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黒豹では無くて黒犬の間違いで御座います。

誤字報告有り難うございました。


がたごとと粗末な馬車が道を走る。


小さな窓だけが付いた罪人護送用の馬車である。

馬車はただの箱である。クッションの付いた椅子も無ければ寝る場所も無い。

横になると車輪の揺れがもろに体に伝わる。体中が痛くて仕方が無い。

アルルはその中でひとり不貞腐れていた。

馬車は北の辺境、紛争地へ向かっている。

アレンの温情でアルルは北の修道院へ送り返される事になったのだ。

馭者台の二人はアレンの兵士である。

「ねえ。お願いだからこの縄を解いて」

アルルは小窓から言った。

「駄目だ」

兵士は言った。

「解いてくれたら素敵なサービスするから」

「馬鹿め。そんな事をしたら俺達がアレン様に殺される」

兵士はそう言うと、アルルが何を言っても返事をしなくなってしまった。

アルルは諦めて箱の隅に蹲った。


◇◇  ◇◇


地下牢に閉じ込められた次の朝。

兵がプレートにパンと水だけを持って来た。

アルルはそれを貪る様に食べた。

殺されるとは思わなかった。アレンは「命の恩人」と言う言葉に弱い。

きっと北へ送り返されるだろう。

まあ、いい。


あのベッドから出て来たアレンを見た瞬間、一気に熱が冷めた。

何なの? この男? こんな可愛らしいベッドに寝ちゃって。 それも妻のベッド。信じられない。妻を恋しがって枕でも抱き締めていたのかしら?

うわー! 30過ぎの男が? ヘンタイ? キモい!

黒豹などという異名を取るくせに、これでまるで犬では無いか。

妻を前にしてぶんぶんと尻尾を振る大きな黒犬。

涙目で不在の主人を恋しがる大型犬。

猫ですら無い。


あんな男に取り入って、愛人になってやると思っていた自分が馬鹿みたいに思えた。

「どこが黒ヒョウだっつーの。有り得ねえし。中身はめちゃくちゃ女々しい男だろーが。全く男の風上にも置けない位のヘタレだ」

「次だ。次。次を探す」

アルルは気持ちを切り替えた。


少し経つと足音が聞こえた。

アレンの足音だ。

現れたアレンはマントを身に着け、旅の格好をしていた。

長かった髪をすっきりと切って惚れ惚れとする様な凛々しい姿だった。

目を奪われたアルルは思わず自分に言い聞かせる。

「これはまやかしだ。実体はあのヘタレのヘンタイだ。こいつは恰好だけの意気地なしだ。ヘナチョコ野郎だ」

ぶつぶつと呟くアルルにアレンは言った。

「アルル。お前は縛り首だ」

「えっ……」

アルルはびくりとした。

まさか、まさか。

「刑はすぐにでも執行されるだろう」

アルルは真っ青になった。

「アレン様。どうか、どうかお慈悲を……。二度としません。二度と顔を見せません。どうか命だけは……」

アルルは鉄格子に駆け寄ると涙を流した。

「駄目だ」

アレンは冷たく言った。


「そんな……命の恩人の私を縛り首などにするなんて……あなた様はそれでも人間ですか!」

突然怒り出す。

アルルは泣き叫びながら怒ったり哀願したりする。

そんな事を果てしなくやっていたので喉が枯れてげほげほと咳が出た。

喉が裂けるほど泣き叫び、もう声も枯れた。

枯れた声で哀願し続ける。


じっとそれを見ていたアレンが言った。

「だが、お前が言う様に俺は命の恩人を自分で縛り首にするのはどうも気が進まん」

アルルは虚を突かれた。

最初からその積りだったのだ。

何て人が悪い。悪すぎだろう! こんなに人に謝らせて!

ヘンタイのくせして!

むかむかとしてくる。


「だから、お前を北の修道院へ帰す。お前みたいな盗人の毒婦を我が領地へ置く事は出来ぬからな。

お前の罪状を全て記した書状を兵に持たせる。お前の処遇は北の修道院とガランド副司令官に任せるよ。お前の看護師としての腕が惜しいなら彼等はそこでお前を使うだろう。罪人の印をつけてな。だが、お前は汚い策略で貴族を陥れようとした盗人だから危険だと思えば、ガランド副司令官は切り捨てるかも知れん。または蛮族の住む森に捨てるかもな。どちらでも俺は構わん」

「な、何ですって?」

「俺はお前を罪人として北の修道院へ送り届ける。どうやってシエルへの手紙を手に入れたかは分からないが、通信部には二度とそんな事が起きない様に書いて置いたから、お前に手紙を渡した奴は処罰されるだろうよ」

「そ、そんな」

アルルは真っ蒼になった。

そんな事になったら生き地獄を見るかも知れない。

蛮族の森に捨てられたりしたら……。


「ああ、お慈悲で御座います。私の過ちはお見逃しください。たった一度の過ちで御座います。これからは心を入れ替えます。どうかお慈悲を!」

そう言ってぎゃんぎゃん騒いだ。

「馬鹿か。縛り首を見逃したんだ。それだけでも有難いと思え」

そう言うと後ろに控える兵に言った。

「エルド、サム。この毒婦をさっさと連れて行け。胸糞悪い。ちゃんと北へ送り届けろよ。ガランド副司令官から受け取りの書状をちゃんと貰って来ないと貴様らは粛清されるからな」

「分かっております。殿。必ず」

二人は頭を下げる。

アレンは首をくいっと動かした。

「連れて行け」


牢から出されたアルルは喚いた。

「ちょっと私の荷物はどうなるのよ!」

「もう馬車に積んである」

「作ったドレスは!」

「ああ、あれはバザーに出品するよ。宝石は売り飛ばす」

「何ですって! このヘンタイ男。みんなに言い触らしてやる。妻のベッドでめそめそと泣いていたって!」

「ふん。夢でも見ていたのか? 俺は黒豹だぞ? 誰が信じる? そんな話」

「とんだ黒豹だよ。黒猫の間違いだろう? この残念野郎!」

「二度と我が領地へ来るな。見付けたら速攻首を刎ねる!」

「今度討伐に来たら毒をもってやる!」

「馬鹿め。俺の左腕はもう剣を握れない。肩から上に上がらないからな。俺は兵役を免除される。もう恩給が支給される事に決まった。国の厚生部から通知が来た。二度と討伐には行かない」

アルルは罪人馬車に押し込められた。

小窓から顔を出して唾を吐く。


「呪ってやる。お前もシエルも。お前達には二度と子供は授からない! いい気味だ!」

「……おい。馬車ごと火にくべろ」

アレンは凍る様な声で言った。

「はっ」

部下が松明に火を付ける。

もう一人が馬車の下に藁を敷く。

「殿。いつでも」

「ひっ!」

アルルは顔を引き攣らせる。

「嘘です。嘘です。ご免なさい。お許しください。お子様が生まれる様に神に祈ります」

「地獄に落ちるお前になんか祈って欲しくない。寧ろ祈るな。俺達の事は忘れろ。それだけだ」

「分かりました。分かりましたから~。御免なさい。お許しください」

「ふん。早く行け。目障りだ」

「はっ」


馬車ががらがらと出立した。

それを見送る家人達。

そしてアレン。


アレンは用意していた馬車に乗り込む。

騎乗の従者が付き従う。

「では ロサ村へ行って来る」

「行ってらっしゃいませ。お気を付けて。シエル様に宜しくお伝えくださいませ」

家人一同は深々と頭を下げた。


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