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やって来た看護師

前後に騎馬の兵を従え、一台の馬車が屋敷に入って来た。

ロイド伯の旗章である黒い竜がぱたぱたと風に揺れる。

御者が踏み台を置くと扉が開いて、そこから見た事の無い女性が下りて来た。

女性はシエルにちょっと頭を下げると中に向かって手を差し伸べた。

馬車の中から男性が下りて来た。

杖を突いている。

シエルの夫、アレン・ロイド伯である。

シエルは目を見開いて夫を見詰めた。


あんなに髪が長くなって……。

涼し気な黒い瞳がシエルを見詰める。



冷酷な黒豹。

世間ではそう言われているけれど……でも、自分にとっては優しくて、心から愛する夫がそこにいた。

ああ、何度夢に見た事か。

幻では無い。


シエルの透き通ったグリーンアイから大粒の涙が零れ落ちた。

「シエル! ようやく帰って来た!」

アレンが杖を放り出して片手を広げた。

「旦那様!」

シエルは走り出した。

アレンの体に飛び込む。

「うっ」

アレンの呻き声が聞こえた。


「大丈夫ですか? アレン様。奥様。申し訳が有りませんが、離れてください」

夫の隣にいた女性の声がした。

「アレン様は怪我が完治されていないのです。本当だったらまだ修道院のベッドで休んでいなければならない所を無理に戻られて来たのです」

女性はシエルを非難する口調で言った。

シエルは驚いた顔をする。そして済まなそうに項垂れて離れた。

「御免なさい。……そんなにひどい傷だったのですね。知らなくて申し訳が有りませんでした。……私、旦那様がそんな事になっているなんて全く知らなくて……。怪我をされてお帰りになるという使いだけが昨日やって来て、そこで初めてお怪我の事を知ったのです」

シエルはおろおろと返した。

「知らない? 通知が来なかったと?」

アレンは女性アルルを見る。

「いえ、通信部が手紙を送ったはずです」


アルルは怪訝な顔をする。

「先触れの兵が昨日来たのです。旦那様。知っていたら、すぐに行きました」

アレンは涙目で訴えるシエルを優しい眼差しで見ると片手を伸ばしてその頭を撫でた。

「大丈夫だ。こうやって無事に帰って来たのだから。それよりもシエル、私の子はどこにいるんだ? もうすぐ2か月になるだろうか? 3か月か? 何という名前にしたのだ?」

きょろきょろと辺りを見回す。

シエルは目を伏せた。

「シエル?」

「……申し訳が有りません。旦那様。子は流れてしまいました。……。旦那様が二度目の討伐にお出になられたそのすぐ後で」

「何だって!?」

アレンは目を見張る。

「どういう事だ。そんな事は一言も手紙には書いていなかった!」

「遠く離れた北の辺境で蛮族と戦っている旦那様にそれ以上のご心労を与えたくなくて黙っていたのです。申し訳が有りません。本当に申し訳が有りませんでした。お帰りになってからお話しようと……」

シエルは顔を伏せる。唇を噛み締めた。


アレンは呆然とする。思わずぐらりとよろけた。

「旦那様!」

シエルは走り寄る。

シエルの手よりも傍らの女性の手が早かった。

小柄な女性は全身でアレンを支える。

「済まない。アルル。少し眩暈が……」

「大丈夫です。アレン様。お支え致します……」

女性がアレンの体に手を回す。

「アレン様のお世話は私の仕事で御座いますので大丈夫ですよ。奥様。アレン様。外はお寒う御座います。お体に触ります。さあ、早くお屋敷の中へ」

そう言うと呆然としているシエルに「言い遅れましたが私は看護師です。奥様。アレン様のお部屋はどちらに?」と尋ねた。


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