第53話 夜
小さく丸まりながらのろのろと晴くんの方を向くと、彼は満足そうに笑った。
顔を見ることはできないし、体は緊張して動かない。
そんな私の背中を、子どもを寝かしつけるようにトントンを叩く晴くん。
そんなことで寝るわけないじゃん……と思っていたのに、ベッドの中で晴くんの温もりについうとうとしてしまう。
晴くんよりも先に寝てなるものかと思いながら、手で顔を擦る。
でも顔を覆った手を晴くんは片手で握りしめ、離してくれなかった。
初めての夜、こんなんでいいのかな。
ネットには男の人がどうしたいか書いてあった。私の乏しい知識でもそういうものだと思っていた。
「は、はるくん……」
「んー?」
「……ごめんね」
「なんでなんで?どうして謝るの?」
「初めての夜って……本当はそういうことを……」
「姫奈乃?大丈夫だよ」
それから何度も大丈夫、大丈夫と言って私の背中を一定のリズムでさすっていた。
その心地よさに私は抗えず、瞼が落ちていった。
「おやすみ。姫奈乃、大好きだよ」
遠くの方で微かに聞こえた言葉と共に、私は夢の中へと落ちていった。
次に目が覚めたのは夜中の3時ごろ。
喉が渇いて起きてしまった。
目の前には晴くんが眠っている。まつ毛が長く、整った顔。
私は腰に回された手をそっとどかして、静かにベッドを抜け出した。
――いや、抜け出す予定だった。
ベッドに腰掛けた時にはパジャマの裾を掴まれていて、降りることができなかった。
「ねぇ、どこ行くの?」
寝起きだからか、いつもに増して低い声。
「ご、ごめんね。起こしちゃったよね」
「それはいいから。何で起きたの?」
「喉がその、だから、あの……」
「お水?」
「う、うん……」
納得したのか、パジャマから離れた手。
それじゃあとベッドを降りようとしたその瞬間、私の肩は跳ねた。
「ベッドにいて。降りないで」
ぶっきらぼうに吐き捨てて、目が合うこともなく寝室を出ていく晴くん。
起こしちゃったから怒ってるのかな?
晴くんの低い声はいつだって甘くって、こんなふうに冷たく言われたのは初めてだった。
男の人の低い声がこんなに怖いなんて知らなかった。
「え、なんでしょんぼりしてるの……?」
コップ片手に戻ってきた晴くんがベッドを揺らした。
「私……その、晴くんを起こしちゃったから」
「何それ……」
大きなため息をついて、顔を覆いながら渡されたコップ。
「ご、ごめんなさい……」
小さな声で謝ると、飲みなよと突き放すように言われた。
もう喉なんて渇いてなくて、申し訳なさから1口飲んで晴くんに返す。
それを晴くんはサイドテーブルに置くと、そのまま私を抱きしめた。
「俺に気を使ってくれたの?っていうか俺が低い声出したからだよね……それでしょんぼりしてるの?」
「……うん。その、ごめんね」
「こっちこそごめん。ほんと、怖がらせたよね。本当にごめん」
「お、怒ってないの?」
「怒ってないよ。ほんと俺が全部悪い。悪いけどさ、マジで……可愛すぎてやんなるわ」
「えっ?」
「俺がちょっとさすればウトウトして、寝顔は可愛いし、つついても起きないし。起きたら俺を起こしたってしょんぼりしてるんでしょ?まあ俺の態度がいけなかったんだけど」
「あ、えっと、晴くん?」
「何回直してもくんで呼ぶし」
なぜか抱きしめられたまま、私たちはベッドに転がった。




