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第32話 商業都市オラカロン


 予定では、オルガノ山を越えた次の日には、オラカロンへ到着するはずだった。

 

 けれど、山で消耗した(主に僕の)体力を、たった一晩で回復するのは無理だと判断。

 結果、宿での滞在が一日延びてオラカロン到着もずれ込んでしまった。



「旅なんて何が起きるか分からんのだ。予定なんて風次第さ……むしろ、無事で下りたことを喜ぶんだな」



 軍人の口調は至って穏やかだった。

 彼が先を急いだのは、旅程の遅れを気にしたからではない。

 あの山に長居する危険を、誰よりも早く見抜いていたからなのだ。



 汚れた服を洗い、温かい食事に胃袋も満たされた。

 そうして、滞在二日目の朝に宿を発った僕たちは、昼過ぎにはオラカロンの城壁を目に捉えていた。




 ◇◇◇




 エルディア帝国きっての商業の街・オラカロン。

 街へ入るには、通行管理所で許可証を受け取らなければならない。



「初めて知りました。オラカロンへの出入りに許可証がいるなんて」



 カードを光に翳すと、日付とサインが浮かぶ。

 街の住人以外の通行者は、カードの記入が義務。

 二人以上なら、代表者が人数分を署名。街を出るときも同様だ。



「オラカロンには、重要文化財の古城や建造物も多い。何より、ここは商人の街だからな。違法取引を防ぐ意味もあるんだろう」


 

 アドルフの言葉に「なるほど」と頷く。

 大規模な商業都市ほど、出入りする商人も多い。

 そこで違法な商売が横行すれば、街の繁栄にも影が落ちる。



「さて。物資の調達はエミュンカラで済ませているし、ここで買うものはさほどないな」


「水と食料くらいでいいですね。そのあとは、どうします?」



 周囲を見渡していた軍人が、脇道に軒を構える木造小屋を指した。

 街の者か流れ人か、男たちがひっきりなしに出入りしている。



「あそこへ寄ってみよう。ギルドの支部だ」



 ギルド――商人や職人などの同業者で結成された互助組織。

 オラカロンでは、特にギルドの影響力が強いと噂に聞く。



 僕たちが入ったのは、赤い三角屋根が目立つ山小屋のような建物。

 片足だけのブーツを彫った看板が、扉に打ち付けられている。

 

 アドルフが扉を押し開けると、野太い第一声が僕たちを出迎えた。



「あんたら、見慣れねえツラだな」



 カウンターで酒を呷っていた大男が、入口に立つ僕らをじろりと睨んだ。

 丸太のように逞しい腕に、酒瓶が不釣り合いに小さく見える。


 大男の声に、室内の視線が一斉に入口へ向いた。

 男たちは一様に屈強な体躯で、武術の猛者(もさ)揃いといったところか。

 刃物めいた冷ややかな目つきは、新参者を歓迎している風ではなさそうだ。



「何だか、完全に場違いじゃないですか」



 植物学者の肩が縮こまる横で、アドルフは怯まず堂々と室内に踏み込んだ。



「初めてオラカロンへ来た者だ。情報を求めて寄らせてもらった」



 低めのよく通る声が、小屋の中で響き渡る。

 その立ち居振る舞いで、彼が軍人かそれに近い立場だと見抜いたのか。

 大男はカウンターに酒瓶を置き、身体ごとアドルフに向き直った。



「情報、ねえ。一体何を探りに来たんだ」


「潜入して情報を盗む気はない。ここは旅人のギルドだろう。俺たちも同業者だ」


「え……アドルフさん、どうしてここが旅人のギルドだと」



 見上げた僕に、軍人は呆れた眼差しを向ける。



「建物の入り口に看板が出ていただろう」



 片足のブーツが刻まれた、あの丸い木製の?



「ギルドの支部所には所属先を示す看板が設置されている。片足のブーツは、旅人ギルドの象徴だ」


「その通り。ギルドの常識くらい覚えとけ、坊や」



 僕をじとりと睨んで、大男はアドルフに目を戻す。



「で、どんな情報がお望みだ。中身によっちゃ、高くつくぞ」


「最近、ヴァルノーヴァから脱獄者が出た。それらしい者を見なかったか」



 脱獄者――影武者たちのことを、アドルフはそう呼んだ。


 事実、彼らは監獄から抜け出してヴァルノーヴァの外へ逃亡した。

 城のどこかにあると言われている、秘密の牢屋。

 強力な魔術がかかった空間から脱出して、自由の身となった。


 だが、その自由はむしろ、地獄への入り口だ。


 僕は城から解放された彼らを追い、討伐しなければならない。

 自分と同じ顔を持つ影を――自らの手で、狩る。


 アドルフの「脱獄者」という言葉が、胸に重くのしかかった。



「脱獄者? 知らねえな……お前らはどうだ」



 マント越しに武器を背負った男たちは、互いに顔を見合わせる。

 ほとんどの者は、無言で首を横に振るだけだった。



 ただ一人――部屋の端で、椅子代わりの大樽に腰かけていた男を除いては。


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