第101話 イアンのやらかし
しばらくの間、一週間の内訳がコピー人形との訓練を五日・冒険者を一日・子爵邸模擬戦一日の日々が続いた。
「今日は、子爵邸に行く日だね。調子はどう」
人形ジョン『そうですね。団長や副団長からも一本とれるようになりましたから、今日も頑張ります』
「でも、最近は団長たちとは対戦していないからなあ」
人形ジョン『私たちが団長たちと対戦するのを不快に思う団員がいるので仕方ないです』
「私たちは、団長たちのコピー人形がいるから、それで良しとしよう」
子爵邸の訓練場では、ジョンと私で分かれて団員たちと模擬戦をしている。
対戦相手は実力が上位の人たちとすることが多い。
「これから模擬戦を開始する。始め」
団員たちは、貴族の三男・四男が多い。
次男は、長男の補助や予備として家の仕事をしている。
三男・四男は、いずれ家を出るので、文官や騎士になるしかないのだ。
上位の人は、騎士の戦い方が多い。
なので、型通りで、きれいなフォームで戦う。
相手の戦い方も見たいので、すぐには決着をつけない。
キンキン、カンカンと打ち合いが続くなか、背後から近づいてくる気配があった。
本来ならば、一対一の模擬戦の途中で誰かが入ってくることは無い。
それは、マナー違反になるし危険な行為だから。
相手が貴族で騎士団員なので、こちらから攻撃はしない方がいい。
ただ、近づいてきただけだと、後から難癖を言われるかも知れない。
確実に攻撃してきたと分かった時点で反撃すればいいのだ。
私の背中をとらえたと確信したのだろう、「ウォー」と叫びながら打ち込んできたので、振り返り反撃の開始である。
相手がマナー違反をしたのだ、手加減などしてあげる義理などない。
私が殺気を出しながら攻撃にかかると、審判役の人から「止めなさい」大声で叫ばれた。
それは、私に対してなのか団員に対してなのかは分からない。
流石に、頭は狙えないので、首から下を狙い思い切り叩く。
肋骨などを砕けさせるわけにはいかないので、脇腹や腕、足を狙う。
身体を攻撃せずに、剣だけを叩き落とすこともできたが、私は、とっても良い性格をしているのだ。
それでも、あまり攻撃しすぎると後が怖いので、適当に痛みを与えたところで剣を叩く。
近くに落とせば、拾ってまた攻撃してくるかもしれないので、遠くに飛ばした。
相手の首筋に剣を突き付ける。
それでも、「参りました」とは言わない。
相手を結界で包んでから、ゆるめのウインドスピンをかけて、遠くまで転がしてやった。
そのまま転がしては、怪我をするかも知れないからね。
私は、なんて優しいのだろうか。
邪魔者が居なくなったので、対戦相手と続きをしよう。
対戦相手のところまで戻るが、なぜか固まったまま。
しばらく相手をジッと見るが動かないので、審判役の人を見る。
「中止だ。中止!!!」
「あなたは、何をやっているのですか」
「何をとはなんでしょう」
「イアンに対してですよ」
「先ほどの乱入者のことですか」
「そうだ」
「対戦中にルールを無視し攻撃してきたので、反撃しただけですが」
「あそこまでする必要はないでしょう」
「あなたならば、すぐに剣を落とせたはず」
「それは、私に手加減をせよと」
「騎士道精神の無い卑怯者に、なぜ私が手加減をしないといけないのですか」
「それは・・・」
「ここの騎士団には、騎士道精神はないのですか」
「その騎士道精神とはなんだ」
「勇気、忠誠、名誉、誠実、礼節のことです」
「特に武術を嗜む者は『礼儀にはじまり礼儀で終わる』この理念が大切だとされています」
「その精神が無い者に対して、なぜ私が礼儀をかく必要があるのでしょうか」
「・・・・・」
団長と副団長が近づいてきた。
「部下が申し訳ない事をした」
「我々の監督不行き届きだ。これからは徹底して鍛え直す」
頭を下げてきた。
「団長も副団長も頭を下げてはいけません」
