第43話 匂い
私に死ぬほど惚れたと言った九条くん。
後ろに立つ彼の顔は見えないけど、いったいどんな表情をしてるのかな。
恥ずかしすぎる話は、途中耳をふさぎたいぐらいだった。ドライヤーの音に少し助けられた。
それにまさか九条くんが、こんなにちゃんと私を好きだと思っていなかった。
私にとってはほんとうに些細なことで、覚えてないようなこと。それを見ていてくれた人がいたことにも驚いた。
高級ドライヤーは、あっという間に私の髪を乾かした。
あんなに照れくさいことを言っておきながら、私の横に座った九条くんは余裕の笑みを浮かべている。
「あ、あのさ……」
「ヘアオイルつけてもいい?」
「あ、うん」
「これ結構お気に入りなんだよね」
「そうなんだ。あのね……」
「これで完璧」
「九条くん?」
「あー、ほらまた。まあいいや。姫奈乃が俺と同じ匂いになって、満足したし」
最上級と思われる笑顔で、彼は私の頭をポンポンと撫でて立ち上がった。
「それじゃあお風呂」と言い逃げをして、リビングから出て行ってしまった九条くん。
今度は広いリビングでひとりぼっちになってしまった。
でも、お風呂の前の不安はもうない。九条くんの猛攻のおかげというか、私を無視し話し続けた結果というか。
少しして洗面所のドアが遠くで閉まったのが聞こえた。
私1人だけのリビングはとても静か。
すると今になって「俺と同じ匂い」という言葉が聞こえてきた。
いや、さっき私も思ったけど……改めて言われると恥ずかしさが込み上げてくる。
自分から九条くんの匂いがする。この匂いを私は知っている。
そうだ……これは抱きしめられた時に香った匂いだ。
抱きしめられた時の優しい感覚、甘く低い声、吐息。今抱きしめられているのではというほどに、鮮明なフラッシュバック。
夜景に目をやれば、窓に写る私の服はダボダボ。やっぱり似合わないかな?
緩いズボンの紐をもう一度引っ張り結びなおす。
私はやっぱり九条くんに勝てそうにない。
そういえばこの後九条くんがお風呂から出てきたら、何をするんだろう。
お付き合いしたということは……。
まだ何も決まったわけじゃないのに、良からぬ考えに熱が出そう。
触れただけのキスであんなにクラクラしたのに。
やっぱり恥ずかしい。
でも、もう寝室に逃げることはできなかった。




