トラブルの予感で御座います。
シエルはぼんやりと考えた。
どうして私を散歩に誘わないでアルルさんを誘うのだろうか。
一緒に眠ろうって言ったけれど、いつになったらお呼びが掛かるのだろうか。
「おはようございます」と言って行けばアルルさんがすでに寝室にいる。
「お休みなさい」と言って行けばアルルさんと旦那様は楽し気に話をしている。
アレンがシエルの部屋に来て仕事の話をしていれば、入って来てそこに座り熱心に話を聞いているアルル。
そして時々「こうすればいいのでは」などとアドバイスをする。
シエルは露骨に嫌な顔をするがアルルは涼しい顔でアレンに言う。
「アレン様。看護が終わったら、私を修道院に返さないでアレン様の秘書にしてくださいませんか? 私、すごく役に立つと思いますよ」
― はい?
思わず彼女をガン見するがアレンは「うん。それはちょっと考えて置こう」などと言う。
心の中でため息を吐くと「あ、でも、シエル様が嫉妬なさるかしら」とさらりと言う。
シエルは顔を赤らめて下を向く。
アレンは微笑んで「アルルみたいに幼稚じゃないから。私のシエルは心が広くて優しい人だから嫉妬などする訳がない」と言った。
「何ですって? 誰に看護をしてもらったのですかしら? 1か月も付きっきりだったですよね」
言い返すアルル。
「アレン様は戦場の黒豹なんて言われていますが、甘えん坊さんで大変でしたのよ。奥様。奥様の前でもそうなんですか? それとも私の前だけ? 看護師だから甘えていたのですかね?」
アルルは無邪気に言う。
―旦那様が甘えん坊なんて知らなかったわ……。
シエルはアルルの言葉に苦笑いをするしか無かった。
そんな事をぐずぐずと思い出している自分の事も嫌になった。
◇◇◇◇
その内、シエルは朝食に顔を出さなくなった。
昼も領地視察と言って弁当を持って家を出て行ってしまう。
流石にこれはおかしいと思ったアレンはシエルに尋ねた。
「どこか具合でも悪いのかい?」
そう言ったアレンにシエルは薄く微笑んだ。
「あまり食欲が無いのです。それに仕事が忙しくて……。レナル川の土手の」
「ああ、それで家にいないのか。レナル川の視察に一人で行っているのか? 危険だから一人では行かないでくれ。もう少し経てば私も同行できる」
「一人では無いから大丈夫です。岸辺の村に王都の国土農政部から派遣されて来ている役人がいますから。前回の大水で損害を受けたので国から派遣してくださったのです」
シエルは答えた。
「国土農政部?」
「はい。今度紹介しますね。農業や水防に付いて研究をしていらっしゃるようです。ずっと村に泊まっていますよ。堤防工事に関してはその方達が監督をしてくださっています」
「そうか。……気を付けてくれ。君は私の領地には無くてはならない人なのだから」
アレンはそう言った。
シエルは複雑な思いでそれを聞いた。
― 領地に無くてはならない……か。
アレンは部屋を出て行こうとした。
ふと振り返ると「夜の営みはもう少し待って欲しい」と言った。
アルルは傷が完治するまでは夜の営みは控えて欲しいとアレンに言ったらしい。
その話をアレンから聞いてシエルは顔から火が出る思いだった。
そんな事まで相談しているの?
別に営みなんか無くても、一緒に眠るだけでいいのに。
彼はもう私を抱いて眠ろうとは思わないのだろうか?
そう思った。
しばらくぼんやりと空を見ていた。
ふと机の上の請求書に目をやる。
王都から取り寄せた布地の代金だ。
名義はアレンになっている。
「こんなに……? 領地の財政は厳しいのに……。そう言えば、アルルさんが何着かドレスを作ったって言っていたわ。
このセザンヌ衣服店というのは今まで取引は無かったと思うけれど、どこから探して来たのかしら……旦那様の部屋に行って昔の資料を見なくては」
シエルは内ドアを開けて夫婦の寝室へ向かった。
と、そこにアルルが横になっているのが目に入った。
シエルはびっくりした。
思わず立ち止まった。




