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遠幻鏡の向こう側  作者: 鈴谷なつ
西野花梨
12/32

必要のないチョコレート


 同窓会は参加も出入りも自由なフリースタイルの会だった。

 最初に料金を支払った後は、好きに飲食しながら歩き回っていいらしい。立食形式になっていて、颯太と光が会場に辿り着いたときにはすでに会場は賑わっていた。


 中等部卒業以来、もしくは高等部卒業後。会っていない期間は人によってそれぞれ違うが、ほとんどの級友は印象が変わっていた。


 元クラスメイトとはいえ、一年以上顔を合わせていないメンバー。しかも中学や高校のときに比べ、みんな別人のように垢抜けている。うまく話ができるだろうか、と不安になる颯太にも、明るく声をかけてくれた男がいた。

 当時仲のよかった友人だが、見た目の印象が変わっていたため、颯太は誰だかすぐには分からなかった。しかし近況を話すうちに昔に戻ったような感覚になり、二人の会話は弾んでいく。


「颯太、今彼女とかいるの?」

「んー、今はいないかな」


 生まれてこの方、颯太には恋人がいたことがない。しかし直前まで友人が楽しく女遊びをしている話を聞いていたため、それを言うのはなんだか恥ずかしくて、颯太は曖昧に笑って濁した。

 友人は特に疑問に思わなかったようで、「光はどうなの?」と訊ねてきた。


「今、彼女いるの?」

「光に? いないと思うよ」


 颯太の答えを聞き、友人は頭を抱えた。なんであいつモテるくせに彼女いないんだよ……、と呟いているのを聞き、颯太は友人の考えを察した。

 きっとこの同窓会で仲を深めたい相手がいるのだろう。しかし、全員とまでは言わないが、光はほとんどの女子の憧れの存在だった。その光がフリーなのだと知れば、女子が光に群がるのも時間の問題だろう。


「くっそー! 絶対光の総取りじゃん」

「ならないならない。お目当てが誰かは知らないけど、光はたぶん誰にも応えないよ」

「マジ!? それならワンチャンあるか!?」


 友人が女子の集まりの方に視線を移す。その視線の先にいるのが、西野花梨だと気づき、颯太は苦笑をこぼした。


 お近づきになりたいのが花梨だとしたら、残念ながら望みは薄いだろう。

 どんな経緯だったのか詳しくは聞いていないし、今の花梨に恋人がいるかどうか、もちろん颯太が知るはずもない。

 しかし、花梨は光のことを脅してまで恋人になろうとしたらしい。今は付き合っていなかったとしても、花梨が光に対し、好意を抱いていたことは間違いないのだ。


 颯太はドリンクを飲みながら、花梨を遠目で眺める。他の女子のように髪を染め、メイクもしているので少し印象は変わっているが、すぐに西野花梨だと分かった。それは颯太の初恋の人だから、というわけではなく、きっと花梨が昔から変わらず飛び抜けて美人だからだ。


 ふいに花梨が振り向いて、こちらを見た。そして離れたところから、花梨は颯太たちに向けて笑顔を見せた。またすぐに他の友人たちとの会話に戻ってしまったが、二人の心を揺さぶるにはたったそれだけの仕草で十分だった。


「花梨ちゃんかわいいなー!」

「相変わらず華があるね、西野さん」

「そりゃあそうだろ! 芸能人だぞ!?」


 花梨が芸能界デビューした、というのは颯太の知らない話だった。颯太が詳細を訊ねる前に、友人は得意気に話し始める。

 高校三年のときに花梨はスカウトされ、芸能事務所に所属。レッスンなどを続け、ついに今年の春に雑誌の専属モデルとして採用されたらしい。単独ではないが先輩のモデルと共にファッション誌の表紙も飾ったそうだ。


「全然知らなかった。光、教えてくれればよかったのに」


 颯太がぼやいたとき、会場内に派手な音楽が流れ始め、突然暗転する。

 スポットライトがぐるぐると会場を照らしたかと思うと、眩しいライトが親友を照らして止まった。スポットライトに照らされた光は、目を丸くして首を傾げている。


『さあ皆さん、お待たせしました! 同窓会の一週間ほど前に、大ニュースがありましたね! そう、みんな大好き佐久間光くんのお父様、佐久間徹議員がなんと! 大臣に任命されましたー!』


 おめでとうございます、というアナウンスと共に、周りからも祝福の声が上がる。


 光の父親の佐久間徹が、先日内閣の一員になったことは事実だ。もちろん颯太もそのことは知っていたが、光の前では一度もその話はしていない。

 父親のことを嫌っている光には、その話題は嫌がらせに等しい、と分かっていたからだ。

 しかし、光が父親の不和を知っている人は、颯太の他にいない。どんなに嫌っていても、光は自分の父親の不利益になるようなことは絶対に口にしないからだ。国民からの評価に常に晒されている父親の立場を、光は幼い頃から正確に理解していた。


