第16話 お願いから命令へ
気まずい私と笑顔の九条くんを乗せた車は、高層ビルの地下に入った。
――駐車場に停まった車。
「姫奈乃」
チョコレートのように甘くて低い声。私はその声を聞くと、つい九条くんの顔を見てしまう。
「ねぇ」
ドサッと助手席に左肘をつき、右手の親指と人差し指でで私の顎をつまむ九条くん。足音ひとつしない静まり返った駐車場。2人きりの車内で、耳に響く吐息が密室空間なんだと私の頭に告げる。
顔を動かせない私は、逃げるように九条くんのネクタイへと視線を落とす。しかしそんな抵抗もむなしく、顎を持ち上げられてしまい再び目が合えばもう逸らすことはできない。
「晴って呼んでよ」
「あっ、いや、な……」
真剣な顔つきで見つめる九条くんの瞳に、私は限界を超えた。
「晴って言って」
「は、はっ……る」
恥ずかしすぎて上うわずった声と、自分でもわかるほどに潤んだ瞳。精一杯の名前呼びに九条くんは満足そうに微笑んで、私の顎から手をそっと離した。
「今はこれで許してあげる」
そもそも「お願い」から始まったはずなのに、いつの間にか「命令」になってない?そう気づくのにはちょっと遅かった。
「じゃあ行こうか」
やっと王子様スマイルの九条くんに戻り、余裕の笑みでこちらを見ているけど、そういえばここはいったいどこなんだろうか。
「あのさ……ここ、どこかな?」
何が九条くんのスイッチになっているのかわからないので、ついつい慎重に聞いてしまう。
「あ、ここ?六本木だよ」
「ろっ、ぽん、ぎ?」
「東京ミッドタウンって知らない?」
「イルミネーション?」
「そうそう、お店もちょろっと出てるみたいだしどうかなって」
「クリスマスグッズの直輸入ショップがあるの!行きたい!」
今年は行けないのが残念だと思っていた大好きなお店。普段はネットで見つめるだけのお店だが、マルシェに出店すると知って行きたいと思っていた。
思いがけない事実に興奮してしまった私は、名前呼びなんてどうでもよくなり、うっかり前のめりに。
「じゃあ急ごう、あと30分で閉まっちゃう」
お店は21時まで。そして現在20時半を過ぎたところ。急げ急げと私たちは駐車場を飛びだした。
――思えばこの時、私たちのクリスマスの歯車が動き始めたのかもしれない。




