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揺れる心で御座います。

ロサ村の村長の家がシエルの定宿である。

そこに迎えの馬車が来た。

馭者台にいるのはカイルとシェーンだった。

「行ってらっしゃいませ。シエル様」

村長夫妻が見送りをする。

「行ってきます。誕生祭の間は帰らなわ。稲という作物をよく見学して来たいの。出来たら少し分けてもらって来るわ」

シエルがそう言うと「分かりました。どうぞお気を付けて」と頭を下げた。

「行くわよ。アンナ」

「はい」

シェーンと一緒に過ごせるとあってアンナはにこにこ顔だ。

馬車が出発した。



シエルは清々しい気持ちで馬車からレナル川を眺めた。

こんなにさっぱりした気分は久し振りだった。

あの悶々と悩んだ日々をレナル川に流してしまおう。

レナル川はとんでもない災害をもたらすけれど、やはり命の川だと思った。

これを制御し、これを生かす。

それこそが私の生涯を掛けてやるべき事かも知れない。

そう思うと体中に力が漲った。



アルルさんと旦那様は今頃どうしているだろうか?

その思いがちくりと胸を刺す。途端に空虚な思いが胸いっぱいに広がる。

さっきまでの意気込みがぷしゅっと音を立てて縮んで行く。

まるで風船の様に。


教会の生誕祭に一緒に行っているのだろうか?

そうしたら、領民にもアルルさんが愛人だと思われてしまう。

そこまで常識外れだとは思わないけれど……。

きっとステファンが何とかしてくれるでしょう。

シエルは天秤の様にあちらこちらへ揺れ動く心を抱えながら馬車に揺られた。


◇◇◇◇


一方で教会の祈祷に顔を出したアレン。

神父にお布施を渡し、夫婦が揃っていない事を謝る。

彼は感謝しながら布施を受け取る。

「シエルは村の村長に呼ばれましてね。堤防工事の事で。生誕祭は申し訳が無いがあちらの教会で祝うと言っていました」

「それは残念ですが、仕方がありません。しかし、ご領主様がようやくお戻りになられた。これで奥様もほっとした事でしょう。これからはお二人揃って領地経営に専念する事が出来ますね。……お子様は残念でした。しかし、これからまた授かる事が出来ますよ。ええ、必ず出来ますとも。私は微々たる力ながら、それを毎日神に祈っております。ご領主様あってのこの地ですので」

と言ってくれた。

その言葉が温かく心に沁みた。

「有難う」

アレンは心から感謝した。


「ミサの後でご相談が御座いますので、お声をお掛け致します」

そう言って神父は去って行った。


領地の人々が頭を下げて、アレンの手を取る。

「お怪我をなされたとお聞きしました。もう宜しいのですか?」

「ああ。有難う」

「今日はシエル様は度一緒では無いのですか?」

「妻はレナル川の堤防を視察に行っている」

「先頃はシエル様が病人の為に高価な薬を買い求めてくださったのです。本当に有難うございました。お陰様で息子は元気になりました」

「それは良かった」

等々。

次から次に声を掛けられる。

シエルのお陰で領地を留守にしていたアレンまですっかり人気者になっていた。武骨なアレンも笑顔が浮かぶ。


ミサが終わってバザーが始まった。

神父がにこにこと笑ってながらアレンを応接室へ迎える。

「バザーは盛況だな」

アレンは言った。

「はい。お陰で孤児院の子供達に肉を食べさせてやる事が出来ますよ。子供達もこの日の為に一生懸命に準備を手伝ったのですよ」

「そうか。それは良かった」

神父は顔を曇らせた。

「ところで、昨日いらしたあのアルル様と仰る看護師の方は、ご領主様の秘書と伺っておりますが……?」

「ああ、失礼した。あの女性はただの看護師だ。秘書でも何でも無い。彼女の言った事は何もかも妄想だ。取り合わなくていい」

「そうですか。ああ、ほっとしました」

神父はさも安心したと言う風に言った。

「孤児院の食事を減らせとか、教育は必要ないとか、あまりにもシエル様と真逆の事を仰るので、どういう事なのだろうと思っていたのです。ご領主様からの寄付が途絶えてしまいますれば、孤児院も経営難になってしまうので心配しておったのですよ」

「それに孤児の世話をする女性も恵まれない暮らしをしておりますれば、人員を減らして仕事を失くしてしまうとそれらの者が暮らしていけません」

「主に寡婦や母子家庭の親などですからねえ。家が貧しくて働きに出ている若い娘や息子もいます。孤児たちが勉強するのを聞いて一緒に学んでいる若者もいますよ。僅かな給金ですが、それでもそれを失う訳には行きません」

神父の言葉にアレンは答えた。

「済まない。余計な心配を掛けた。何もかも今まで通りだ。それを誓うよ」

神父はほっとして「有難う御座います」と頭を下げた。

「慈悲深いロイド伯爵夫妻に神のご加護があります様に」

そう言って十字を切った。


アレンはふと思い付いた。

「ところで、神父。孤児院では看護師は必要ではないかな?」

「看護師ですか?」

「そうだ。腕だけはいいぞ」

「……もしかしたら、あの方ですか? アルル様……」

「そうだ」

「そうですねえ……」

神父はちょっと考えた。そしてはたと思い付いた。

「孤児院では間に合っておりますが、修道院の方で募集しておりますよ。なんせ、修道院は病院も兼ねておりますから。修道院の方へ声を掛けて頂く方が宜しいのでは?」

その言葉にアレンは頷いた。

「そうか。そうだな。気が付かなかった。是非そうしよう。帰りに修道院へ寄って行こう。いや、感謝する。それはいいアイデアだ」

アレンは気分よく立ち上がった。

神父もほっとした顔で立ち上がった。


その後、アレンはシエルを助けてくれた産婆の家に行って話を聞いた。

老齢に差し掛かった産婆は領主がやって来た事に驚き、畏れ入った。

そしてまた次があると言って励ましてくれた。

アレンは産婆に謝礼をして家に戻った。



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