第28話 ぬくもり
夢から現実に帰ってきたのは、駐車場に車が停まってちょっとしてからだった。
バタンとドアの閉まる音がして、私は九条くんが車から降りたことに気がついた。
――到着してしまった。
私も降りなきゃと慌ててドア手に手をかけたけど、それより先にドアが開いた。
「緊張してる?」
九条くんの顔を見上げてみれば、その視線に動けなくなって瞬きをすることしか許されない。
「姫奈乃」
ちょっと強引に引かれた私の手は緊張して冷たいのに、九条くんの手は温かくて、格の差を見せつけられた気がした。
エントランスに向かう私たちの間に会話はない。
自動ドアの前で突然立ち止まった九条くんはくるりと振り向いた。
「鍵、開けてよ」
何度も聞いた甘くて低い声にドキドキしながら、私はコートのポケットから鍵を出した。
しかし手を伸ばしたはいいが、初めて見る鍵穴のないインターホンに体が固まる。
「え、これ……どうやって」
ただ鍵の開け方を聞きたかったと思っただけなのに、突然ぬくもりに包まれた体。
抱きしめられた私の右手を握る九条くん。
「――ここにタッチするの、覚えてね」
首筋にかかる息で心臓がバクバクして、何をされているのか理解できないまま離れたぬくもり。
「ほら、行くよ」
開いた自動ドアが閉まろうとして、手を引かれた私はなんとか歩き出せた。
そして、エレベーターの前で再び立ち止まる九条くん。
「さっ、次はここです」
声はおどけているのに、その視線は熱い。
私はエレベーターのボタンの下にある黒い部分へ鍵をかざす。間一髪、九条くんに手を触れられる前にタッチした。
そう思ったのに、九条くんに重ねられた手で私はエレベーターのボタンを押した。
「惜しかったね。鍵をタッチしたらボタンを押さないと」
イタズラに笑う九条くんのせいで私の頭は完全に停止ししかけた。
エレベーターが開いた瞬間に動いた頭で、逃げるようにして乗り込んだ。しかし当然九条くんも一緒に乗るわけで、状況は何も変わらない。
静かなエレベーターの中で、なぜかピタッと私の隣にくっついて立つ九条くん。ちょっとずつバレないように端にズレても、当たり前のようにくっついてくる。
なんでこんなに上の階に住んでるの⁉って言いたくなるぐらい、全然九条くんの家のフロアに着かない。
やっと開いたドアにいそいそと外に出ると、冷たいビル風が吹きつける。
「寒っ」
そう漏れた声に
「大丈夫、すぐあったかくなるよ」
「なっ……」
――先が思いやられた私は頭を抱えるしかなかった。




