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「だれ……?」
「こっちの台詞だ……」
どちらの状況でも言える当然の疑問である。
座り込んでいる彼の姿を認識した少女は、すりと後退りする。彼女の表情から恐怖と怯えは消えていない。彼を追手と勘違いしているのだろう。
その反応が煩わしく感じた彼は、はあと大きな溜息を零して言った。
「勝手に来たのはそっちだろうが。何勝手に怯えてんだか」
「ぁ……え、と、あの」
「さっさとどっかに行け。目障りだ。殺すぞ」
何故か話しかけてきた少女を遮り、彼は少女を脅す。本当は殺す体力も何もないのだが、あんな小さなガキであれば、言葉の脅迫だけで済むだろうという魂胆だった。
実際、少女は彼の「殺す」という単語に反応し、さらに怯えた様子を見せる。これで暫くすれば去っていくだろう、と彼は確信した。一体何から追われているのかは知らないが、己には関係ない。勝手に追われて、捕まるなら捕まって、逃げ切ればそのまま逃げればいい。己され巻き込まなければ、少女の事情などどうでもよかった。
さて、見知らぬ少女に構っている暇はない。今は自分の身体を休めるのが最優先だ。ここで仮眠を取って体力を取り戻そう、と彼が目を閉じようとした、その時だった。
「――あぶない!」
切羽詰まったような声が前からした次の瞬間、彼の身体が後ろに押し倒される。それと同時に、ひゅんっと風を切るような音が彼の前髪を掠めた。
背中を強く打ち付け呻き声を零す彼。じんじんと痛み出す背中に押されるかのように、彼は自分を押し倒してきた原因――傷だらけの少女に向かって文句を言おうと怒鳴る。
「ッおいクソガキ!テメェ突然な、に……」
しかしその文句は、彼の前にいるある存在によって無くなっていった。
彼と少女の前には、大型の獣が佇んでいた。
焦げ茶色の体躯に、鋭い6本の太い爪。体長100センチ以上はある大きな身体。愛嬌のある顔には、目立つ一本の傷跡が引かれている。
その獣は――モンスターは、口からダラダラと涎を垂らしながら、興奮した様子で彼らを見下ろしていた。
「コイツ、バーベアー……!?」
彼は、目の前にいるモンスターを知っていた。
「バーベアー」。非常に凶暴性のあるモンスターで、家畜や農作物を荒らす害悪モンスターだ。気性が荒く、モンスターも人も見境なく襲う為、毎年バーベアーによる被害が絶えない。
バーベアーは咆哮を上げると、その鋭い爪を勢いよく彼らに向かって振り下ろす。
「ぐっ、くそ!?」
それを彼は気力を振り絞って、少女と一緒に横に転がりながら回避する。
バーベアーの爪は彼らがいた場所に深々と刺さり、その衝撃で地面が少し割れた。
「ひ」
それを見た少女の口からか細い悲鳴が漏れる。
危なかった。もし避けれなかったら心臓を少女共々一突きにされるどころか、身体ごと地面に埋まっていたところだっただろう。