 話の中心に立たされている光は、きっと何も聞かされていなかったのだろう。

 一瞬困惑した表情を浮かべたものの、すぐに空気を読み、作り笑顔を浮かべる。幹事から渡されたマイクを手に取り、「どうもどうもー、俺のために今日はありがとう!」などと軽口まで叩いていた。


 光はいつもそうだ。

 自分の本心は押し殺して、周りに合わせて笑顔を作る。颯太の前でも滅多に弱音は吐いてくれないし、怒ったり泣いたりすることもほとんどない。だから颯太は心配になってしまう。光が今この瞬間、どれだけ我慢をしているのか、分からないから。

 親友のために、颯太が今できることはないか、と考える。


 颯太は早足で幹事の元へ向かう。

 お祝いとして、ホールケーキが運ばれてきた。ケーキの中央には、大臣就任おめでとう! と書かれたチョコプレートが乗っていた。

 颯太はケーキを見て、一瞬で考えを巡らせる。そして考えをまとめ、幹事に声をかける。


「僕から光にお祝いの言葉、いいかな?」

「篠塚くんが? もちろん大歓迎だよ、篠塚くんと光、仲いいもんな」


 元クラスメイトの幹事は、颯太のことを旧姓で呼んだ。家に強盗が入り、両親を亡くした事件をきっかけに颯太の苗字が変わったことも、この男は忘れているのかもしれない。


『ここで飛び込みのお祝いの言葉でーす。光の親友、篠塚颯太くんから! はい、マイクどうぞ!』


 会場が少しざわめいたのは、颯太が人前に立つタイプではないからだろうか。それとも、今は『笹木』姓であるはずの颯太が、初等部の頃の苗字で呼ばれたせいかもしれない。

 しかし、今はそんなことはどうでもよかった。ライトを当てられ眩しさに目を細めながら、颯太はマイク越しに話し始める。


『えーっと、光、ではなく僕からは別の人にお祝いの言葉を贈りたいと思います』

『あれ? 颯太くんおかしくない?』


 いつも大学のキャンパス内で交わしているような会話を、マイク越しに交わすのはなんだか不思議な気分だった。

 颯太の心臓はうるさいくらいに騒いでいる。いたずらを仕掛けるときのような、わくわくする気持ちと、バレたらどうしよう、という少しの緊張。

 汗が滲む手でマイクを握り直し、颯太は深呼吸する。そして先ほど用意したばかりの言葉を口にした。


『西野花梨さん。モデルデビュー、おめでとうございます! それから……僕は西野さんにずっと憧れてました。付き合ってください……!』


 会場がどよめいた。

 颯太の勝手なパフォーマンスを止めようとしていた幹事も、ポカンとした表情を浮かべた後、分かりやすく態度を一変させた。


『おーっとこれは面白くなってきたー! 篠塚くんの公開告白! しかも相手は我らがクラスのマドンナ、西野花梨ー!!』


 スポットライトが光から外れ、少し彷徨った後、花梨を照らし始める。颯太を照らすライトと、花梨を照らすライト。

 突然話題の渦中に放り込まれた花梨だが、照れ笑いをこぼすだけで、逃げたりはしない。少し動揺はしているようだが、それでも花梨は迷わず回ってきたマイクを受け取った。さすが芸能人。肝が据わっている。


『颯太くん、ありがとう。お祝いしてもらえて嬉しい。でも、付き合うのは……ごめんなさい!』

『ふ、フラれたー!! 篠塚くん元気出して! 相手が西野花梨じゃしょうがないって! ほら、みんなでケーキ食べよう!』


 慌てた口調で幹事が言葉を紡ぐと、暗転していた会場が明るくなった。

 続々とケーキの元へ人が集まる中、颯太はその場で一人取り残されていた。大きなため息がこぼれたのは、作戦がうまくいった安堵のせいかもしれない。


 しばらくして、両手にケーキの皿を持った光が颯太の元へやってきた。光が颯太に渡したケーキの上には、チョコプレートが乗っている。


「プレート、いらないなら僕が食べちゃうよ」

「おー。俺には必要ないから、颯太が食っちゃって」

「ん、分かった」


 大臣就任おめでとう! と書かれたチョコプレートは、大臣とは何の関係もない颯太の口に噛み砕かれた。

 甘すぎるチョコを咀嚼していると、隣に立つ光が、颯太にだけ聞こえる静かな声で呟く。


「さっき、ありがとな」

「……なにが?」


 もちろん光の言いたいことは分かっているけれど、颯太はわざと分からないふりをした。

 光はくしゃりと顔を歪めて笑う。笑っているはずなのに、光が今にも泣き出してしまうのではないか、と。なぜか颯太はそんなことを考えた。


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