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「用意周到なのが気味悪いぜ……おいアリス、あんまはしゃぐな」
「でもでもっ、すごくかわいい!見て、ディー!これ、ディーといっしょだよ!!」
アリスが手に掲げたのは、アリスの体型に合わせて作られた赤色のローブ。素材も色も、先程ディアが持っていたローブと一緒だ。
「はいはい嬉しいな」と適当にディアは返事する。それに特に気にした様子もなく、アリスはまたきゃっきゃと騒ぎ始めた。
「……とりあえずこれで過ごすか。本当に全部貰ってくぞ?」
「お前達に渡す為に用意したものだ。構わん」
「聴きたくなるようなこと言うんじゃねえ……」
いちいち含みを持たせる言い方をするベラウドに青筋がたち始めたディアだが、ふとベラウドの様子がおかしいことに気づいた。
ディアは今、ベラウドの前に立っている。目と鼻の先に立っているので、ベラウド側からはすぐに視界に入る程の近さにいるのだが、何故だろう、目が合わないと感じるのは。
それだけではなく、耳に届くベラウドの呼吸音もごろごろと聞こえる。普通の呼吸音ではないことがディアにはわかった。
「……おい、同族。テメェ、あとどれだけ生きれる?」
そのディアの問いかけに、ベラウドはふ、と笑いながら答えた。
「……もって、半刻か。想像以上に、ワタシの身体は限界だったらしい……」
「そうかよ。……おい、アリス!ここを出る準備をしろ。今すぐその服に着替えるんだ!」
ベラウドの返答を聞いたディアは、すぐに行動に移した。
いまだにはしゃいでいるアリスにそう言ったディアは、自身も旅支度を整える為に服を手に取る。
アリスは戸惑いを隠せず、ディアの方を見た。
「え、ディー?ど、どうしたの?」
「同族がもう死ぬ。こいつが死ぬ前に、森を出るぞ」
"死ぬ"という単語を聞いたアリスが動揺した。
「……え、べ、ベイ、まだ死なない、んじゃ」
「すぐには死なねえよ。……すぐにはな。オラ、さっさと着替えろ」
「ベイ……!」
ディアの言葉を無視して、アリスはベラウドに駆け寄った。
ベラウドの身体に触れる。身体の冷たさが先程よりも冷たく感じて、アリスはさっと青ざめた。
「ベイ……!」
「……アリス。ソイツはもういつ死んでもおかしくねえんだ。死ぬのが今日だっただけなんだよ」
「でも、でもぉ……」
「おい同族。森を出るにはテメェの蝶が案内するって言ったが、それはテメェが死んだ後も存在するのか?」
「……暫くは、残る。だが、ワタシが死ねば、魔力はこの森に吸収される。ワタシの蝶も例外では、ない。いずれ、消えてしまうだろう」
「聞いたか?コイツが今生きてる内に、オレ達はこの森から出なきゃならねえんだ。だから早く準備しろ」
ベラウドが生み出した蝶が森を出る為の案内をしてくれるのは有難いことだった。無理に森を彷徨う必要も無いし、それにモンスターはベラウドが生み出した蝶を警戒している。
洞窟でモンスターと対峙した際、あの虹色の蝶がやって来たことでモンスターは去っていった。蝶がいれば無駄な戦いも避けられると踏んでいるから、出来ればあの虹色の蝶が存在している間にディアは森を出たかった。
が、それをアリスの感情は理解出来なかったらしい。
「で、でもベイ死んじゃう!」
「だから、コイツが死ぬのはもう当たり前のことで……」
「やだぁ!ベイ死んじゃうのやだぁ!ディーなんとかしてぇ!」
「だー!!!うっせーな!!!!コイツも受け入れてんだがら諦めろよ!!!」
癇癪を起こしてディーに抱きつくアリスに、ついにディアが怒った。
ディアからしてみれば、寿命が五百年余りだというのに千年以上も今までベラウドが生きているのが奇跡で信じ難いことだった。だから既に身体が限界で、もうポックリ逝ってしまうと気づいてもそこまで動揺もしないし、当然だと思っていた。
寧ろ、なんでアリスがこんなに動揺しているのかと疑問にも思う。ベラウドとの付き合いなんてディアよりも短いし、アリスがなんでこんなにベラウドに懐いているのかも理解出来ていなかった。ドラゴンか?ドラゴンが珍しいのか?
とにかく、アリスを説得して、ベラウドが生きている内にここから出なければならない。最悪無理矢理連れ出すかと考えていた時だった。
「――アリス」
ベラウドが、アリスの名を呼んだ。
名前を呼ばれたアリスは、涙を貯めた顔をベラウドに向ける。
ベラウドは焦点があっていない目を向けると、静かに言った。
「――行け」
その、たった一言。
その一言を言われたアリスは目を見開く。はく、はくと口を開閉させ、噤み、そして暫くベラウドを見つめた後。
「……うん」
コクリと頷いて、アリスはディアから離れて壁際に向かった。
突然無くなった温もりと、素直に言うことを聞いたアリスに驚きに開いた口が塞がらないディアは、次にギロリとベラウドを睨んだ。
「……素直に言うことを聞いて喜んでもいいのになんかムカつくぜ……ッ!!!!」
「ふんっ」
身体が限界だというのにディアに対して勝ち誇った顔をするベラウドに、ディアは一瞬引導を渡してやろうかと考えてしまった。




