旦那様は黒豹と呼ばれた男で御座います。
昨夜降った季節外れの雪が庭をうっすらと白く染める。
4月末。
ここ、アーロット国の東の辺境地、ロイド伯の領地は遅い春を待ちわびていた。
一年前、領主アレン・ロイドは王命により蛮族討伐に出兵した。二度目の出兵である。
ところが先日、お館様負傷により領地にご帰還という知らせをもって先触れが到着した。
突然の知らせに留守を預かる領主の妻シエルは仰天した。
お怪我は酷いのだろうか?
先触れの兵士は脇腹を切られた傷と落馬による左肩の骨折と筋肉の損傷を報告した。
『戦場の黒豹』
そんな異名を持つアレン・ロイド辺境伯。
黒の軍服。
黒の髪と黒い瞳。
逞しくもしなやかな体。
美しくも精悍な顔立ち。
敵に対しては情け容赦無く一刀の元に切り捨てる。
剣を持てば向かう所敵なしと恐れられたロイド伯ではあったが、連日の戦いで疲労が蓄積し、(豹だからね。瞬発力はあるが持続性には劣るでしょう)その隙を突いて勇猛な蛮族の一撃を喰らったと言う事だった。
怪我をしたのは1か月前。
「1カ月前?!」
シエルと家令であるステファンは兵士の報告を聞いて驚いた。
「どうして知らせが来なかったの?」
シエルの問いに兵士は言った。
「はて? 知らせは軍の通信部が送った筈ですが」
「いいえ。来ていないわ」
「その仔細に関しては私には分かりません。怪我はまだ治っておりませんが、どうしても領地に帰りたいという殿の強いご希望でお帰りになります」
「分かりました。すぐにお迎えの準備を」
「殿は馬車で帰還されます。兵は徒歩にて帰還いたしますれば、数日送れるかと」
先触れはそう言った。
次の日。
ロイド伯の城では召使、従者たち総出で領主アレン・ロイド伯の帰りを今か今かと待ちわびていた。
「奥様。お寒いので中でお待ちになられた方が宜しいのでは?」
家令兼執事のステファンが声を掛ける。
屋敷の前でうろうろと歩きながら馬車を待つシエルはその言葉にふと立ち止まった。
「いえ。大丈夫よ。それよりも旦那様がお怪我をされていたなんて……。どうしてもっと早くに教えてくれなかったのかしら……。私、それを知っていたならすぐにでも旦那様の所に馳せ参じたのに」
「奥様……」
「領地に帰る事が出来るまでに回復したから良かったものの、もしも知らない土地でたったお一人で亡くなられてしまったら……。そう思ったら、居ても立ってもいられないのよ。家族にちゃんと知らせないなんてひどい話だわ」
女主人シエルは厚手のショールをぎゅっと握った。
「ステファン、私、門の所まで行って来るわ」
シエルは走り出した。
「奥様。道はまだ凍っています。危ないです。お止めください」
ステファンがそう言って止めた時、遠くから馬車の音が聞こえて来た。
シエルとステファンは門扉に続く小道を見詰めた。
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