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第33話 旅人ギルド


「悪いな、兄ちゃん。あんたの求める情報は、ここにはねぇみたいだ」



 大男は分厚い肩を持ち上げて、さっと手を振る。

 用がないなら出ていけ、という合図か。


 ほかの男たちも、余所者への興味を失ったかのように談笑へ戻る。

 酒と笑い声が、再び小屋の空気を満たしていく。



「アドルフさん、出ましょうか。あまり歓迎されていないみたいですし」



 隣から、ベンジャミンの細い声。

 アドルフは室内をひと睨みしてから、無言で踵を返した。

 ギルドの新入りを追い出すように、背中へがさつな笑い声が飛ぶ。



「――はあ。確かに、僕らには場違いでしたね」



 外へ出た瞬間、肺に溜まった息がどっと放たれた。

 濃い酒に汗の臭い。そして、異分子を排除するような緊張感。

 ギルドの異質な雰囲気に呑まれ、呼吸すら忘れていたようだ。



「入っただけの収穫はあったさ」



 ひとり道の端に立つアドルフは、余裕めいた表情。

 腕を組み、淡く目を細めて小屋のほうへ視線を向けている。



「えっ? でも、みなさん何も知らないって」


「ほら、よく見てみろ」



 顎で示された方向へ目を向ける。

 ギルド支部所から、男が一人出てきた。

 特徴的な猫背と、赤く酒焼けした鼻に覚えがある。



「あの人……大樽に座っていた方ですよね」



 暗がりの奥で、仲間の輪にも入らず一人で酒瓶を傾けていた男だ。

 丸めた背中に、古びた矢籠を背負っている。



「大男が脱獄者の話をしたとき、あいつだけ表情が変わらなかった」


「じゃあ……彼は何か知っている?」


「さあな。本人に直接尋ねるのが一番だ」



 腕を解き、アドルフがさっと歩き出す。

 その後を僕とベンジャミンは慌てて追いかけた。




 ◇◇◇




 猫背の男は、人や馬車の間をするすると抜けていく。

 後方を全く警戒せず、迷いのない足取り。

 たしかな目的先があるのか。


 僕たちは、人波をかき分けながら男の後を追い続けた。

 アドルフの高い背は、人混みの中でも目印になり心強い。



 やがて、人の壁が払われ開けた道に出た。

 男は突き当たりを右に逸れ、細い道へ入る。

 その後を追うかと思いきや、アドルフはぴたりと足を止めた。



「……俺らを誘い込むつもりかもしれん」


「え? でも、この路地を抜けたらまた大通りに出るはずです」



 僕の言葉に、アドルフはゆっくり首を横に振った。

 その瞳には、かすかに警戒の色が滲んでいる。



「路地の中で俺らを待ち伏せている可能性がある」


「び、尾行に気づかれたのでは……」



 ベンジャミンの不安を、打ち消す者はいない。

 引き返すか、踏み込むか。

 与えられた選択は、二つに一つだ。



「よし、俺が路地に入る。お前たちはここで待機だ」



 アドルフの決断に、僕は間髪をいれず「危険ですよ!」と返した。



「相手は武器を持っていますし、どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないのに」


「それはお互い様だ。そもそも、狭い路地じゃろくに剣も振れん」


「けど……アドルフさんばかり、危ないところへ一人飛び込むなんて」



 愚図(ぐず)る僕の頭を、軍人の大きな手がぽんと叩く。



「それが俺の役目だ。旅の初日に言っただろう」


「ですが……」



 なおも食い下がっていると、ベンジャミンの声が静かに割り込んだ。



「ネイサン。今は、アドルフさんを信じましょう。私たちもここで待機しますし、何かあればすぐ呼んでくれますよね?」



 後半の問いは、アドルフに投げられたものだ。

 軍人は指先で頬を掻きながら、小さく頷く。



「それじゃ、決まりだな――ああ、そうだ」



 路地に靴先を向けたところで、アドルフはおもむろに腰へ手をやる。

 鞘に収まる長剣をベルトごと外し、僕へ差し出してきた。



「これは預ける。どのみち、こんなものを街中で振り回せば悪目立ちするからな」


「でも、相手が武器を出したら」


「剣がなきゃ戦えんほど未熟じゃない……ベンジャミン、荷物を」



 小さくよろめきながらも、植物学者は大荷物を両手でしっかり受け止めた。



 手渡されたベルトと剣は、想像以上にずしりとした重みがあった。

 大荷物も背負いながら、これをいつも軽々と腰に巻いているのか……。



 アドルフが負う責任は、きっとこの剣以上に重い。


 その重さも知らず、僕は彼をあまりに頼りすぎているのではないだろうか。



 路地へ踏み入っていく背中を、黙って見守る。

 見守ることしかできない自分が、やはり無力に思えてしまう。


 

 アドルフさんを信じましょう――植物学者は、そう言った。


 自分の無力さばかりに目が向く僕は、彼を心から信じきれているだろうか。

 今、自分の中でその答えは出せないままだ。

 

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