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それから少しして。
ベラウドは、傍らで眠るアリスを見下ろす。
アリスはベラウドと会話の途中、突然眠気に襲われて眠ってしまった。ベラウドの前足に寄りかかってくうくうと眠っているアリスを、ベラウドは愛おし気に見る。
そうしていると、入り口の方から気配がした。ピクリと顔を動かして視線を向けたベラウドは、入り口から入って来た人影を認めると、ぐるると唸りながら口を開く。
「頭が冷えたか、ディア・フィアエナ」
入って来たのはディアで、ディアは顔を俯かせながらベラウドの前に立った。
佇んだディアは、ベラウドに寄りかかって眠っているアリスを見て、口を開く。
「……随分テメェに気を許したな」
「羨ましいか」
「質問の意図がわからねえよ」
「ふっ。その質問はワタシの方が言えるぞ。随分ワタシに気を許したな、ディア・フィアエナ」
「あ?」
その言葉の意味が分からず聞き返すと、ベラウドはふんっ、と鼻を鳴らして答えた。
「アリスを独りでワタシの方に寄越しただろう。先程までは警戒して、アリスごと抱えてここから出たというのに」
「……気が変わったんだよ。あんま深く考えんな」
「ふん……」
アリスを独りで行かせたのに、本当に特に意味は無い。考え事をするのに邪魔で離しただけに過ぎない。ディアはそう思っている。
はぁ、と溜息を吐いたディアは、真っ赤になった目元をベラウドに向けると、再度口を開いた。
「さっきの話の続きだ」
「なんだ」
「……改めて確認だ。本当に、今はあん時よりも千年も経ってて、そんで……同族は、フィアエナの血族は、この世に存在しないのか」
「存在しない。ここはあの時より千年余り経っておるし、フィアエナ族の生き残りは一匹としていない。全員、人類の武力に太刀打ち出来ずに討ち滅ぼされた」
尚もしっかりと、簡潔に、ベラウドは告げた。もうフィアエナ族は、彼らを除いていないのだと。
その声に、嘘はない。
ディアは「そう、かよ」と動揺を隠せず、またも顔を伏せる。動揺はしたが、一度目と比べると、幾らか冷静さを保てていた。
初めてそう言われた時、改めて考えてみれば、フィアエナ族がいなくなっているのは有り得ないことではない、と思ってしまったからだ。
ベラウドの言葉を信じるのであれば、ディアがあの賢者に封印されてから千年経っている。フィアエナ族の寿命は五百年余りである為、イレギュラーなことが起きない限り、ディアの顔見知りのフィアエナ族は寿命で全員死んでしまっているだろう。フィアエナの血も、同族達が血を残そうと子を産まなければ続かない。当時のフィアエナ族が何を思って、何を判断したのかディアには見当もつかないから、フィアエナ族が後世の為に血を残す行動を起こしたのかも何もわからない。
しかしこれだけはわかる。ディアが知っている顔見知りのフィアエナ族は、もう既にいないことを。
自身を見つけてくれて、仲間に招き入れ、時には馬鹿騒ぎをして、時には喧嘩をして、時には肩を並べて戦ったり、そんな気を許した関係を持った同族は、全員いないのだと、ディアは改めて思い知った。
本当に千年経っているのか改めて確認しないといけないが、それでも数百年以上経っているのは確実だとディアもわかっている。いずれにしろ、かつての同族達に会える可能性はゼロに近しかった。
すっかり黙りこくって顔を俯かせるディア。……そんなディアを見て、ベラウドが溜息混じりに口を開いた。




