なんと言う事で御座いましょう。
修道院へ行くと院長が慌ててやって来た。
「これはこれは。ご領主様。この度はお怪我をして帰られたとお聞きしました。もうお怪我の方は宜しいのですか?」
「ああ。肩はまだ良くならないが、切られた傷は良くなった。今日は妻に替わって修道院の様子を見に来たよ」
アレンは言った。
「こちらの女性は?」
「アルルと言う。北の修道院で看護師をしていた。私に付き添って来てくれたのだ。暫く我が城にいる事となった。こちらにもちょこちょこと寄越すかも知れない。宜しく頼む」
「おお、看護師ですか。それはそれは。北は蛮族との戦いで看護師も大変でしょうね」
「はい。とても大変でした。こちらはよい所ですね。のんびりとしていて豊かで美しくて。ずっと住みたいです」
「ここの修道院もとても立派です。病室も清潔で」
アルルの言葉に院長は笑顔で答えた。
「これも全てシエル様のお陰で御座います。我が修道院にお布施をして頂いて、それを使って我々も病室を改修して参りました。
貧しい人々に食事を振舞うなどの慈善事業も出来ます。村人も喜んでおりますよ」
「そうですか。それは良かった」
アレンは真面目な顔で頷いた。
「それにですね。……ちょっとこちらへどうぞ」
院長がアレンとアルルを案内する。
案内された場所は中庭だった。
「ここに畑があるでしょう。これは新しい作物です。シエル様が色々と探して来られた作物をここで試験的に育てているのです。やはりあの大災害で小麦が殆どやられてしまったので。畑は水浸しで酷い事になってしまいました」
「大災害?」
「昨年の秋ですよ。バケツをひっくり返した様な雨が降り続き、レナル川が氾濫して全てが水浸しになりましたからね」
「それは聞いているが……」
「川岸のロサ村は全滅でしたよ。助かった村民はこの修道院や教会へ避難しに来ました。ご領主様の城でも庭にテントを張って炊き出しをしましたよ。みんなで行列を作って食事をしに行きました。
シエル様は城に備蓄してあった小麦やら芋やらを放出してくださいました。惜しむところなくどんどんと。本当に助かりました。
ご領主様の城を中心に一致団結して領民はロサ村の復興に力を貸しました。水が引いてからは破壊された家屋の修復をしました。色々な村から協力者が来てくれました。
奥様が日当を出してくださったのですよ」
「そうなのか?」
「そうです。あれで助かりました」
「そうか……」
「あれが夏で無かったからまだ良かった。夏だったら疫病が流行ったでしょうな。
……シエル様はフル回転でしたよ。あちこちに連絡を入れたり指示をしたりして。……あれがもとで流産されてしまって……。ご領主様もご存じだとは思いますが……」
「えっ?」
「あの時は大変でした。流産された後は暫く起き上がる事が出来ませんでしたよ。ここの上級施薬師が毎日お館までお伺いしておりました。
起き上がれるようになられてからは教会によくいらっしゃいました。黙ってお一人で祈りを捧げていらっしゃいましたよ。……初めてのお子様だったのに可哀想な事をされてしまいました。」
「待ってくれ。妻はその秋の大雨の時に流産したのか?」
アレンは慌てて言った。
「? そうで御座います。もう腹の中の子供も随分育っていたので、……あと少し、頑張る事が出来ましたら良かったのですが、如何せん、村がひとつ全壊ですからね。負担が大きかったのでしょうな。頼りのご領主様は遠く北の辺境にいらっしゃる。兵もいない。……あれは流産と言うよりも死産ですな。本当にお気の毒な事でしたよ。お辛かった事と存じます」
アレンは唖然とした。
シエルの話だと流産したのは自分が任地へ向かってすぐだと。それなら、2か月か3か月……。
「死産……」
アレンはぽつりと呟いた。
「月足らずで死んでしまった赤子は慣例に従って産婆が川に流しました。次は元気に産まれて来る様にと祈って。奥様からお聞きでは無いでしょうか?」
修道院の院長は不思議そうにそう言った。
「……いや、詳しくは。私は具合が悪くて寝ていたので、妻は気を遣ったのだと思う」
アレンはそう言って足早に修道院を後にした。
アルルは黙ってその後を付いて行く。
馬車に乗ってふうっと息を吐く。
「ああ……何て事だ……何て……」
アレンは両手で顔を覆った。




