第22話 魔法生物の襲撃
「インプです!!」
叫ぶより早く、インプの群れが一斉にアドルフへ襲いかかった。
まとわりつく魔法生物を振り払うように、軍人は勇ましく大剣を振るう。
だが、左右に描かれる鋼の弧は標的を虚しく掠めるばかり。
インプたちは、金属を引っ掻くような不愉快な声で嘲笑っていた。
「インプは低級モンスターですが、毒があります! 気をつけて!」
そう叫ぶ間にも、今度は僕とベンジャミンへ数匹のインプが突進してきた。
一匹がベンジャミンの灰色の頭へ飛びつき、小さな両手で髪を引っ張る。
気弱な植物学者は涙目になりながら、必死に手を振って追い払おうとした。
その悲鳴を楽しむように、インプはけらけらと笑い声をあげている。
インプ自体は、魔力も知力も低く、悪戯好きな魔法生物だ。
だが、その牙には毒がある。
噛まれてしまえば最後、半日間は動けない。
毒を仕込まれる前に早く追い払わなければ――
「ああっ、私の眼鏡がっ!」
インプの一匹が、ベンジャミンの顔から眼鏡をするりと奪い取った。
おもちゃでも見つけたように、くるくる振り回して笑っている。
視界を失ったベンジャミンは足を滑らせ、泥の上へ尻もちをついた。
「くそっ! こいつら何匹いるんだ!」
アドルフの剣先が空気を裂き、一匹のインプを薙ぎ払う。
だが、どこからともなく次々と増援が飛び出し、三人に襲いかかる。
早くインプたちを追い払うか、あるいはその動きを止めなければ――
魔物たちを一掃するなら、風魔法が手っ取り早い。
けれど、魔力を帯びた突風がアドルフやベンジャミンを巻き込む危険がある。
なら、動きを封じるか?
難しくはないが、そうなると今度は――
「……ええい! 迷っている暇はない!」
覚悟を決め、杖を上空へ向けて振り上げた。
〈プロイベロ・モーベル!〉
詠唱と同時に、すべての生命体が動きを止めた。
◇◇◇
なめし皮のような体をしたインプたちが、宙で固定されている。
手足や尻尾だけがゆらゆら揺れ、舞台上で突然止まった操り人形のようだ。
――インプの攻撃は、ひとまず止まった。
あとは……
「おい! 一体何が起きた!」
アドルフが頭上で剣を構えたまま怒鳴る。
泥道に座り込んだベンジャミンは、口だけをぱくぱく動かしていた。
「か、身体がまったく動きません……金縛りに遭っているような……」
「みなさんの動きを一時的に止めているんです」
虚空に向けていた杖を、ゆっくりと下ろす。
「今発動させたのは、制御魔術です。あらゆる生命体の動きを止めることができます」
「すべて……ということは」
呟いたベンジャミンに、「そうです」と頷き返す。
「すべての生命体には、もちろんアドルフさんやベンジャミンさんも含まれています。本来はインプだけを対象にするべきなのですが、僕はまだそこまで習得できていなくて……」
「ちょっと待て。じゃあ俺たちは一生ここで止まったままなのか」
声を荒げたアドルフに、「いいえ」と静かに首を横に振る。
「制御魔術があるなら、もちろん解除魔術も存在します。それを、特定の対象にのみかければいいんです」
そう言って、僕は泥に倒れ込んでいるベンジャミンへ杖先を向けた。
〈ディ・メーテル〉
ベンジャミンの身体がわずかに震え、片手が泥の中から持ち上がった。
それから恐る恐る起き上がり、自分の泥だらけの姿を見下ろす。
「すごい……さっきまで全身が固まっていたのに!」
僕はにっこり笑い、今度はアドルフへ杖を向けた。
解除術の呪文を唱えると、空へ掲げられていた剣がようやく下ろされる。
自由の身となった軍人は、肩で大きく息をしてから剣を鞘へ戻した。
「まったく、魔法ってのは便利なんだか不便なんだか……で、こいつらはどうする」
アドルフの視線につられ、頭上を見上げる。
宙づりにされたインプたちが、滑稽な表情で僕たちを見下ろしていた。
「解除術をかけない限りはあのままです。でも、魔術の効力は永続しません」
「そのうち術が解けるってことか……なら、さっさと撤退するまでだ」
アドルフはインプとの抗戦で、あちこちかすり傷だらけ。
ベンジャミンは全身が泥にまみれ、ほとんどゴーレムのようだ。
それでも、今は気にしている余裕はない。
三人は泥道に足を取られながらも、隊列を立て直し、再び山道を進み出した。




