第31話 再会
視界が白く弾け、思わず目を細めた。
杖が震え出し、その振動が右腕にも伝わる。
やがて、魔力が杖に吸い込まれる感覚。
腕が痺れ、放たれる光が次第に弱まっていく。
もう、限界だ――意識が断絶しかけた、そのとき。
――サーン……ネイサーン!!
耳に飛び込んだ声が、失いかけた意識を引き戻す。
アドルフと……ベンジャミンの声!
光が霧散し、腕から力が抜けた。
崩れそうな膝を踏ん張りながら、周囲をぐるりと見渡す。
「アドルフさーん! ベンジャミンさーん!」
応えるように、遠くで地を踏む足音。
やがて、薄霧の中からゆっくりこちらへ近づいてくる二つの影が見えた。
「ネイサン! 無事か!」
懐かしい声を聞き、安堵感が胸を満たした直後。
僕の意識は、霧の中へ完全に引きずり込まれた。
◇◇◇
――いい子ね、坊や。仲間を見つけたのね。
柔らかな女の声が、どこからか語りかけてきた。
額の上に、指先のかすかな温もりを感じる。
生ぬるい吐息が耳元を撫で、声がささやいた。
――もう、大丈夫。ひとりにしないわ。
――あなたの仲間も、一緒に連れていってあける。
連れて行く? 一体どこへ……
次の瞬間――
目の前に焼けただれたグーラーの顔が現れ、血の滴る牙をむき出しにした。
◇◇◇
「……サン……ネイサン!」
叫びとともに、瞼の奥で女の幻が砕け散る。
恐るおそる両目を開くと、丸眼鏡をかけた青年がこちらをじっとのぞきこんでいた。
「ネイサン! 目が覚めましたか?」
「あ……ベンジャミン、さん」
名を呼ばれた植物学者は、くしゃりと顔をほころばせる。
「よかった。丸一日眠り続けていたので、心配したんですよ」
僕は首をそっと動かし、上へと視線を持ち上げた。
見慣れない天井から、見慣れないランプがぶら下がっている。
「丸一日……」
「昨日の夜、オルガノ山の麓から少し離れた村にある、この宿に着いたんですよ」
「あの山を、越えられたんですね」
「ええ。ネイサンのおかげです」
鼻からずり落ちかけた眼鏡を指先で持ち上げ、植物学者がにっこりと笑う。
「そんな……僕は、何も」
「謙遜しない。あの強烈な光、ネイサンが魔法で放ったのでしょう? アドルフさんも驚いていましたよ」
「あ……そういえば、アドルフさんは」
「風呂に行っています。一日中山を歩き回って、三人ともひどい有様でしたから」
両肘をついて、ゆっくりと起き上がる。
胸元までかぶせた布団をめくると、服にはまだ泥や砂がこびりついていた。
「さすがに、風呂場まで担いで裸にするわけにもいかないので」
試しに腹筋を使い、上半身を動かしてみる。
だが、すぐに力が抜けてベッドから転げ落ちそうになった。
ベンジャミンが慌てて僕の右肩を支える。
「急に動かないほうが。まだ体力が戻りきっていないんですよ」
「そうだ……光の魔術を使ったときも、意識がなくなりかけて」
「魔力の使い過ぎだと思います。あるいは――」
ふと口を閉ざし、細い顎を撫でるベンジャミン。
その横顔には、学者らしい賢さと思慮深さが浮かんでいる。
「山の魔力による影響かもしれません」
「山の魔力?」
「オルガノ山には、強烈な魔力が宿っていたはずです。何しろ“魔物の臓物”ですから……その山の魔力とネイサンが持つ魔力がぶつかり合って、魔力の均衡が崩れたとも考えられます」
つまり、僕の魔力は山の魔力に負けたのか。
そもそも、二つを比べること自体がおかしいのだ。
分かっているのに、理性より感情が勝ってしまう。
――悔しい。
魔力が足りないのも、魔力を制御しきれないのも。
すべてが、自分の実力不足なのは明らかで。
それを、否応なく目の前に突きつけられたようで。
拳に力が入り、布団がくしゃりと音を立てる。
「……ネイサン」
傍らに座るベンジャミンが、静かに告げる。
「私もアドルフさんも、あなたに救われたんです。あの光がなければ再会できなかった――ありがとう」
ガラス玉のような瞳が優しい光を湛え、僕を見る。
口を開きかけたものの、返す言葉はうまく出ない。
そのとき、錆びついた音を鳴らしながら部屋の扉が開いた。
「なんだ、ネイサン。起きたのか」
湯気の名残りを纏い、さっぱりした身なりのアドルフが立っていた。
ベンジャミンは椅子から腰を上げると、
「では次は私が風呂を。ネイサンは無理せずに」
軽く目配せして、植物学者は扉の向こうへ消える。
彼の残した「ありがとう」が、暗い胸の奥に小さな灯をともした。




