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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第2章 出会い
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第35話 密入国者の噂


 身を乗り出したダロドネスの肘が、ぐらりとカップを押しやった。

 甘ったるい香りを含んだ湯気が揺れ、今にもテーブルの端から落ちそうだ。

 


「さっきも言った通り、エルディア帝国からの脱獄者について情報を集めてる」


 

 会話の主導権は、アドルフに委ねた。

 ダロドネスはぼさついた眉を片方だけ持ち上げ、半眼でこちらを探る。



「脱獄者ってんなら、よっぽどの罪人だろ。まさか、国家反逆か?」


「詳細は伏せられている。とにかく脱獄者の行方を追い、見つけ次第身柄を拘束せよとの命を受けている」


「ふーん、脱獄者の確保ねえ……で、こいつらもあんたの仲間かい」



 狩人の視線が、真向かいに座る僕と、隣の植物学者を交互に射抜く。

 アドルフは僕らを見もしないで、



「そいつらは、旅の道中で偶然出会った。目的地が同じ方向なので便乗しているだけだ」



 ベンジャミンはともかく、僕の正体がエルディア帝国皇位継承者であるとは、口が裂けても言えない。

 アドルフ即興の設定に、僕たちは無理にでも合わせるしかなかった。



「脱獄者の捜索なんて、賞金稼ぎあたりの仕事だろう。帝国軍の軍人さんが、どうしてまたそんな命令を受けたのさ」


「余計な詮索に付き合う気はない」


「つれねえなあ……まあいい。脱獄者かどうか知らねえが、妙な噂なら耳にしたことがある」



 濁った灰色の眼が、僕たち三人を順に見回す。



「ここから南へ下った先に、タリア王国って国がある。帝国の侵略を受けていない神権国家だ」


「神権国家?」



 聞き馴染みのない単語につい問い返す。

 ダロドネスは「ああ」とゆっくり頷くと、



「神の名のもとに支配された国。国を統治するのは、預言者やシャーマンと呼ばれる怪しい連中だ。そうした連中が自ら王を名乗って国を動かしているのさ」



 王自らが神の名を語り、神の信託を受けて一国を統べているというのか。

 俄かには信じがたいが、ダロドネスの口調は至って真面目だ。



「で、その国が脱獄者とどう関係する」



 アドルフが続きを促すと、赤ら鼻の狩人はアマルディアーノで喉を湿らせる。



「少し前、そのタリアに密入国者が現れたって噂を聞いた。国境という国境を要塞で固めたような国だぞ? どうやってすり抜けたんだか」


「その密入国者が、エルディアからの脱獄者かもしれないと?」



 鋭い目つきになるアドルフ。

 ダロドネスはひょいと肩をすくめると、



「さあな。ただ、脱獄者と密入国者の時期が妙に近いとなれば……ま、無関係とは言い切れねえな」



「その、密入国者の見た目とか、分からないんですか。子どもとか大人とか、性別とか。どんな服装をしていたとか」



 矢継ぎ早の問いに、ダロドネスは怪訝な目で僕を見返す。



「噂話の域を出ねえよ。ただ――薄汚れた身なりのガキだったとか。どっかの孤児院から逃げてきて隠れたんじゃねえかって話もある」



 子ども……それがもし、僕と同じ年頃なら。



 影武者の少年たちは、僕と同じように魔法使いの才覚がある。

 彼らが脱走し、他国で身を隠しているのなら、変化魔術で外見を誤魔化しているはず。



 だが、影武者の魔力には父上が強い制限をかけた。

 彼らが自らに変化魔術を使うとき、年齢と性別だけは変えられない。

 つまり、どんな姿に化けても「十四歳の少年」であることは隠せないのだ。


 だとしても、魔力を持たない者よりは要塞突破の難易度は格段に下がるだろう。



「タリアへ行くとすれば……南へ真っすぐ、だが距離は相当だな」



 アドルフが、いつの間にかテーブルの上に地図を広げていた。

 男四人、肩を寄せて紙の上へ影を落とす。



「ただ真っすぐ行くだけなら、そりゃ簡単さ。“魔物の臓物”みたいな山やら地獄みたいな道がなけりゃ」



 狩人はヒヒヒ、と喉の奥で笑う。

 オルガノ山の記憶が蘇ったのか、ベンジャミンが顔を引きつらせていた。



「タリアまでの旅路は未知数だ。臓物なんて可愛く思えるほどの魔境もあるかもしれんぞ」



 ダロドネスもアドルフも、二人して恐怖を煽らないでほしい。

 植物学者はすでに顔面蒼白、今にも椅子ごと倒れそうだ。



「まあ、タリアへ行くなら覚悟しておけってこった――で、そろそろ聞かせてくれよ。“魔物の臓物”であんたらが遭遇したモンスターの話をさ」


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