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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第3章 タリアへの道
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第43話 栄光の道


 オラカロンから河沿いに南下を続けると、新緑に覆われていた大地が、少しずつ砂地に移り変わる。

 やがて完全な砂漠地帯に入ると、地平線に小さな影がちらほら見え始めた。


 風に揺れる小山のような輪郭――テントだ。


 旅一座が使うような色とりどりの三角屋根が、一定の間隔で並んでいる。

 小ぢんまりとしてはいるが、砂色の景色の中ではやけに目立つ。



「あれが、エーレ・ロードの通行所でしょうか」



 前方を指さした僕に、アドルフが短く「かもな」と返す。

 それぞれのテントの入り口には、小さな人だかりができていた。

 よく見ると、列の人々が順番に何かを受け取っている。


 誰から提案するわけでもなく、僕たち三人も列の最後尾に自然と並んだ。

 風が吹くたび砂埃が舞い上がり、あちこちから小さなくしゃみが聞こえてくる。



「お待たせしました! こちらがエーレ・ロードの通行記念許可書でございます」


 

 胸元に金のボタンとリボンをつけた女性が、笑顔とともに両手を差し出す。

 渡されたのは、エルディア帝国の国章が刺繍された布製の通行許可書だ。



 守護神ルミナを象徴する太陽の下で、一対の竜が並び立っている。

 首を少し傾けた姿は、空高く輝く金輪を仰いでいるかのよう。

 子どもの頃、母上が読んでくれたエルディア史の絵本にも同じ竜が描かれていたのを思い出す。


 そして、鮮やかな青地の背景に浮かぶ十字架。

 十字架は、帝国への揺るぎない忠誠の証だと父上が話していた。


 それらの模様が、驚くほど細かな刺繍で描かれている。

 記念品以上、もはや芸術作品並みの完成度だ。



「すごい……こんな通行許可書、初めて見ました」



 思わず皇族という身分を忘れて声を漏らす。

 女性は微笑みながら、刺繍を指先でそっと示した。



「エルディアの国章は、太陽神ルミナを二匹の竜が守る姿を象っています。この竜たちは、ルミナの加護を広める守護獣なんですよ」



 子守歌を歌うような声で、女性は説明する。

 刺繍で描かれた竜たちも、どこか誇らしげな表情を浮かべているように見えた。



「エーレ・ロードを通られる皆さまに、ルミナと守護獣の加護があらんことを!」



 女性の高らかな声に背中を押され、僕たちはテントを辞した。

 きっと、彼女は毎日何人もの通行者に何十回と同じ言葉を送っているのだろう。



 ただ、道を通るだけの行為。


 それだけのはずなのに、不思議と神事に触れたような気持ちになる。

 その感覚を得るために、多くの旅人や客たちが通うのならば納得だ。



「僕、自分の足でエーレ・ロードを踏み越えるのは初めてです。今までは、馬車を使って国内を移動していましたから」


「ちょっとした通過儀礼のようでしたね」



 植物学者が、僕と同じ感想を口にする。

 エルディアの紋章入り刺繍を、大事そうに胸に押し当てながら。



「アドルフさんは、よくあの道を通るんですか?」



 一歩後ろにつくアドルフを振り返る。

 寡黙な軍人は、「軍の訓練で何度か」と相変わらず短い言葉を返した。



「軍の人たちにとって、この紋章は特別なものなんじゃないですか?」


「そうだな……この紋章を誇らしく胸に掲げる軍人は多い。紋章は命より重い、と語る者もいるくらいだからな」



 命よりも、重い。

 アドルフにとっても、エルディアの国章は命以上の価値あるものなのだろうか?


 それを本人に尋ねるのは、何となく怖い。

 彼の腰に差した長剣が、僕の疑問に応えるかのようにカラリと音を立てた。



「エーレ・ロード――栄光の道、か。旅の始まりには縁起がいいですね」



 ベンジャミンの言葉に、小さく笑い返す。

 テントの受付嬢の声は少しずつ遠ざかり、やがて砂風に紛れて消えた。




 ◇◇◇



 

 その日の夜遅く。

 僕たちは、エーレ・ロードから最も近い都市――オリンビアへたどり着いた。


 オラカロン滞在が長引いたせいで、少しばかり予定がずれ込んだ。

 それでも、日付が変わる前に宿を確保できたのは、さすが旅人の街というべきだろう。


 僕たちが入った時点で、宿の空き部屋は二つ。

 一部屋はアドルフに譲り、僕とベンジャミンが相部屋を選ぶ。

 長旅の中心を支えてくれている彼への、ささやかな気持ちだ。



「今のところ、野宿なしに宿泊できているのは幸運ですね」



 ベッドへ横になりながら呟く。

 丸椅子に腰かけた植物学者が振り返り、にこりと微笑んだ。

 


「これも、ルミナ神と守護獣の加護のお陰ですかね」



 それもあるかもしれない――が。

 ベッドから起き上がり、マントの中にそっと手を入れる。

 フレアシダーの杖に触れた瞬間、ほんのりと温もりが手のひらに伝わってきた。



『四元素の魔法を操る者には、必ず守護霊がついておる。火の元素魔法を宿すお前に、サラマンダーの守護霊がついているようにな。魔力を持つ以上、守護霊への感謝と敬意を忘れるでないぞ』


 

 シュティルナー師匠の声が、耳の中で静かにささやきかける。

 


 僕は守られている――たくさんの存在に。


 それは、守護霊や守護神のように、目に見えない存在だったり。

 家族や仲間のような、現実に生きる人々だったり。


 皇族という立場である以上、その自覚を手放してはならない。

 守られることが「当たり前」になった瞬間、皇族の価値は地に堕ちてしまう。


 

「……あの、ネイサン」



 椅子に座ったまま、ベンジャミンがふいに体ごと僕へ向き直った。

 眼鏡の奥の瞳が、何か惑うように揺れ動いている。



「ひとつ……伺ってもいいですか」


「どうしたんです、急に改まって。何でもどうぞ」


「あの……ネイサンは」



 続きを言いかけ、植物学者は迷うように言葉を切る。

 それから深呼吸をひとつ挟み、意を決したように口を開いた。



「ネイサンは、エルディア帝国の皇族の方……なのですか?」


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