汗を流す訓練組がそれだ。委員は全て各地から逃走したセッセンのスーパーサポート会員。これでは以前の生活と五十歩百歩と思えるのだが、セッセンに復讐、というスローガンは彼ら彼女らの心に響いた。男も女も夢中で活動した。
セッセン側も手を拱いていた訳ではない。スーパーサポート会員を奪還するため、合法的範囲内であらゆる手を打った。しかし、それは一つとしてうまくいかない。
隠蔽と言っても支部一つで数百人の委員が活動しているのだ。近所の噂にならない訳がないが、何故か委員会はそうした僻地の人たちと仲がいい。見慣れないよそ者がウロウロすれば委員会に警告してくれたし、朝夕新鮮な野菜や魚介類を差し入れもしてくれた。委員たちもお返しとばかり地域の行事に参加したり、壊れた家屋や道路を直したり、一人暮らしのお年寄りを訪問し金銭の援助もしたりと親睦を深めて行く。こうしてセッセンが仕掛けた奪還作戦はことごとく失敗する運命にあった。
さて、この委員会の噂を聞きつけた私は、スーパーサポート会員になりすまし支部の一つに潜入することに成功した。以下は私が見た委員会によるセッセン本社突入事件、世に言うところの『スーパーアルテミス作戦』の顛末である。
私が第八十七支部(支部は十二しかないが、たくさんあるように見せかけるため数字だけは大きい)で基礎訓練なるものを終了した直後、委員会本部から「総員集合」の号令が掛けられた。
委員全員集合というのは過去例がなかったという。支部の幹部たちも大興奮。その日、本部のある富士山麓へ向かう五台の大型ホバーバスは小学校の遠足状態となってしまった。
実際、電子ペーパーで配られる『つよいぞ!ハチナナ』(支部の週刊通信)には『持ち物一覧』の他、注意事項として「必要なもの以外は持っていくのを止めましょう」とか「むやみに撮影してはいけません」とか「途中トイレ休憩での買い食いは禁止」「おやつは五百円までです(バナナは除く)」などと書かれていた。
到着した広大な富士山麓の平原。委員会のトップ、総長が個人資産で買い取ったと言われていた。およそ七十年前にカルト団体が騒動を起したこの場所は呪われた土地として忌み嫌われていたが、そこに目を付けた総長が民有地・公有地合わせて手練手管、資金力にものを言わせて手に入れた、という。
一体何者なんだ?総長。そういう方のために一言。それは後のお楽しみである。
広大な駐車場は各支部からやって来た烏合の衆、いや、委員たちで溢れていた。
駐車場と言っても地面むきだし、うろつき回る人々により土埃がもうもうと立ちこめた。騒動を期待して嗅ぎつけた報道陣が敷地の外を取り囲み、上空にはマスコミのチルトローター機が舞う。
幹部たちは、躍起になって自分たちの支部員をまとめ、混乱の果てに物見遊山気分の委員たちをなんとか整列させて、支部毎に本部集会場へ入場する。その顔は会場に入ると同時に緊張に強張って行く。
最初は落ち着きなくぺちゃくちゃとおしゃべりに忙しかった委員たちも、集会場に入るやいなやその雰囲気に呑まれ、次第に大人しくなった。
集会場は巨大なアリーナ風建造物で、およそ一万人を収容出来た。正面壇上奥には巨大な委員会の旗(セッセンのロゴを踏み付け、雄叫びを上げる獅子の構図)。更に天井から巨大な総長の肖像とスローガンが下がっている。スローガンは毎朝十回叫んで復唱させられるあのことば。
「われらに自由を われらに未来を われらに勇気を」
「同士よ、いざ戦わん ともにセッセンを倒す日まで 勝利するはわれにあり」
総長の肖像が委員たちを睨み、会場を囲むサングラスを掛けた厳つい黒服(親衛隊と呼ばれる)が無言の威圧をする。その雰囲気はあっという間に遠足気分を拭い去ったという訳だ。
やがて全ての支部が整列し壇上を注視すると、入り口の扉は閉じられ照明がサッと消えた。水を打ったように静まり返る場内。すると……
「いっざー、たちあがらんこうきのものよっ いっざー、たたかわんはらからよー♪」
大音量で鳴り響く委員会・会歌。これも毎朝歌わされるので、いつの間にか周りでは唱和するものが続出、三番では全員が唱和することになった。
会歌が終了すると、突然眩しい光が会場を照らし、その光が消えると中空にあの憎きロゴが。会場にはたちまち憤怒の声が上がり、映像だと分かっているのに物を投げ付ける者まで現われる。そのセッセンのロゴが突然クシャっと潰れ、気が付けばその上にあの獅子が圧し掛かっている。そして。
ウォオオオオーン!
