ホテルの大浴場
最近のホテルって、備え付けのテレビにホテル内の情報が映してあることがありますよね。
例えばチェックアウトの時間とか、wifiのパスワードとか、大浴場の混雑状況まで記載してるホテルもあるんですよ。私は数年前まで出張が多い仕事をしてたので、ビジネスホテルはよく利用してたんです。
仕事で疲れた日は、自宅では絶対に味わえない開放感を味わう為に大浴場はほぼ毎回利用してました。
ある日不思議な事に気づいたんですよ、深夜2時に差し迫ると大浴場の混雑状況が男女共に増えてるんです。最初は大浴場の閉まる時間に合わせて駆け込んでる人が多いのかなとか思ってたんですけど、でも私が泊まった日は毎回そうなってるんです。
どうしても気になった私は、チェックインの時フロントで、スマートフォンに撮っておいた、テレビ画面の写真を見せて
「いつも男女とも『混雑』になりますよね?ビジネスホテルなのに、毎日この時間に急に人が押し寄せるなんてこと、あるんですか?」って聞いてみたんです。
私の問いかけに、フロントマンは驚く風でもなく、ただ「あぁ」と小さく声を漏らして。
「昔からそうなんですよ」
業者を呼んで点検してもらっても、システムにもセンサーにも異常なし。不気味ではあるが、営業に問題はないので放置しているらしい。
釈然としないまま部屋へと行き、私も気にしないでおこうと思ったんです。
けれど、一度気になってしまった違和感は、部屋の隅に溜まる湿気のようにまとわりついて離れませんでした。意を決して深夜2時に大浴場へ行ってきたんです。
廊下の奥にある大浴場の暖簾。それが、内側からの猛烈な湯気でゆらゆらと揺れています。そして、聞こえてきたんです。
──ザァァァ……。
──ガタガタ、ピチャピチャ……。
それは、数十人、いや、百人以上の人間が同時に湯を浴び、湯船に浸かり、ざわめいているような、圧倒的な「音の塊」でした。耳を澄ますと、低い男の声も、高い女の声も、子供の笑い声のようなものまでが混ざり合い、一つの巨大な不協和音となって響いていたんです。
当時の私は何を思ったか、浴場の中に入って行ってしまったんですよ。だた脱衣所に入ったとたんピタリと、すべての音が消えました。やっぱり、センサーの誤作動か何かなんだ。
諦めて部屋に戻ろうと、脱衣所の鏡の前を通り過ぎようとした、その時です。
鏡の前に置かれた、デジタル体重計が目に留まりました。
誰も乗っていないはずのその画面に、数字が目まぐるしく表示されていたのです。
【52.5kg】
【68.0kg】
【41.2kg】
【75.3kg】……
数字は、一瞬ごとに、まるで見えない人間が次々と入れ替わり立ち替わり跨いでいるかのように、激しく変動し続けています。私は動揺し走って自分の部屋へて戻り、ベッドでくるまっていつの間にか寝ていました。
翌朝、私は睡眠不足のままチェックアウトを済ませ、あのフロントマンは私を見ても、何も言わず、ただ事務的に領収書を渡すだけでした。
後日、あのホテルについて調べていた所ところ興味深い発見があったんです。
もともとあの土地には木造の共同浴場があったそうです。そしてその共同浴場は昭和20年の空襲の夜、このあたり一帯は激しい爆撃を受け共同浴場は焼失してしまったそうです。
私はホテルに泊まる際、テレビの「混雑状況」だけは、絶対に開かないようにしています。




