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第30話 期待







 ――ポツンと1人、リビングに残されてしまった私。




 










 何もされなかった……いや、されなかったというわけでもない。


 




 ただ、想像よりもずっと手前で止まったことにホッとしたのもつかの間。








 「――期待した?」








 ハンガーを持って戻ってきた九条くんは、余裕の笑みでこちらを見ている。








 「べ、別に……なんでもないです」




 




 なんならちょっと残念なくらいだ。






 


 ……あ、いや、残念ではないよね。




 私のそんな感情が九条くんにバレていないか不安になったが、見た感じ大丈夫そうでつい小さな息が漏れる。








 とにかく落ち着こう。緊張で冷えた手を温めるようにこすりあわせた。




 




 




「いきなり襲いかかったりはしないって。安心して」






 


 そう言いながら私のコートを、おしゃれな黒いハンガーラックにかける九条くん。




 


 あの日のような狼の目でイタズラに笑うから、もうドキドキを止めることはできなかった。








「お腹空いてるでしょ?パスタでよければ作るけど」




 




 そう言われても、正直お腹なんて空いていない。




 ……もちろんそんなこと言えるはずもなく「お言葉に甘えて」とお願いした。




 




「カルボナーラでいい?」






「はい」






「了解〜」






 


 カウンターキッチンの向こうで手際よく料理を進める九条くん。


 


 惚れてしまう女性がいてもうなずける。








 しかも、私より圧倒的に手慣れた手つきである。つい感心してしまうほどに。


 






「見惚れるほど俺カッコいい?」






「な、あ、や、はい……」






 


 あまりにも九条くんを見すぎた。




 バレてしまったうえに子犬のような顔で笑うから、恥ずかしすぎて思わず手で顔を隠す。




 




「そういえばさ、なんでさっきから敬語なの?」






「あ、いや、深い意味はないのですが、その」






「うん、なんて?」








 私を弄ぶ九条くんに、勝つ方法がまったくもって浮かばない。




 仕方ない、観念しよう。


 






「わ、かり、ました」






「ん?なんて言ったの?」






「わ、かった」






「うん、かわいいね。ついでに晴って呼んでよ」






「いや、でもクリスマスのお願いって……」


 




「だって俺たち、そういう仲になるんだから。苗字で呼び合ってたら変でしょ?」






 


 さらっと言われた「かわいい」に、トドメの「そういう仲」というパワーワード……。




 そうだ、私は鍵を受け取った。






 自分で決めたことだけど、頭からボンッと音が鳴って瞳が潤むのを感じた。




 




「ほら、晴って呼んで」






「……は、晴くん」






 


 これが私の精一杯だった。






 だって10年間も「九条くん」って呼んでたんだよ?




 いや、中1の前半なんて「九条さん」って呼んでた気がするし……。








 ――下の名前で呼ぶなんて、まるで本物の彼氏みたいだ。









30話まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。


ガチガチな女の子×余裕のある男性

いよいよ姫奈乃と九条晴の距離がグッと近づきます。


もっとイチャイチャしてほしいな

と作者と同意見の方はぜひリアクションと評価で教えてくださると嬉しいです。


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