第34話 ゼロ距離
夜景を眺めていた私がその影に気がついた時、すっぽりと九条に包まれていた。
その温もりに、緊張で固まる体。
「姫奈乃は俺の気持ち、知ってた?」
「九条くんの……気持ち?」
「はーる!」
「は、晴くんの気持ち――私、何も知らない……」
「だと思った」
ゼロ距離の体。それはもう吐息が耳を包み込む近さだった。
後ろから抱きつかれていいるから、九条くんがどんな顔をしているのかわからない。
「あのね、もう10年以上」
「何……が?」
「姫奈乃を好きになってから経った年数」
「わ、私!?」
「中1の時からだから、まだ13歳?子どもだね」
「ほんとに?そっ、そんなにずっと……」
「――わからなかった?」
全然離してくれる気配のない温かさと、ほんのり回ったお酒が思考回路を鈍らせる。
中学生の時から私を好きだった?あのモテモテ九条くんが?私を?
大学卒業まで10年もあったのに、1度だってそんな素振りはなかった。
しかも大学卒業してから3年間、再会したあの日まで1度も連絡を取ったことはない。
九条くんの言っていることがわからない。
頭の中が「なんで」で埋め尽くされていく。
「同じ高校に行ったのも、同じ大学を選んだのも、ぜーんぶ姫奈乃といたかったから」
「うそ」
「嘘じゃない。本当だよ」
「……だって、そんな姿見せなかったじゃん」
「そうなんだよね。俺がどんなにアピールしても、姫奈乃は全く気がつかないんだよ。結構頑張ったんだけど」
「やっぱり、うそだよ……」
「あんなにずっと一緒にいても気づかないなんて、思わず諦めかけたよね」
ちょっと寂しそうな声でそう言うと、九条くんの体が私から離れた。
アピールなんてまったくもって心当たりがない。
確かに誰かを好きになってる様子もなかったけど、まさか自分を好きだなんて……想像したこともない。
何度頭の中で九条くんの言葉を再生しても、どうしてもうそなんじゃないかと思ってしまう。
「1は間違いじゃない?」
思わず口からこぼれた言葉。
「1?何の数字?」
「10年じゃなくて、0年の間違いじゃない?」
本当にそう思う。
まさかその言葉が後ろに立つ九条くんの顔を変えたなんて、気がつかなかないまま窓の外を見つめる。
「信じてもらえないならさ……わからせるしかないよね?」
さっきまでの優しかった声が、突然低くなる。
ビクッと肩が跳ねた私は、反射的に振り向いてしまった。
怖いぐらいに据わった目が、私を捕えて離さない。
そして、ニヤッと笑った九条くんの手が私の背中に回る。思わず後ろへ体が引けたが、もちろん逃げることなんてできない。
嘲笑うように鼻で笑ったかと思えば、私の体が宙に浮いていた。
膝の裏に回された手。
びっくりした私は、つい九条くんの胸元に寄りかかる。それがトドメになってしまったみたい。
「――あー、マジで!そんなことしちゃう?俺もうダメだわ」




