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ドラゴンがいる空間から抜け出して少し歩いたところ。比較的緑が生い茂っていない日陰の場所を発見し、ディアはそこに腰を下ろした。
ずっと抱えていたアリスを横に下ろしたディアは、はぁと頭を抱えた。
情報量が多すぎる。一気に抱えるのは負担が大きいと思うくらい、その情報はディアにとっては濃く、重かった。
自分が封印されてから千年も時は経っているとか。
昨日まで会っていた同族が、ディアとあのドラゴンを残して一人残らずいなくなったとか。
一気にまとめて受け止めるものではない。受け止めきれなく、頭の中も心もぐちゃぐちゃだ。
ディアは考えることが苦手だ。そういうのは得意な同族に全て任せてきたから。ディアはただ本能のまま戦うだけでよかったのだ。
しかしこの問題は、本能だけで戦うディア自身も慎重に考えなければいけない事態となってしまった。
「……これから、どうする」
これから、どう過ごせばいい。
同族がいない今、ディアに帰るべき場所は存在しない。そもそもディアが知っている街や土地は今も残っているのかさえ怪しい。ディアの記憶は、千年前のものから止まっている。この時代の地理なんて当然把握していない。
行き当たりばったりで行けば必ずどこかで足止めを喰らうのがオチだ。
どうする、と考えていた時、太ももに誰かの手が乗った。その手の正体は独りしかおらず、ディアは頭を抱えたまま、視線だけで隣を見る。
隣には、心配の眼差しでディアを見ているアリスがいた。
「だいじょうぶ?」
「……」
「ディー?――泣かないで……」
泣く?その慰めの言葉に、ディアはぱっと顔を上げた。
「泣いてねえよ……」
「あ、あれ?泣いてるのかと、おもった……」
「ンだそれ……」
泣くなんてそんなださいこと、するわけがない。
そう言いたいけれど、何故かつっかえて言葉に出ない。
結局その言葉を出すのを諦めて、ディアはアリスから顔を背いた。
「……ね、ディー」
「……なんだ」
「ありす、ずっと気になってたんだけど……どーぞくって、なに??」
アリスの問いかけに、ディアはそっぽを向いた顔を、再びアリスの方に戻した。
問いかけられたディアは「あー……」と言葉を濁すと、口籠りながら話し始めた。
「なんつーか……オレと同じ奴?なんて言ったらいいんだ?」
「ディーにとってそのどーぞくっていうのは、どんな意味があるの?」
「あぁ?意味ぃ?そんなの考えた事ねえよ、オレはただ単に、オレと同じ奴を同族って呼んでるだけで……」
「ディー、そのどーぞくっていうのに、くるしんでるでしょ?なんで?」
そう指摘されて、ディアはぐっ、と口を噤んだ。
アリスはずっと気になっていた。ディアが度々口にする「同族」という単語を。その単語を言う度に、ディアが嬉しくなったり懐かしそうになったりしているから、次第に意味を知りたくなったのだ。
恐らくディアがこうやって落ち込んでいるのも、その「同族」関係なんだとアリスは察している。
だから知りたかった。ディアにとって、「同族」とはどんな意味を持つのか。
「ディーにとってどーぞくって、何?」
と。
ジッと、真っ直ぐ見つめてくるアリスから視線を逸らし、あー、だの、うー、だの呻いたディアだったが、その視線に耐え切れなくなったのか、どこかたどたどしく、アリスの質問に答えた。
「オレにとって同族ってなんだって言われても……アイツらは、産まれて彷徨ってたオレを見つけてくれて、一族に入れてくれて、そんで、一緒にバカやって、気ままに旅したり、勝負事したり、一族の長になったオレの背中を追ってくれたり、して……」
記憶が思い浮かぶ。
卵から産まれて、自分が何者なのかもわからないまま森の中を彷徨っていたディアを拾ってくれた同時のフィアエナ族の長。長に連れられてやってきたフィアエナ族の集落では、自分の同じ存在が、”同族”が過ごしており、自分もその一員に加わった。そこからは怒涛の人生で、成長したドラゴンの身体で同族と一緒に空の旅に興じたり、人間の姿になって人間の世界に忍び込んで遊んだりした。そして長を決める勝負事で見事ディアが勝ち取り、新たなフィアエナ族の長になった時、皆は、同族は誰も反対意見を言うことなく、ディアを長として認めてくれた。
本当に、いい奴らだった。時には喧嘩や意見の衝突などは起こったものの、迫害や追放は全くなく、皆が皆、同族を受け入れてくれた。
本当に、いい奴らだったのだ。
「アイツらは、同族は、皆は――本当の家族のように、思っていた」
精一杯に選んだその言葉を落とせば、ストンと腑に落ちた感覚に陥った。
そうだ。自分は彼ら同族を、本当の家族のように思っていたのだ。
お互いに親の顔を知らないもの同士、身内同然で付き合っていた。家族という関係が、一番しっくり来た。
そう自覚した途端、急に喪失感が大きくなっていく。
同族を失った怒り、悲しみが胸の中に渦巻いていき、それが徐々に込み上げてくる。
湧き上がる感情がぐっと喉元まで来た途端――ポロリと、両の目から透明な雫が流れた。
それが「涙」だとは、直ぐに気づけなかった。
「は、ンだ、これ」
勝手に流れてくるその感情に、ディアは戸惑った。
拭っても、拭っても、涙を止まらない。
とまれ、とまれと念じても、逆にその感情が強くなっていく。
「泣かないで、ディー」
アリスが、ディアの頭に手を置いて、優しく撫でてくれる。
よしよしと、まるで幼い子供をあやすかのように、アリスはディアを慰め始めた。
それを振り払おうとしたけれど、その手は弱弱しくアリスの肩を掴む。
――嗚呼、オレは、アイツらを失って、悲しくなってんだ。
それにディアは、漸く気づいた。
結局ディアはアリスを振り払うことが出来ず、流れてくる涙をそのままに、アリスに頭を撫でられたまま、その感情を吐き出し続けた。




