第13話 イタズラな笑顔
目をギュッと閉じた私は、とうとう時間が止まってしまったんじゃないかと思った。
体温がどんどん上がって、頭がくらくらする。目を開けることも、ここから逃げ出すこともできない私は固まるしかなかった。
「――なんてね」
パッと離された体。思わず体の力が抜けてヘロヘロと座り込む。……キス、されるかと思った。
「何されると思った?」
想像したことを見透かされた私は、自分の瞳が揺らぐのを感じた。そして私の目の前にしゃがみ込む九条くん。
「藤原さんが望むなら、続きをしてもいいけど……どうする?」
「……いや、えっと、その〜」
悪魔のように微笑む九条くんに頭が回らない私。たじろぐばかりで言葉が出てこない。
あわあわする私を遊ぶかのように見つめるその視線に、沸騰寸前の頭。
しかし今度は打って変わって優しく手を引っ張り、立ち上がった私のおでこをはじく九条くん。
「紅茶、冷めちゃうよ」
私は手を引かれてリビングに戻った。
「あーあ。俺こんなことするつもりなかったのに、藤原さん責任とってよ」
向かいの椅子に座る九条くんは相変わらずニコニコしている。
「わ、私も……そんなつもりじゃ」
言い返そうにも、さっきの九条くんの顔がチラつくと強く出られない。触れられた部分の感覚が残っているのか、体が痺れている。
「うそうそ、本当に何もするつもりはないから、ね?」
遊ばれている私は何も言い返せず頬が膨らむ。そんな私を見た九条くんは、またしても子犬のような顔をしている。
「俺に女の影がないって知ってほしかっただけ」
「まあ、女の人はいなさそうだね」
「でしょ?彼女がいないって信じてくれる?」
「わかったわかった、信じるよ」
あまりに真剣な九条くんに思わず笑ってしまった。私は九条くんの手のひらで転がされている。しかし勝てる気がしない。
「車で送るよ」
マンションの駐車場に移動すると、車に興味がない私でも知っているエンブレムのついた高級車。ナンバー「1225」の黒い車。ドアを開けてくれる九条くんに甘えて、そのまま助手席に座る。
部屋でのできごとがまるで嘘だったかのように、車の中でするのはたわいもない世間話。あっという間に到着したアパートの前で、私が車を降りると「じゃあね」と去っていく九条くん。
たった2日間だったけど、九条くんと久しぶりに会えてよかった。次に会う約束なんかしてないから、もう会わないかもしれないけど。
――ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しく思ったのは九条くんに秘密だ。




