ロサ村で御座います。
シエル達がロサ村に着いたのは昼過ぎだった。
レナル川は領地の境にあり、向こう岸は岩山に繋がっている。川の向こう側は隣国ハッシド国の領地である。しかし、ずっと山が連なっているせいで杣人ぐらいしか住んでいない。
地形的にこちら側が低いのでどうしても大水の時には氾濫する。堤防工事は着々と進んでいるが……。
川幅を広げた方がいいのか、氾濫原を設けた方がいいのか。
土地が肥えているから氾濫原は勿体無いし。
支流を作って人の住まない場所に大きな調整池を作ったらどうだろうか。
しかし、それには大規模な工事も必要になるし……。
問題は村人の家屋である。
全壊してしまった家は土台に石を敷き詰め、盛り土をして家屋を高くした。
本当は村そのものを少し離れた高台に移す事を考えていた。畑は遠くなるが仕方が無い。
後は水の問題である。生活用水をどうやって引き入れるか。
それを考えると難しい。
二人を乗せた馬車は国土農政部の職員が住んでいる農家へ入って行く。
馬車ががらがらと入って行くと、男が二人出て来た。
一人は老齢に差し掛かった男。カイル。男やもめ。
もう一人はシエルよりも5つ上のショーン。独身である。
ショーンはサラサラの金髪を後で束ねたイケメン男性である。アンナは秘かに彼を想っている。
「これは、シエル様。アンナさん。ようこそいらっしゃいました」
二人はにこやかに頭を下げる。
「こんにちは。視察に来ました。ご苦労様です」
シエルも頭を下げる。
「丁度、昼飯を食べようと思っていた所です。ご一緒に如何ですか?」
「あら、随分遅い昼食ね」
「午前中の作業で時間が掛かってしまったのです。是非、ご一緒に。ショーンが焼き飯を作りますよ」
「焼き飯?」
「米を焼くんですよ」
「米?小麦では無くて?」
「そうです。まあ、見てらっしゃい」
「まあ、珍しい。ふふふ。ではご馳走になりますわ。私共もサンドウィッチをランチに持って来ていますの。お分けしますね」
そう言って4人は和やかに農家の中に入って行く。
暫くすると馭者がやって来た。
「シエル様。今から城へ戻ります。荷物は村長の家へ届けて置きました」
そう言って頭を下げた。
「有難う。気を付けて帰ってね」
シエルがそう言うと彼は心配そうに言った。
「あのう、お迎えは本当に宜しいのでしょうか?」
「大丈夫よ。こちらの方に休みの日にでも送って頂く事になったから」
シエルがそう言うとカイルとショーンは頷いた。
「ご領主が帰られたので我々も一度ご挨拶に行かなくてはならないと思っていたのです。だから大丈夫です」
ショーンは明るい声で言った。
◇◇◇◇
焼き飯は旨かった。
すごく旨かった。今まで食べた事の無い味だった。
「ショーン。 米と言うのはどんな所で作られるのですか?」
「米は稲という植物の実です。私の故郷ザネル州では最近作られ出しました。南のウインディア国から入って来たのです。ザネル州では地面に水を張った『水田』と言う場所で作らえます。水田は水を多く必要とします。だからこの辺りでも出来ますよ。でも、陸稲と言って、畑でも作る事ができる品種もあります」
「では小麦と同じ感じですか?」
「そうですね。このレナル川流域で生産されるポイド小麦よりも難しく無いかもしれない。ほったらかしでも結構育ちます。それに米は蒸したり煮たりしてそのまま食べる事が多いけれど、小麦みたいに使う事も出来ます。パンにもなりますよ」
「ええ?そうなの?」
シエルは驚いた。
「是非その稲が育っている場所を見たいわ。今は育っているのかしら?」
「そろそろ水田の上に子葉が顔を出す頃ですね。水田が緑に染まりますよ」
「まあ……。綺麗でしょうね」
「はい。一面緑色です」
「どうやって作るのかしら?」
「ザネルでは水田に種を直播します」
「直播?」
「直接種を蒔くんです」
「ふうん……」
シエルは少し考える。
「表面に水があるのに発芽するの? 空気が無くても育つの?」
「良い所に気が付きましたね。稲はですね。水の上に子葉を出すまでは空気が無くても育つのですよ。一時的に発酵と同じ要領でエネルギーを得るのです。空気は欲しいが、無いなら無いなりに何とかしようと思って水面に出て来るのです。その力がどんな植物よりも長けているらしいです。ただ、水が深すぎてはいけません。その辺りが難しい」
「へえ……」
「勿論乾田でも出来ますよ。だた、この国は北にあるから寒いでしょう? 温度調節には水があるといいんですよ。……水は温度調節には安定性があると言う事です。それに水が張ってあると雑草取りも無いし、虫や鳥に種を食べられてしまう事も少なくなりますからね」
「ザネル州は土地が低くて湿地もある。そんな訳で水田作りに向いているのです」
「ふうん。……ザネルかあ……。ここから馬車で一日ね」
「宜しければ案内しますよ。明日からは聖女セリーナの生誕祭で3連休だし。作業も休みです。兵士達も休暇で家や城へ帰りますよ。私も久しぶりに家に戻って来ようと思っていたのです」
「まあ、本当?」
ショーンの言葉にシエルは思わず破顔する。
「いいですよ。でも帰りは最終日になりますが宜しいですか?」
「大丈夫。何日でも行けるわ」
シエルは笑ってそう言った。
昼食を食べ終えて、シエルはカイルとショーンと一緒に作業場へ向かった。働いている兵や村人達に労いの言葉を掛けた。
生誕祭の休みはゆっくり過ごして欲しいと言う事、そして少しだがボーナスがあると発表すると誰もが歓声を上げて喜んだ。




