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茶色調の木目の天井には、父が一目惚れして購入したペンダントライトが吊るされている。提灯をモデルに作られたペンダントライトは柔らかい光を発し、自分がいる空間を満遍なく照らしていた。
それをジッと見つめていると、自分に影がかかる。視線を横に向ければ、珍しく髪を下ろしている姉が、寝転がってる自分を見下ろしていた。
姉がなにか言っている。でも何故かその声は聞こえなかった。
しかし聞こえていないにも関わらず、自分は頷き、起き上がって立ち上がり、手に持っていたゲーム機を置いて姉の後を追った。
姉はテーブルに料理を幾つも並べている。姉に習って自分も料理をテーブルの上に並べた。
姉と自分の分を並べると、食卓の席について手を合わせて感謝を述べる。そして感謝を述べた後、姉が作ってくれた料理に手を伸ばした。
レタスとツナ、コーンで和えられたサラダ。卵のスープ。そしてふわふわの卵で包まれたオムライス。週末だけに作られる特別なメニューはずっと心待ちにしていたもので、自分はいそいそと料理を口に運び、その美味に頬が緩む。
同じく料理を口の中に運んでいる姉が、自分と目が合って、ニコリと笑った。それに釣られて自分もまた笑い、お互いにふはは、と笑いあった。
もう少しすれば、仕事で帰ってくる父も混ざる。電子レンジに入っているオムライスを取り出して、時間が合えば食卓を囲む。それが楽しみで楽しみで、自分は仕方がなかった。
「……うぅん」
パチリと目を開けたアリスは、眠たげな目を擦りながら起き上がる。
ぼうっとしていると、ふと温もりを感じて視線を横に向ければ、仰向けで眠っているディアが目に入った。その上にアリスは頭を預けていたようだ。どうやらいつの間にか彼を枕にして眠っていたらしい。
ふぁあ、と欠伸したアリスは、辺りをキョロキョロと見渡す。周りはすっかり真っ暗になっており、淡い光を放つ管が光源となっていた。明るく照らしていた天井の魔石はすっかり光を控えてしまい、色をなくした魔石が天井に取り付けられている状態になっている。
すっかり夜になるまで眠っていたようだ。うとうとと再び目を擦っていると、「起きたか」と嗄れた声がアリスに掛かった。
「……べぃ?」
「まだ、朝は遠い。眠っていろ」
ベラウドは薄く目を開けてそう言う。
相変わらず管が繋がれた状態で命を繋いでいるドラゴン。改めて見るとやはり老いているとはいえ、身体のサイズだけでも圧倒されそうだ。
そんなドラゴンに臆することなく、アリスは「ぅうん……」と何度も目を擦りながら反応する。
「……ありす、べいとお話、ちゅうに……ねむっちゃった……ごめん……」
「気にしていないさ。戦いの連続だったから、身体が限界だったのだろう。見ろ、そこの男なんて、ワタシを警戒していたのに今ではすっかりいびきをかいて眠っている。いくら回復するとはいえ、身体は疲労で限界だったのだろうな」
「……でぃー、おやすみぃ……」
「はい、はい。お前も寝るんだ、アリス」
「……やぁ、べいとお話するの……」
「ゆっくり眠ってからでもいいだろう」
そう宥めても、アリスは「やだぁ……」と駄々を捏ねて、ベラウドに寄りかかった。
頬をベラウドの体につける。ひんやりと冷たい感覚が伝わってくる。……いや、あまりにも冷た過ぎる体温に、アリスは徐々に見開いた。
「……ベイ、つめたい」
「それがどうした」
「ドラゴンさんって、こんなにつめたいの?」
「……さぁな、そこの呑気に眠っている男に聞いたらどうだ」
ベラウドはあからさまにはぐらかし、ぐぅぐぅと寝返りを打っているディアに押し付けようとしたが、アリスはディアの方を向かず、ベラウドをじっと見つめた。
「こんなにつめたくないよ。こんなにつめたかったら、しんじゃうよ」
「……何故、そう思う」
「だって、」
だって。
脳裏に、自分に笑いかけてくれる姉の姿が過ぎる。自分を抱っこして、他愛もない話をして笑い合う光景が蘇る。
先程の夢で見た、オムライスを食べながら父の帰りを待つ姉の姿が――真っ暗な部屋でぐったりと横たわる姉の姿に一瞬にして変わる。
「つめたかったら、しんでるもん」
自分はその姉に触れていた。目を開いて、光のない瞳を天井に向けている姉の頬に触れていた。涙と鼻水と涎で汚れていた顔に触れても不快感はなかった。
その時に触れた姉の体温は、まるで氷のように冷たかった。今までの温もりなんて皆無で、本当に姉なのかと疑う程に、姉はただの床に倒れるオブジェになっていたのだ。
後からアリスは知る。あの時の姉は、既に事切れていたのだと。暖かい体温で包み込んでくれた姉は、もういないのだと、アリスは幼いながらも知った。知ってしまった。
その冷たさと、ベラウドの体温はほぼ同じだった。
だからアリスの顔は不安に塗れている。ベラウドが姉のようになるのは嫌だった。
言葉足らずで深刻そうな顔でそう告げたアリスを、ベラウドは目を細めて見つめた。
「アリス」
そして彼女の名前を呼ぶと、さらりと、こう言った。
「お前には、隠さないで伝えておこう――ワタシはもう死ぬ。恐らく、あと少しもすれば、ワタシの心臓は止まるだろう」
ちょっと筆が進まなくなって危機感を覚えていますが頑張って書いていきます。




