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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第3章 タリアへの道
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第42話 いざ、タリア王国へ


 魔道具店を出た僕たちは、道端の石に腰かける。

 雑踏に視線を投げていたアドルフが、おもむろに口を開いた。



「お前、あれで良かったのか」



 軍人の硬い声に、僕は顔を上げられない。

 彼が「お前」呼びするのは、主君の言動や振る舞いに怒っているとき。

 そう、旅の中で気づき始めていたから。



「あの短刀は、陛下から譲り受けた伝統の品じゃないのか」


「そう……です。でも」



 研ぎ澄まされた刃物めいた視線が、横顔にひしひしと伝わる。

 深呼吸をひとつして、僕はようやく顔を持ち上げた。



「僕は、自分の判断を信じています……僕には、これが必要なんだ」



 サラマンダーの御守(アミュレット)を、懐から取り出した。

 金細工の精霊に抱かれた紅玉が、燃え盛る炎の輝きを放っている。

 

 僕と同じ火の属性を象るこの守護霊が、「影武者」へ導く力になる――

 そう確信したからこそ、短刀を手放したのだ。


 息の詰まる沈黙が、三人の間を漂う。

 ぎこちない空気を破ったのは、植物学者だった。



「と、とにかく、この街での目的は果たせたわけですし……次の街へ向けて、旅の道順を検討してはどうでしょう」



 ベンジャミンの助け舟に、アドルフが音もなく立ち上がる。



「そうだな。寄り道が増える前に街を出よう」



 ちくりと針を刺すような物言いだが、敢えて何も言い返さない。

 オラカロン入りしたときに立ち寄った通行所を目指し、三人は無言で歩き出す。



「……そういえば、ベンジャミンさんにはオラカロンまでの案内をお願いしていましたよね」



 前方を歩くアドルフとベンジャミンの背中を見ながら、ふと疑問を口にする。

 言った瞬間、二人が同時に立ち止まり、互いに顔を見合わせた。

 先を譲るように、植物学者がふいと視線を地面にそむける。



「……あんたがこの旅にどこまで便乗するか。それを決める権限は俺にはない」



 ぼそりと呟いたアドルフに、ベンジャミンが目を丸くする。

 堅物な軍人はそれ以上語らず、ふいと顔を背けると大股で歩き出した。

 僕はベンジャミンの前方に回り込んで、



「なら、三人でタリアへ行きませんか? 旅の仲間は多いほうが心強いですし」


「わ、私は……二人の足を引っ張ってばかりですが」


「そんなことないですよ。三人集まれば何とかって、異国の格言もありますし」



 僕の強引にも近い説得を受け、植物学者は目を伏せる。

 伸びかけた前髪が眼鏡のレンズにかかり、目元に薄い影を落とした。

 


「……私なんかで、旅のお供が務まるのなら」



 はにかみながらも、ベンジャミンは小さく頷く。

 オラカロンの街を出るときサインした通行許可書には、三人分の名前がしっかり刻まれていた。




 ◇◇◇




「タリア王国を目指すなら、エルディア領をひたすら南下するのが一番早い。途中でエーレ・ロードも通るし、主要な街も点在している」



 オラカロンの通行所を出て少し歩いたところで、アドルフは地図を広げた。

 両側から、僕とベンジャミンが挟み込むように彼の手元をのぞく。



「エーレ・ロードを通るのも、たしか許可書が必要でしたよね」



 エーレ・ロード――通称“栄光の道”。

 その名前は、地理に疎い僕でもすぐにピンときた。

 エルディア初代皇帝が国を築く旅の中で通った道だと、父上から聞かされたことがあるのだ。

 


「正確には、通行証明書だ。立ち寄った記念みたいなものか……まあ、領民からすれば、ただきれいに舗装されただけの道だがな」



 皮肉まじりに言うアドルフ。

 彼が広げた地図に指を這わせていると、エーレ・ロードの南に見覚えのある地名を見つけた。



「エーレ・ロードを少し南下すれば、オリンビアがありますね。今夜はそこに泊まりますか?」



 オリンビアは、エーレ・ロードからほど近い栄えた街だ。

 隣国との境界に近く、旅人が多く立ち寄る都市として知られている。



「オリンビアなら宿には困らないでしょうし、たしか馬車商人も多いと聞きます」



 ベンジャミンの言葉を受け、僕は控えめにアドルフを見る。

 馬はなるだけ使うな――という、父上の仰せを思い出したのだ。

 軍人の相棒は顎に手を当てて少し考え込むと、



「タリアまでの道は長い。馬車商人がいるなら、少しくらい乗せてもらっても文句は言われんだろう」



 そうとなれば、最初の目的地はエーレ・ロードだ。

 当面の旅程が決まり、足取りも少しだけ軽くなった気がする。

 人の多い街を抜けたことで、悠々と歩けるようになっただけかもしれないが。



「――そういえば、タリア王国ってどんな国なんでしょうね」



 平たく舗装された道を歩きながら、誰に問うでもなく呟く。

 答えたのは、右隣に並ぶ植物学者だ。



「西方の生態系についてまとめた図鑑には、砂漠地帯が国の大部分を占めると書かれていました。西大陸の中でも、国土の八割以上を砂漠が占めるのはタリアだけだそうですよ」


「じゃあ、タリアにしかない植物なんかも多そうですね」



 僕の返事に、ベンジャミンはふと視線を落とす。

 何か思案するように、顎に手を当てて黙り込んでしまった。



「……ベンジャミンさん?」


「そういえば、その本に妙なことが書かれていましたね」


「妙なこと?」


「ええ。タリアでは、他国間との植物の輸出入が一切禁止されている、と。たしかに植物の貿易については、世界で一定の規制が設けられています。ですが、その一切を禁じるという国は珍しいなと、記憶に残っていたんです」


「タリアは昔、エルディアやほかの国から植民地支配のため侵略された歴史がある。結局、最後まで抵抗して植民地化は免れたが、そのときから他国間との貿易をほとんど断絶していたはずだ」



 アドルフが隣から会話に加わる。

 二人の話を頭の中で組み合わせながら、ふと思い出したのは魔物狩りの男――ダロドネスとの会話。



『少し前、タリアに密入国者が現れたって噂を聞いた。国境という国境を要塞で固めた国だぞ? どうやってすり抜けたんだか』



 他国との交流を制限し、閉鎖性を保っているタリア。

 そんな国なら、一度潜入に成功すれば、外部からの追跡を断てるかもしれない。

 影武者にとって、リスクはあるがその分の見返り(リターン)も大きいだろう。



 貿易規制、要塞化、神権国家――どの言葉をとっても、タリアへの不穏なイメージが積もるばかり。


 まだまだ輪郭の不透明な部分が多い国へ、それでも僕たちは、一歩ずつ着実に歩み始めていた。


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