「何を言うか。部下の不始末は上司の責任だろう」
「それならば、頭を下げるのが当然だろう。お前は相手を選べと言うのか」
「分かりました。謝罪は受け取ります」
「ですが、私からは謝罪はいたしません」
「なっ!!!」
「団長たちが謝罪しているのに、あなたは謝罪しないのか」
「ですから、なぜ私が謝罪する必要があるのですか」
「叩きのめしただけでは飽き足らず、あんな方まで飛ばしたではないか」
「あれでは、どれだけ怪我をしたか」
「結界で包んで、ゆるいスピンで転がしたので大丈夫です」
「近くに居たら、また攻撃してくるかもしれないので、遠くに飛ばしただけです」
「嘘つくな。結界で包むなと聞いたこともない」
「それは、あなたが知らないだけでしょう」
「ならば、近くに行って確認するといいです。まだ、結界はあるはずですから」
審判役の人は、飛ばされたイアンの方に走って行った。
確認が出来たのか、走って戻ってきた。
「確認しました。結界らしきもの、プニュプニュしたものに包まれていました」
「ほう、それは面白い。結界が使えるのも凄いが、プニュプニュもしているのか」
「そうです。クッションの代わりです」
「それは、私にも出来るのか」
「そうですね。結界魔法か風魔法が使えれば、出来るかも知れません」
「要は、イメージです」
「試しに、ここに出すことは出来るか」
「構いませんよ」
プニュプニュの野球ボールくらいの大きさの玉を浮かせた。
「うぉー、これがそうか。本当にプニュプニュするぞ」
最初に副団長が触り、団長、審判役の人たちが触りだした。
そうなると、周りでピリピリしていた団員たちも、触りたそうに近づいてくる。
「皆も触ってみるといい」
団員たちがワラワラと集まってきた。
邪魔になるので、私は少し離れることにする。
「うぉー」「スゲー」「なんだこりぁ」と騒がしい。
「これは、是非ともやってみたい。どうすればいい」
「うーん、そうですね。風魔法ならば小さなボールをイメージして、その中を空洞ではなく、ゼリーとかをイメージすると出来やすいかも知れません」
「そうか、まずはボールを作り、中にゼリーか」
「うーん、うーん」と唸りながら、何度も試している。
「おっ、出来た」
流石は、副団長。この短い時間でもう出来たのか。
しかし、ボールをつつくと、「パン」と音をたてて、弾けてしまった。
「強度が足りなかったのですね」
「外側のボールに強度を持たせるといいと思います」
「そうか、強度も必要なのか」
また、「うーん、うーん」と唸りながら試している。
出来ては突き、出来ては突きを繰り返している。
プニュプニュまでは完成したが、強度で苦戦している。
副団長でも難しいのかな。
「わぁー、出来たぞう」
団員の中から、そんな声がしてきた。
「わあ、すげえお前」
「なんだよぉー。お前に出来たんなら俺にも出来るはずだ」
団員のなかにも魔法が得意な人が居るんだね。
そんな感じで、私たちがワイワイ、ガヤガヤしていると、子爵がやってきた。
「何をしているんだ、お前たちは。模擬戦をしているんじゃないのか」
「あー、これはですね。アンが結界を作りそのなかがプニュプニュしているので、皆で試していたのです」
「なんだそれは、俺にも見せてくれ」
私が作った玉がまだ浮いていたので、それを触りだした。
「おー、これは凄いな。こんな玉は見たことが無い」
「ええ、そうなんです。結界魔法か風魔法で作れるようなので、皆でやっていたのです」
「えー、なんだよそれ。ずるいじゃないか」
「俺にも教えろ」
「まずは、小さなボールを作り、その中にゼリーがあるようにするんです。それで外のボールは強度が強くなるようにイメージします」
「なんだよ。えらい難しそうに言うな」
「いえ、これが一番イメージし易いはずです」
今度は、子爵が唸りだした。
中々難しいので出来ないようで、私の作ったボールをグニュグニュ触りだした。
