第42話 貸し借り
なんとか現実に帰ってきた私は、タオルを巻いてお風呂場を出た。
洗面所の鏡に写る私は、髪の毛から水が滴っているし顔が赤い。
私って普通の女の子なんだよね。
邪念払うようにタオルで頭をガシガシと拭く。
足りないもやもやをぶつけるように、ボディークリームがないので乳液を全身に塗りたくる。
借りたパジャマに頭を通すと、髪の毛から九条くんの香りがした。
なんだか恥ずかしくなって、急いでズボンを履いた。
ゆるゆるのズボンの紐を最大限に引っ張って、蝶々結びにする。
今まで着たどのパジャマよりも肌触りが優しかった。
ドライヤーはどの引き出しにあるんだろう。勝手に開けたら悪いかな。
フェイスタオルを首にかけて、洗面所を出た。
開けっ放しのドアからリビングを覗けば、九条くんはソファーで携帯をいじっている。
多分こちらには気がついていない。
急に声をかけたらびっくりさせちゃうかもしれない。
私は裸足でそっと近づき、上から覗き込んでみた。
申し訳ないことに私の髪から落ちた水滴が、九条くんの顔を濡らしてしまった。
「ご、ごめん」
「ふーん、誘ってるんだ?」
「誘、って?」
「お風呂上がりに僕のところに来て見つめるなんて……誘ってるとしか思えないけど?しかも濡れた髪とか、そそられる」
「ち、ちがく、て……その、ドライヤーを……借りたくて」
「まあまあ、落ち着いてソファーに座ってよ」
私もいけなかったかもしれないけど、そもそも落ち着けないのは誰のせいだと思っているのか。
そしてただドライヤーを借りにきただけなのに、なぜかソファーに座るのか。
まあそんなこと思う間もなく、九条くんは私の手を引っ張って座らせた。
私はそのまま置いてけぼりにされ、仕方なくタオルで髪を拭く。
「おまたせ」
ドライヤーを持ってきて、コンセントにさしてくれた。
「ありがとう」
そう言って受け取ろうとしたのだが、九条くんはひょいと持ち上げて貸してくれない。
「髪の毛は僕が乾かします」
「なんで?」
素直な質問を無視して、九条くんは私の髪に触れる。
「俺はさ、一目惚れしたあともどんどん沼にハマったわけ」
「ぬ、ま?」
唐突な話についていけない。
「チラッとプリント見たら字はめっちゃ綺麗だし」
「えっと」
「女子が藤原さんの手、綺麗だよねーって言ってるの聞こえてさ。ノートの回収に便乗して触ったらすべすべふわふわだし」
「あのー」
「中学3年間同じクラスなんて、ほんと運を使い果たしたと思ったね」
「私の話を聞いて……」
「初めて体育祭の打ち上げで私服見た時、可愛すぎて死ぬかと思ったし」
「な、なんの話を……」
「俺、中学生のとき陸上部で先輩に嫌われててさ。結構悪口とか言われてたわけ。そしたら姫奈乃はなんて言ったと思う?」
「え、いやー、私なんかしたっけ?」
「男の先輩3人相手に、妬み嫉みは見っともないですよって言ったんだよ」
「そ、そうだっけ?」
「まあその先輩が優しくなったりはしなかったけど、悪口は止まったんだよね」
思い返してみればそんなことあった気がしなくもない。
「……多分お兄ちゃんの後輩だったから、言えただけだよ」
9つ上のお兄ちゃんも陸上部で、しかもなぜか人脈が広かった。
ただそれだけ。
「関係ないね。そんな藤原姫奈乃に、俺は死ぬほど惚れちゃったの」




