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第41話 サラマンダーのアミュレット


「何者じゃ。わしの許可もなく勝手に品物を漁りおって」



 頭上からのしゃがれ声に、三人そろって顔を上げる。

 薄暗い店内の中央で、階上に向かってそびえる短い回廊。

 その最上段から、ローブ姿の老人が僕たちを見下ろしていた。



「あ、あの……あなたが、店主ですか」



 僕の問いに、彼は「いかにも」と頷いてから階段を下り始めた。

 一段踏み出すごとに、カン、カンと重い金属音が響く。

 その間も、店の主は僕たちの無礼に対してぶつぶつと文句をこぼした。



「手袋もせず、素手で貴重書に触れるなど以ての外……おい、その本はちゃんと()()()()()棚に戻すのじゃ。元の位置を間違えるでない。棚一段整理するのに、どれだけ時間と労力がかかることか」



 ようやく床に足を着けた老人は、僕たちをじろりと睨みつけた。

 くすんだ紫色のフードに浮かぶ顔は、不思議とシュティルナー師匠に似ている。

 唯一の違いは、落ちくぼんだ瞼の中にある、白く濁った眼。



 ――もしかして、この人。



「あの……失礼ですが、目がお悪いんですか」



 老いた店主は、白濁した瞳を僕に向ける。



「たしかに、わしの両目は使い物にならん。物理的には、じゃがな」



「物理的?」とアドルフが眉をひそめる。僕にはすぐピンときた。



「魔力で、周囲の気配を感じ取っているんですね」


「お主も同類か。さしずめ、あの性悪な占術師から聞いたのじゃろ」


「えっ、あの女性をご存じなんですか?」



 壁の中で出会った奇妙な女の話をすると、店主は「ふん」と白髭を揺らした。



「誰彼構わず店を紹介するなと、あれほど釘を刺しておいたのに……で、ここに何の用じゃ」


「彼女に言われたんです。街を出る前に、本を逆さに読む男の店へ行けと」


「まったく! 無責任な女め……薄々気づいておるじゃろうが、ここはただの古書店ではない。魔道具を扱う専門店じゃ」



 老人は溜息と不満を同時に吐き出す。相当気難しい性格らしい。

 古書を慎重な手つきで棚に戻したベンジャミンが、おずおずと口を開く。



「ここで売られている書物も、魔道具なんですか?」


「すべてではない。じゃが、お主が無礼にも素手で触れた本は、れっきとした魔法書じゃ」


「えっ。あの本、薬草学のことが書かれていましたが」



 目を丸くする植物学者。老人は枯れ枝のような指で頬を掻きながら、



「魔法植物についてまとめた書物じゃよ。お主、書物に触れたとき何も感じなかったのか」



 ベンジャミンが困った顔で首を傾げる。老人は呆れたように息を吐くと、



「まあ良い……で、少年よ。お主は何を求めにここへ立ち寄った?」



 店主の問いに、声を詰まらせる。

 僕は――果たして「何を求めて」占術師の言葉に従ったのだろう?

 彼女の教えばかりに翻弄され、肝心なことを見落としていたと今さら気がづく。



『自分を操る力をつけなさい。今の坊やに最も欠けているものよ』



 女の声がふと脳裏を過り、思わず尋ねる。



「あの……魔力をコントロールするための魔道具って、ありますか?」



 ローブの中で、店主の頭がゆっくりと持ち上がった。

 瞳を失ったはずの目が、魔道具を鑑定するような視線を僕に向ける。



 ……都合の良い質問だっただろうか。



 胸の中を不安が渦巻き始めたとき。

 彼はふっと僕たちから顔を背け、店の奥へと歩き出した。

 ローブの裾を引きずるたび、床に積もった埃が足跡を示すように宙を舞う。


 しばらくすると、衣擦れの音とともに老人が再び姿を見せた。

 その左手に握られているのは、金細工のペンダント。



「お主が求める魔道具は、これじゃろう」



 眼球よりもやや小さいくらいの血を吸い込んだような紅玉が、金色のサラマンダーに抱かれた装飾。

 窓から差し込む光を反射し、ぞくりとするほど静かな輝きを放っている。



「すごい……綺麗なペンダントですね」


「特殊な魔力を宿した御守(アミュレット)じゃ。持ち主の精神力を高め、魔力を制御する」


「ちなみに……代金は」



 いかにも高級そうな品物だが、これからの長旅を考えると資金を湯水のようには使えない。

 老人は文字通り白い目で僕を見つめると、

 


「少年よ。マントの中にあるものを見せなさい」



 出し抜けに言った。条件反射で「へ?」と返す。

 杖、父上から譲り受けた短刀と日記帳、オルガノ山の麓の宿でもらった小刀。

 マントの中に忍ばせている物を想像し、控えめに口を開く。



「あの……大した物は持っていないですけど」


「この店の商売は、物々交換が原則じゃ。これがほしければ、マントの中にある物を一つ、こちらに渡すのじゃ……そうじゃの、たとえば」



 言葉を切り、白く霞んだ目が僕を睨む。

 僕の瞳の奥に、もう一人の僕の「影」を探すかのような視線。



「――エルディアの紋章が刻まれた、その短刀とかな」



 拳を思い切りたたきつけられたように、心臓がドクリと鳴る。



「……どうして、それを」


「愚図るでない。これが欲しいのか、いらぬのか。早く決めるのじゃ」



 老人の手の中で、金のサラマンダーが僕を睨み上げている。

 父上の顔を思い浮かべながら、震える手でマントの中から短刀を取り出した。

 


「おい、ネイサ――」



 アドルフが止めるより先に、皺だらけの指が僕の手から短刀を奪い取った。

 代わりに、金細工のペンダントがじゃらりと音を立て手のひらに置かれる。



「魔法の力は、金銭だけで得られるものではない。心得ておけ」



 冷たく響く老人の声に、僕は小さく「はい」と返した。

 軍人が舌打ちしながら、一歩後ろへと引き下がる。

 重苦しい沈黙が漂う中、僕たちに背を向けた店主がぽつりとぼやいた。



「刀を振るうばかりでは()に追いつけぬ……時には、影を照らすことも必要じゃ」



 老人にそう言われた瞬間、手のひらの上で微かな熱がじわりと伝わった。

 はっとして、ペンダントに目を遣る。

 

 黄金色に輝く火の精霊は、何事もなかったようにじっとこちらを見上げていた。



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