散々、触って満足したのか、集中してイメージして、ボールを出したら、プニュプニュが出来上がっていた。
「うおー、出来たぞ」
「これだろ。これでいいんだろ」
副団長が軽く突いても割れない。
グニュと掴んでも割れない。
「流石は、お館様。もう出来たのですね」
「そうだろう。俺様にかかればこんなもんだ」
腕を腰にあてて、自慢げにしている。
「ところで、模擬戦をしているはずなのに、なんでボール遊びしていたんだ」
子爵がそう言うと、急に静まりかえり(シーン)となった。
「なんだ。どうした。何かあったのか」
「それが、イアンがやらかしまして」
今までの経緯を説明しだした。
「そうか、そんなことが」
私に向き直り、頭こそ下げないが、「部下が済まなかった」
「いえ、もう団長様と副団長様から謝罪はされましたから」
「でも、子爵閣下からの謝罪も受け取りました」
「そうか、ありがとうな」
「皆、整列しろ」
それまで、バラバラだった団員たちも一瞬で整列した。
「お前たちのなかには、団員でもないジョンとアンと対戦するのがいやな奴も居たかもしれない」
「だが、騎士だけで訓練するのと、冒険者も交えて訓練するのでは成果が変わってくる」
「どうしても、騎士たちは型にはまった戦い方になってしまう」
「お前たちが戦う場合は、騎士とは限らない」
「相手は、素人、冒険者、盗人と様々だ」
「そんな時に騎士の型しか知らなければ、戦えないかもしれない」
「日頃からそのことをどうするべきか考えていた」
「そんな時に、ジョンやアンと出会った」
「見てすぐに只者ではないと感じた」
「だから、その場で模擬戦を申し込んだ」
「結果は思った通りだった」
「彼らは、まだ経験は浅いが強い」
「戦い方も、俺の知らない太刀筋だ」
「だが、きちんとした型だった」
「たぶんだが、いくつかの型を混ぜているのだろう」
「だから、これはお前たちが訓練するのに、いい相手なんだ」
「お前たちは、色んな型の経験が出来るからだ」
「それが身につけば、もっと強くなれる」
「どんな奴とも戦えるようになる」
「俺は、そう思ってお前らにも合わせた」
「だが、冒険者とは戦いたくないと言うならば、これからはしなくていい」
「俺だけが、ジョンとアンとやる」
「俺は、当主でもあるが、冒険者でもある」
「俺は、もっともっと強くなりたいからな」
「お前たち、お館様のお気持ちが分かったか」
「「「「うぉー」」」」
凄い声だ。地響きのようだよ。
「ところで、お館様は、騎士道精神をご存じですか」
「なんだ、それは」
「アンが申しておりまして」
「勇気、忠誠、名誉、誠実、礼節のことだそうです」
「特に武術を嗜む者は『礼儀にはじまり礼儀で終わる』この理念が大切だとされているようです」
「ほう、素晴らしいな。アンは誰に教わったのだ」
「ジョンです」
「武術を嗜むものは、この理念をかかげ行動するようにと」
「そうか、そのように素晴らしい理念ならば、我が騎士団でも取り入れよう」
「皆も聞いていたか、これからはこの理念を心掛けて行動するように」
「今後は、訓練開始の時にこの理念をかかげよう」
「アン、この理念を使わせてもらってもいいか」
「はい、素晴らしい理念ですので、是非広めてください」
「じゃあ、そろそろ俺も模擬戦をしよう」
「残念ですが、旦那様、今日の予定時間は過ぎております」
「ささ、執務室に戻りましょう」
「えー、それは無いだろう」
「俺は、まだやっていないんだぞ」
「玉を作れたので良しとしましょう」
「そりゃないぜ」
子爵は、家令に連れて行かれた。
可愛そうとは思うが、これも仕方ない。
人形ジョン『では、私たちも帰りましょう』
「そうだね」
「本日もありがとうございました」
一礼して、帰ることにする。
【アリソン子爵 side】
「イアンは、どうしている」
