第27話 お姫様専用
「……はい」
――小さな声でそう答えると、九条くんはそっと私の手に鍵を握らせた。
優しい笑みで立ち上がり、私が準備したトートバッグをさらっと持ってしまった九条くん。
戸惑う私はポツンと置いてけぼりで、すたすたと玄関へ行ってしまった。
「お姫様、他に荷物は?」
「え、あ、いや……黒いバックを」
私の返事に、玄関にかかっている黒いバックをひょいと手に取って、ニコニコとしている。
私はまだソファーに座っているのに、九条くんは靴を履いて準備万端だ。
「ほら、行くよ」
さっきまでの甘い雰囲気が嘘だと思えるほどに軽快な九条くんと、唖然あぜんとして動けずにいる私。
自分の出した答えに不安がないわけじゃない。でも、目の前の九条くんを見ていたらそんなこと忘れてしまいそうになる。
大きく息を吸って、私は受け取った鍵を握りしめた。
「コート着ておいで、外寒いよ」
いつだって九条くんは余裕があるように見える。緊張ばかりしている自分がまるで子どものように感じて、恥ずかしさを隠すように茶色のコートを羽織った。
鍵をポケットに入れて、ロングブーツを履こうとしゃがみかけたその時。ブーツへ伸ばした手を優しくつかまれた。
「シンデレラ、靴をお間違えですよ」
シンデレラと呼ばれたのはこれで2度目。あの夜の帰り道「姫奈乃の王子様」と言った潤んだ瞳と声を思い出す。
胸が熱くなって一瞬固まってしまった私。
その一瞬で膝をつき、隣にあるショートブーツを履かせる九条くん。
「こっちの方が似合ってる」
悩んでいたことを忘れさせるほど、今この胸は高鳴っている。
それがなんだか恥ずかしくて、素直になれなかった。
「姫奈乃の王子様でいられるなんて、俺超幸せ者だね」
ドアを開けながらそう目を細めて笑う九条くんには敵わない。ゆでだこのような顔の私は、手を引かれながら階段を降りる。
ふわふわが止まらず足元を見る余裕なんてない。
そのせいでうっかり一段踏み外してしまった。もちろん自業自得である。
「あっぶね」
九条くんが私の左手を掴んでいてくれたおかげで、くるりと回った体。
私は思いっきり抱き着く形で支えられ、階段から落ちずに助かった。
「ご、ご、ごめん!」
「大丈夫?足、挫くじいたりしてない?」
「大丈夫。く、九条くんは大丈夫?」
「俺は合法的に抱き着けてむしろラッキー」
慌てて九条くんから離れたけど、つながれた手が離されることはなくて、申し訳なさを超えて涙が出そうになった。
アパートから徒歩3分の駐車場に停められた車。
やっぱりドアを開けてくれる九条くんは、本当に王子様のようでまぶしい。
「あの、さ。どうしていつもドア開けてくれるの?」
「んー?こんなことするのは、姫奈乃にだけだよ」
「えっ?なんで……」
「だってそこ、姫奈乃専用の席だもん」
頭がショートしてから30分。
九条くんがいろいろ話しかけてくれたけど、何も頭に入ってこなかった。
――それは、まるで永遠のように感じるドライブだった。




