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蝶に付いていくと壁に突き当たり、蝶は当たり前のようにその壁をすり抜けていった。
ここの壁はあの時すり抜けていった場所だと気づいたディアは、驚いているアリスの手を引いて蝶の後を追い、一緒に壁をすり抜ける。
壁をすり抜けた先には、あの石の巨人と戦った大広間に出た。大広間にはあの時戦った石の巨人の残骸は無くなっている。破片も、石の巨人が作り出したクレーターも全て。まるで何事もなかったように。
大広間を通ると、長い螺旋階段に着いた。蝶は躊躇いなく螺旋階段の中に入ったので、ディアとアリスも入っていく。
その後は只管螺旋階段を登った。途中長すぎて休憩を挟みつつも、息を切らしながらも何とか登り切った。登り切った頃には、アリスに渡していたパンは全てアリスの腹の中に収まっていた。
登り切った後は休憩を挟み、ある程度回復したところで再度歩き始めた。真っ暗な洞窟を蝶が出す光だけを頼りに進む。
歩いている最中、所々モンスターと思わしき視線を感じたが、近づいてくることはなかった。ベラウドが生み出した蝶を警戒しているのだろう。
そうして歩いて、歩いて、歩き続けて。ディアとアリスの体力が再度底を尽きそうになったタイミングで、正面から暖かな風が吹いた。
顔を上げれば、眩い光が彼らを照らす。その光に惹き込まれるように歩く速度を早めた。
そして光を抜けると、翡翠色の森が彼らを出迎えた。
木々から射し込む太陽の日差し、穏やかな風、草花が揺れる音に、小動物が駆ける音――自然の音が一同に集結し、その情報が一気にディア達の目に、耳に、鼻に入ってくる。
「……出てこれた……」
呆然とアリスは呟いた。
体感にして長くいたあの迷宮から、彼らは脱出することが出来たのである。
迷宮を出た彼らはその後も、蝶の後を追って森の中を歩き続けた。
生い茂る木々を縫うように歩き、遮る透き通る青色の川を何とか渡り切り、モンスターが歩いているのを見つければ身を隠して過ぎ去るのを待ち、体力に底が尽きれば見晴らしのいい所で休憩したりと、無理のない範囲で、かつなるべく急ぎめで彼らは森を出る為に歩き続けた。
そして。
「――」
蝶の後を追って只管歩けば、突然視界が開けた。
刹那、広大な草原が彼らの前に姿を現す。
何処までも、地平線まで続く広大な草原。木々で遮られていた太陽は燦々と余すことなく草原を照らし、穏やかだった風はたちまちディア達が着るローブを大きく揺らす程強くなる。遮蔽物の無くなった草原は風通しがよく目が痛くなるが、目を完全に閉じることはなかった。
遠くではモンスターと思わしき生物が草原を横断するのが見える。空には鳥型のモンスターが群れで飛んでおり、旋回しながら遠くへ飛んでいった。
――三日。それが、迷宮を出てこの場に来るのにかかった日にちだ。
彼らは漸く、森から出ることが出来たのである。
「……すごい……」
広大な草原にアリスの目がキラキラ輝いている。頬を硬直させ、今にでも飛び出しそうなアリスを手で制してなんとか止める。
ディアは森の方を振り返った。森の方では、ベラウドが生み出した虹色の蝶がその場で飛んでいる。
ディア達の方に近づいては来ない。
「……森から出れねえのか」
こちらに近づいてこないのは、あの蝶が森から出られないからだとディアは気づいた。
あの虹色の蝶は、ベラウドが生み出した魔力の塊。そのベラウドが森にある迷宮で身動きが取れないから、蝶もその制限がかかっているのだろう。
あの蝶ともここでお別れ。それはベラウドとの完全なる別れを指している。
「……あ、ちょうちょさん……」
アリスも蝶の方を振り返り、ディアの手を離して蝶に駆け寄った。
アリスが森に戻ると、蝶はアリスに近づいて頬に擦り寄る。
アリスは蝶をそっと抱き寄せた。
「……ありがとう」
感謝の言葉を心の底から伝えるアリス。
それを聞いた蝶は暫くパタパタとアリスの傍にいると、やがて徐に彼女から離れ始めた。
パタパタと森の中へ戻っていく虹色の蝶。次第に蝶の身体は粒子となっていき、最終的には森に溶けるようにして完全に消えていった。
その姿を、アリスは最後まで見ていた。
「……アリス」
ディアが彼女の名を呼ぶと、くるりとアリスは振り返ってディアの傍に寄った。
もう森の方は、振り返らなかった。
「……今更だけどよォ」
隣に立つアリスに、ディアは頭を掻きながら唐突に言う。
「お前、家に帰んなくていいの?家出したとかなんかだったと思うけど、親とか心配してんじゃねえの?」
アリスの詳しい事情は知らず訳ありだということはわかっているが、念の為と確認の意を込めてアリスに問いかけた。
それは別に心配だから聞いているのではなく、やっぱり帰りたいと泣き喚かれたりするのが嫌だから改めて意思を聞いてみたまで。
アリスはディアの問いかけにキョトンとすると、その後に「うん」と頷いた。
「お家には帰りたくない。いや!それに――ありすは、ディーといっしょにいるって、決めたもん!」
「そうかよ。それを聞いて安心したぜ。……オレはこれから、自分の力を取り戻すこと、そして同族を探すことを目的として動く」
――散らばったディアの力に、フィアエナ族の生き残りの可能性。
最優先事項は力を取り戻すこと、その最中に同族が見つかれば僥倖。
これからの旅はそれを最重要事項として動くことを、ディアは決めていた。
「付いてこいよ、アリス」
「うん!ずっといっしょにいるってやくそくしたもん!ね!」
「……まぁ、それでいいか。それじゃあ、」
ん、とディアはアリスに手を差し出した。
その手にアリスは躊躇いなく自身の手を乗せて、握る。握り返したディアは、アリスの手を引いて広大な草原に足を踏み入れた。
「――行くか、アリス」
「――うん、ディー!」
ドラゴンと人間のハーフの男と、不思議な力を持った少女の冒険が、今この時より始まった。
第一章完結です!ここまでお読み頂きありがとうございました!
第二章もよろしくお願いします!
2025.09.21 追記
【進捗報告】
第二章について少しずつですがプロット・執筆始めています!ある程度書き溜めしたらまた毎日投稿再開したいと考えていますので、お待ちいただけますと幸いです!