雄叫びが会場を揺らし、委員の歓声がそれに加わる。会場のボルテージは最高潮に達した。そしてそれは荘厳なファンファーレに続く軽快なマーチとともに現われた最高幹部たちの入場でさらにヒートアップする。
歓声に包まれ、拍手が鳴り止まないなか、壇上の席に座った幹部の一人が立ち上がり、演壇に立つ。暫く委員たちの狂騒を眺め渡した後、手を広げ静粛を求めた。そして次第にざわめきが静まり、静寂が会場に満ちた瞬間。幹部は声を張り上げた。
「諸君!期は熟した……我々は最終抗議のため、遂にセッセン本社へ強行突入する!」
余りの衝撃に最初は声もなかった委員たち。やがてその意味がじんわりと彼らの電脳にも浸透すると爆発的反応が起きた。
「やった!遂に復讐の時だ!」
「やっちまえ!セッセンの会長室で祝杯だ」
「それより苦情処理オペレーターのとり澄ました連中、全部裸に剥いてやれ!」(ロボットなのに?)
「倉庫をみんなで山分けだぜ」
既にセッセン本社制圧後の自分たちを夢見る委員たち。彼らの電脳内部では、単なる抗議行動のはずが完全に暴徒の略奪と化している。
しかしそんなお祭り騒ぎも悲痛な叫び声が一転させる。
「おい!でもよく考えてみろ!奴らの本社は月にある。文字通り手が届かないぜ。どーすんのよ!」
一瞬の静寂の後。そーだそーだと委員の合唱。するとその幹部・紺氏はにんまり笑って、
「諸君!安心したまえ。万取界(チャイナ系)が資材提供を申し入れている!」
「え!あの『せっかいはー、ひっとっつっのー、おかいもーのわあーるどー♪』の、マンシュカイですか?」
「そうだ。セッセンにだいぶ水をあけられているとはいえ世界シェア二位のあの万取界だ。どうやらセッセンの一人勝ちが許せないらしい。第三者機関を通じてわれわれに『コンタクト』して来た」
「やったー!」
「ばんざーい!」
喜ぶ委員。しかし紺はチッと舌打ちする。
「私、紺拓斗が成し遂げた最高のコンタクト!だ。分かるかね?」
「わーい!」
「マンシュカイ・ヴォリュームワンが使えるぞ!」
それでも委員は興奮し過ぎて、幹部の駄洒落を受ける余裕などなかった。
ちなみにマンシュカイ・ヴォリュームワンとは、万取界が誇る高機能レイバー。『最高品質保証キット』を購入すれば特典(その3)で付いて来る『飛行用可変翼アタッチメント(短時間用)』により僅か五分間だが飛行することも可能。しかも十ある特典のうち特典(その5)は『対宇宙用シールド』だ。
「ヴォリュームワンなら、セッセンのタイプゼロを楽勝で叩き落すことが出来るぞ」
「あいつらには翼がないからな。ジャンプして滞空するだけだ」
「でも、月では互角だぞ。こっちは空気のない場所だとブースターを背負わないと飛べない」
完全に趣味の会話となってしまった委員に対し、
「話を最後まで聞け!馬鹿タレが!」
鬼の副総長、セ・シーレ氏が一括する。たちまち静まる雑魚委員。
「いいぞ、幹部・紺。続けたまえ」
コホンと咳払い一つ。紺は続ける。
「万取界だけではない。諸君。情報バックアップは全面的にワールドネット・ターカッタ(インド系)が請け負う!」
「え!あの『なっまえっはー、タァカッタッでっもー、かっかくはー、おってごっろー♪』のターカッタが!」
「まだあるぞ、新進気鋭のツーハン革命、フェリーシーモ(ブラジル系)も我らに賛同し補給の面で全面協力だ!」
「ウォー!」
「え!あの『ふぇりーしーも、ふぇりーしーも、なんでもおやくにたちますよ♪』のフェリーシーモが!」
「……そこのキミ。いちいち大声でテーマソングを歌うのは止めてくれないかね?」
と言うわけで、ツーハン生活改善委員会は遂に実力行使に出ることとなった。