【短編小説】福袋
そこに福などあるのだろうか?
服部 黒子は秋口になると店頭に並び始める福袋が不思議だった。
本来なら、あれは売れ残り……年末のセールを生き抜いた選りすぐりの売れ残りを処分するものだ。
残り物には福がある。
そんな言い訳を年始の明るさで誤魔化しているだけ。
それが最近では、年末がチラッと見えた段階でもう予約が始まったり店頭に並べられたりしている。
馬鹿馬鹿しい。
そんな福袋をつい買ってしまう自分も含めて、浮かれた感じがして服部黒子はため息をついた。
別に欲しいものがあった訳じゃない。
何となく、赤地に白抜きで福と書かれたそれを手に取ってしまった。
繁華街ならまだしも、自宅が近づくと福袋を持っ歩く自分がとても浮かれた脳みそハッピー人間に思えてきて恥ずかしくなった。
誰も自分なんて気にしていないのは分かっているのに。
だから自分も売れ残っているのだろう。
以前の恋人たちは誰も福袋を買ったりしなかった。
服部黒子自身も、元旦から福袋を買いに行きたいと思った事はない。
それで良いと思っていた。
色々な思い出が飛び出してくるハッピー状態な脳みそを宥めつつ、自宅のドアを開けた。
部屋の中から疲れた感じのする冷気が這い出てくる。
換気をしたいけれど、寒いからまた今度にしよう。それが積もり積もった部屋の空気だ。
服部黒子は買ってきた福袋を前にして座ると、しばらく眺めた。
これを買った店がどんなところだったか、すでに記憶は曖昧だった。
服屋と雑貨屋を合わせたような、ふわっとした印象しか残っていない。
そこに売られていた福袋は、「すべての幸福、あります」と言うポップが貼られていて、何となくそれに惹かれたのだ。
全ての幸福、とは言ったもののたかが数千円の福袋なのだから入っている幸福だって精々が一万円にも満たないものだろう。
どんな冗談だろうか。気の利いたものを期待して、うん、と頷くと服部黒子は福袋を開けた。
すると服部黒子が開けた福袋からは全ての幸福が飛び出した。
それは世界平和や救いと言った大きなものから、基本的人権や戸籍みたいな子難しく複雑なもの、それに金銭や承認欲求とかセックスみたいなあらゆる幸福だった。
その幸福たちは服部黒子の部屋を満たすと、はち切れんばかりに駆けまわった挙句に窓を突き破ると勢いよく世界中に散って行った。
幸福が出ていった。
ぼんやりと見ていた服部黒子は、赤い福袋の底にとても厭な不幸がひとつ残っているのに気づいた。
病や老い、死などでは無いそれは、今までに見た事が無い不幸であった。
黒々と、だけど室内灯を受けて時折り金色や群青色の光を返す不幸は忌まわしい印象で目を反らしたくなる。
しかし服部黒子は、その不幸と目が合ってしまった。
いや、袋の底に残された不幸に目など無いから、目が合ったと言うのは変かも知れない。
だがそうとしか形容できない感覚なのだ。
服部黒子はその不幸を凝視したまま、これからはこの不幸と共に生きていくのかと思うと途方に暮れた。
むかしの恋人がどこに住んでいたか、曖昧にしか覚えていない。
彼にこれを……。