「一週間の謹慎を言い渡しました」
「そうか、まあ妥当だな」
「なぜ、あんな事をしたか聞いたか」
「負けたことに、納得が出来なかったようです」
「騙し討ちしたことは」
「対戦中に後ろから襲い、実力が無いことを示したかったようです」
「はぁ、馬鹿だよなぁ」
「ジョンやアンの実力が分からないのか」
「自分に自信がありすぎて、他者を観察することができないのでしょう」
「相手を見極めることが出来なければ、今以上に進歩することは出来ないのにな」
「今回のことで、どう転ぶかだな」
「そうですね。良いほうに転べばいいのですが、そればかりは分かりません」
「アンがイアンを叩き潰すときは見ていたのか」
「ええ、アンは、イアンが近づいてきたことに、すぐに気がついたようです」
「それで、イアンが近づいてくるときは何も反応せずに、剣を振り上げて確実に攻撃して、始めて反撃にでました」
「ハハ、流石はアンだな」
「近づいただけならば、後から言い訳がたつ。そこでアンから攻撃を仕掛ければ、アンが悪いことになりかねない」
「よく見ているな」
「ええ、本当に。イアンが確実に攻撃してきたことを確認すると、すぐに振り返り、殺気を出しながら脇腹、腕、足と打ち込んできました」
「アンならば、すぐに剣を叩き落とせたはずですが、イアンにも思い知らせたかったのでしょう」
「それでも、頭と肋骨は攻撃せずにいましたから、それなりには気を使ったのでしょう」
「でも、それだけではなく、遠くに飛ばしたのだろう」
「ええ、近くにいたのでは、いつ反撃されるか分からないので、遠くに飛ばしたようです」
「それも、結界で包んでから飛ばすとは、優しいじゃないか」
「ふふ、優しいと言えるのかは分かりませんが」
「アンとは、離れていたので確実ではありませんが、無詠唱でした」
「ほう、それはまた、凄いな」
「ええ、本当に。結界魔法が使えるのも珍しいですが、それをあんな風にアレンジして使うとは、恐れ入りますよ」
「そうだな。アンたちには、まだまだ、隠し玉がありそうだ」
「うちの専属にしたいが、無理だろうな」
「たぶん、無理でしょう」
「ここに来るだけでも、譲歩していると思います」
「それから、アンの言う、騎士団精神も凄いよな」
「ええ、この国では聞いたことが無いと思いますが、どこの流儀なのでしょう」
「立派な理念ですよ」
「アンたちの型も、知らないし」
「だからといって、我流ではないな」
「それぞれに、きちんとした型があるようだ」
「そうですよね。あれだけ使いこなせているってことは、相当基礎を叩き込んでいるはず」
「まだ、16歳ですよ。それに魔法も使えるとは、末恐ろしいです」
「ああ、敵対したくないな」
「結界のプニュプニュも教えてくれたしな」
「あれも、ひとつの技ですから、教える必要などないのですがね」
「ジョンも何も言わなかったし、同じ考えなのか。ジョンの教えなのか」
「あの二人の関係性も不思議です」
「完全な指導者でも無いようですし」
「そうだよなぁ。あっ、そういえば、最初にここに来た時に応接室ではアンがソファに座っていたが、ジョンはアンの後ろに立っていた」
「えっ、そうなんですか」
「ああ、今思い出した」
「そうなると、ジョンはアンの護衛か」
「それだけでもないような。家令のような従者のような」
「そうか、従者かもしれないのか」
「ますます、何者なのか、分からなくなりました」
「我慢だ、我慢」
「こちらが不利にならなければ、調べたりするなよ」
「はい、心得ています」
「今のところは、問題のない人柄ですな」
「ええ、あんな事があったのに、帰るときはきちんと礼を言い一礼してかえって行きましたから」
「それこそ、騎士道精神ってやつじゃないか」
「まあ、詮索はしないが、時間があるときにギルマスにでも、それとなく聞いては見るよ」
「そうですね。その程度がいいでしょう」




