第19話 新たな仲間
「オラカロンまでの、道案内だと?」
渋い顔のアドルフに、僕はにっこり頷く。
「目的地までの地理に詳しい人がいれば、最短で行けますからね」
「だからって、こいつがオラカロン周辺の地理に詳しいとは限らないだろう」
アドルフから指さされた眼鏡の青年は、おずおずと口を開いた。
「オラカロンなら……何度か行っています。あそこでは珍しい古書が取り引きされていますし、道の途中には貴重な薬草が生息しているエリアもあって」
「ほら、名案でしょう!」
両手を叩く僕に、アドルフが呆れた視線を投げる。
眼鏡の青年は背中をピンと正して、
「私でよければ、ぜひお供させてください」
二人から期待の眼差しを向けられ、アドルフは深いため息をついた。
◇◇◇
「え、ベンジャミンさん、ミヴエル出身じゃないんですか?」
オラカロンまでの新たな旅の仲間――植物学者のベンジャミン・マルコムは「はい」と頷く。
「以前は、リベルタ大公国で父と暮らしていました。母は早くに亡くなりまして」
エルディア帝国の南に位置する、リベルタ大公国。
父上――エドワード・デュラン・オスカイネンの従弟にあたる、レオナルド・デュラン・オスカイネン太公が統治している。
父上と太公は、犬猿の仲だと風の噂では聞いているが……その実情は定かではない。
「リベルタ大公国も、学術都市が多いですよね」
「ええ。リベルタには父の研究仲間も多く、そうした機関も充実していました」
「では、そこからミヴエルに移住したのは……」
ベンジャミンはふと口を閉ざし、視線を落とす。
灰色の伸びかけた前髪が目元にかかり、暗い影をつくった。
「お前ら、喋ってる暇はないぞ。夕暮れにはオルガノ山の麓にさしかかる。それまでに宿を見つけられなければ、野宿決定だ」
「え……今“オルガノ山”って」
アドルフの言葉に、植物学者は目を丸くする。
「恐怖の山と恐れられ、そこから生きて戻った旅人はいないという……お二人とも、あの山を越えてオラカロンへ向かうおつもりで?」
「さっきも言ったはずだがな」
「ちょ――ちょっと待ってください!」
ベンジャミンが立ち止まり、素っ頓狂な声を上げる。
「あの山には世にも恐ろしい魔物が棲んでいると、風の噂で聞きました。武術や武技の達人でさえ、魔物の餌食になってしまうと……そんなところに、たった三人で突っ込むなんて無謀です!」
「俺たちは、二日後にはオラカロンに着いておかなきゃならん。オルガノ山を突っ切るのが最短ルートなんだ」
「ですが、そんな死に行くような真似をしなくても」
「そう心配しなさんな。俺たちの武器は剣だけじゃないからな」
アドルフが、自分の肩よりも低い位置にある僕の頭を、ぽんと叩く。
余裕めいた軍人の顔を、ベンジャミンは唖然と見つめていた。
◇◇◇
幸いにも、オルガノ山の麓――正確には、山道の入り口からかなり手前の位置に、旅人専用の小ぢんまりとした古宿を見つけた。
聞けば、宿の主人もまた、過去には旅芸人の一座として世界各地を廻っていたという。
「山の噂を聞いてもなお、山越えをしようとする命知らずはいるものじゃ」
三人も座れば窮屈なテーブルに、スープの入った丸皿が並んだ。
どろりとした乳白色の液体の中で、一口サイズの肉と青野菜が浮いている。
「わしは、そういう輩を足止めするつもりはない。すべては己の責任じゃからな。むしろ、そうした強者が去り行く背中を見送ることが、最近では唯一の楽しみじゃわい」
宿経営者の老人は、長く伸ばした顎髭を撫でながら笑う。
アドルフの「悪趣味だな」という呟きは、窓を揺らす風音にかき消された。
「このスープに入っている野菜……もしかして、イダカキコモ草ですか。滋養強壮と傷の治癒力を高めてくれるという」
スプーンで野菜をすくうベンジャミンに、老人が「ほお」と目を見開く。
「お主、若いのに詳しいのぉ。これはル・ポルネアというスープ料理じゃ。ここへ立ち寄る旅の者には必ず出しておる。ま、冥土の土産というやつじゃな」
笑えない冗談を飛ばした老人に、一応の礼を述べてからスープに手をつける。
スープはざらつきのある舌触りだが、肉は程よく柔らかい。
薬草の苦みもなく、素朴だが温かい味に、旅の疲れがじんわりとほどけていくようだ。
その夜、三人それぞれ一部屋で眠れるという贅沢に感謝しつつ、僕はテーブルの上で手帳を開く。
旅の初日は、心身ともに疲れ果ててページをめくる余裕すらなかった。
暗がりの中、ページに羽ペンを走らせる。
青白い光の文字が、紙上にするりと現れた。
『旅の二日目。“魔物の臓物”と恐れられている山を目指す。エミュンカラで新たな旅の仲間と出会う。薬草に詳しい植物学者。日暮れには、山の麓へ到着』
そこまでペンを走らせたところで、猛烈な眠気が襲ってきた。
耐えられず、手帳を閉じる。
そのまま布団にもぐり込むと、いつの間にか夜の中に意識が飛んでいた。




