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第45話 潤んだ瞳





 落ち込んだ私は、心の中はぐるぐるしているのに、頭はぼーっとしていた。

 


 私と同じパジャマを着た九条くんが目の前にしゃがみ込んだ時、ようやくそれが一時停止した。

 



「何考えてたの?」


 


 九条くんの質問に「私のこと嫌いになった?」と聞けるほどの勇気はない。


 


「なんでもないよ」


 


 精一杯誤魔化したつもりだったのに、携帯をひょいと取られた。

 

 ロックのかけてない私の携帯の画面には「検索履歴」がそのまま残っている。


 

 それを見た彼は笑いながらこう言った。



 

「可愛いって思われたいんだ」


 


 九条くんの言葉が頭に響く。


 可愛いって思われたいのか?そりゃ思われたい。というか、可愛くないって思われたくない。


 

 でもそんなふうに直球でぶつけられた言葉に、冗談を返せるような余裕はない。


 


 私が返事をしなかったせいで静まり返る部屋。


 もういっそ帰ってしまおうかと立ち上がりかけた時、先に立ち上がった九条くんは私の肩を掴んだ。




 立ち上がることができないとなると、もう下を向くことしかできない。




 ――チュッ。



 

 わざとらしくおでこに落とされた音。思わず視線が上を向いた。




「まだわかんないの?」



「……だって」


 


 さっきまでと違って、キスを恥ずかしいと感じることさえおこがましいのではという気持ちでいっぱいの頭。



 

「じゃあ教えてあげる」



 

 優しい言葉と反対に左手を強く引かれ、無理やり立たされた私。



 

「そんな目しないでよ。教えてあげるからさ」


 


 甘くて低い声は、私の心に響く。


 

 

「潤んだ瞳ってそそられるよね」

 



 そう言いながら私の腰に手を回し、肩に顎を乗せる九条くん。

 

 私たちは抱き合う形になった。



 

「まずさ、晴って呼ぶ練習から始めようか」



「な、な、呼んでる、よ?」



「心の中では?」



「……呼んでる」



「じゃあ晴って言って。ほら、顔見えないから」


 


 確かに私の方に顎を乗せた九条くんの顔は見えないから、視線はもちろん合わない。


 

 でもそれ以上にくっついちゃってる。表情がわからない分、また違った恥ずかしさがある。




「……は、る、くん」



「晴って言って」



「……はるくん」



「晴って言って」


 

「……はる」



 

 肩に乗せられた顎は私の耳のすぐ隣にある。


 九条くん……いや、晴くんの吐息が熱い。


 


「じゃあ次は、目を見て言ってみようか」



 

 なぜか軽く肩を押され、再びソファーに座る私。そして目の前に膝立ちして私の手を握る晴くん。


 


「姫奈乃」


 

「んっ、あ、えっと……」

 


 

 目が合うと、どうしてか口がまわらなくなった。



 

「姫奈乃」


 

「は、は、はる……くん」



「姫奈乃」



「……はるくん」



 

 正解が出るまで終わらないやり取り。



 

「最後のチャンスをあげるね、姫奈乃」


 

「――はる」




 最後のチャンスという脅しに屈したわけではない、と、思う。口早だったが私は「晴」と口にできた。


 


「んー、ギリギリ合格です」



 

 そうやって少しおどけてくれたことが救いだった。

 


 

「じゃあ次のレッスンに進もうか」



 

 今日何度も口から出そうになった言葉が、心の中で大きく叫ぶ。

 

 


「うん、なんて?」




 


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