あらあら、で御座います。
夜になりシャワーを浴びたアレンが自分の部屋で書類を見ているとノックの音が聞こえた。
「誰だ?」
「アルルです」
「何だ?」
「ちょっとお話があります」
アレンは机の上の帳簿を閉じるとドアを開けた。
「今は忙しいんだ。明日にしてくれ」
その言葉を無視してアルルはするりとアレンの横をすり抜ける。
「あ、財政帳簿を見ていたのですか。ちょっと一緒に見てもいいですか」
そう言って机に近付く。
アレンは慌てて帳簿を取り上げると「いや、これは今からステファンに返すんだ。
そうしたら私はもう眠るから。君も部屋に帰りなさい」と言った。
「でも、お話が……」
「いや、眠るから」
「じゃあ、寝室でお話を」
「アルル。いい加減にしてくれ。話は後で聞く。それから私はもう良くなった。だから看護は必要ない。もう寝室への立ち入りは無しだ」
そう言ったアレンをアルルはじっと見詰める。
「……どうしたのですか? アレン様。何かシエル様に言われたのですか?」
「何も言われてはいない。だが、けじめを付ける事にした。それに、もう看護は必要ないから、君もそろそろ修道院へ」
その言葉を聞いたアルルは目を三角にして逆上した。
「私を返すって言うのですか? あんな酷い場所に? あんな所でまた働けって言うんですか? 真っ平御免です! あなたはこんなふかふかのベッドで眠って、私には湿った固いベッドで眠れって言うのですか! 命の恩人の私に!」
鬼みたいな表情で言い募るアルルを唖然として見ているアレン。
アルルは「はあはあ」と大きな息を吐きながら目を吊り上げてアレンを睨む。
トントンとノックの音がした。
「はい」
「ステファンで御座います。お話が御座います」
「ああ、ステファン。丁度良かった。帳簿を持って行こうとした所だ。それで明日の事だが……」
そう言ってちらりとアルルを見る。
「アルル。それではお休み。そう言う事だから二度と私達夫婦の部屋に近付くな。君はただの看護人だからな。そしてもう看護は必要ない」
「まあ!」
ステファンのいる前でそう言われてしまったアルルはぷんぷんと怒りながら出て行く。
「有難う。ステファン。いい所に来てくれた。帳簿は返す。それで一応なんだが、私の部屋とシエルの部屋の鍵を早急に付けて欲しい。と言うのは、明日、私はレナル川とロサ村へ行ってみようと思うんだ。私が不在の間、アルルが忍び込んだりしたら……」
ステファンは無表情に返した。
「アルル様を置いて行かれると家人達は困ります」
「そんな事を言われても連れて行く訳には行かないだろうが!」
「明日は聖女セリーナの生誕祭で教会では祈祷とバザーがあります。奥様からのご伝言で必ず出席する様に言われております。旦那様はお帰りになってまだ教会にいらっしゃっていませんから、明日はそちらにご出席ください」
「ステファン……。俺は早くシエルに会って謝りたいんだよ」
とうとう「俺」になったな。
ステファンは思った。
「シエル様はこちらを片付けてからでは無いとお帰りになりません」
「はあ?片付けるとは?」
「……」
ステファンはため息を吐く。
「まず、奥様が残された帳簿をしっかりとご確認ください。奥様は領地の為に色々と工夫されました。何に金を使って何を節約したか。奥様がお帰りにならなければ旦那様のお仕事になりますからね」
「縁起でもない事を言うな!」
「鍵の件は分かりました。早急にそうします。でも明日は教会です。必ずご出席ください。お布施を渡さなければなりませんので。そしてお二人揃っていない事をちゃんと謝って来てくださいね」
ステファンはそう言うと帳簿を持って部屋を出て行ってしまった。
バタンとドアが閉まった。
アレンは茫然と突っ立って閉じたドアを見詰めていたが、のろのろと寝室へ向かった。




